14話 岩石地帯の主
「さて、そろそろ目的地のはずだが……」
俺はつぶやきながら周囲を見渡す。
ここはドリンバ岩石地帯の奥地、特に切り立った岩山と崖に囲まれたエリアだ。
立ち並ぶ石柱が重なって、まるで迷路のように入り組んでいる。
このあたりに、目的となる魔鉱石の鉱床があるはずだが……。
「あっちの方から音が聞こえるな」
俺は耳を澄ませながら音のする方へと進んでいく。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
「ここか……?」
そこは崩落した洞窟のような場所で、壁一面に光を放つ鉱物が露出している。
そして、その中央に巨大な塊があった。
「これが……、この岩石地帯の魔鉱床……!」
俺は思わず呟いた。
想像以上に質が良く、そして量も多い。これほどのものは滅多に見られないだろう。
「すごいですね……」
隣でルビナも驚嘆の声を上げる。
俺たちは魔鉱脈に近づいていき、観察を始めた。
どうやらまだ採掘されていないらしく、綺麗に透き通っている。
「これなら、十分にゴーレムのエネルギー源となるし……、魔道具も高品質のものが作れそうだ」
俺は満足げに言った。
そんなときだった。
殺気――――! そしてシュルシュルと気味の悪い息遣い。
「……マスター、魔物です!!」
ルビナが叫んだ。振り返るとそこには、砂色の身体をした、不気味なまだら模様の大蛇がいた。
先程のレッドスコーピオンの数倍の巨体を持つモンスターだ。
「こいつは……、ジャイアントラトルスネークか!?」
俺は驚いて声を上げる。
「鉱床が手つかずだった理由はこいつにあるようだな」
少人数でしかたどり着けない先に、これほど巨大なモンスターがいるならば、並の冒険者では太刀打ちできないだろう。
俺はすかさず杖を構える。ルビナもまた戦闘態勢に入った。
――グゥウウッ!
俺の姿を確認するなり、大蛇は威嚇するような鳴き声を上げた。そして、大きく口を開け、真っ赤な舌を出し入れし始める。
「毒攻撃が来るぞ! ルビナ、注意しろ!」
かつて似たような蛇型モンスターと戦ったときの記憶から、俺は叫んだ。
「はい、マスター」
ルビナが返事をすると同時に、奴は俺に向けて毒液を吐き出してきた。
俺は横に飛んで回避する。
「ぐっ……!」
俺は腕に痛みを感じた。見ると、少しだけ服が溶けている。飛沫があたってしまったようだ。
「溶解毒か、厄介だな」
あの毒は衣服さえも溶かすようだ。幸い、ルビナはゴーレムであるので毒は効きづらいが、表面を溶かされれば万が一が考えられる。
長期戦になると不利になるのは間違いないだろう。
「……仕方ない、一気に片付けるか」
俺は覚悟を決めると、杖を構え直した。そして、詠唱を始める――。
「大地よ、我が魔力を糧とし、かの者を貫く槍となれ、《アーススピア》!」
地面がボコボコと隆起し、無数の鋭い土の槍が四方八方から蛇を襲う。
だが――、奴はそれを俊敏に避けた。
「くそ、素早いな!」
俺の魔法は当たらずに空を切る。
相手は素早く動き回り、こちらの攻撃を回避しながら猛攻を仕掛けてくる。
「マスター、援護します!」
ルビナが叫ぶ。すると、彼女の周りに炎のマナが集まり始めた。
「はぁあああっ! 《ファイアブレイド》!」
ルビナが剣を振るうと、そこから放たれた炎の斬撃が拡散しながら大蛇の胴体に直撃した。
――ギィィイッ!! 大蛇が悲鳴を上げる。
土とは異なり、広がりやすい炎を活かした攻撃だ。
しかし、それでも奴は怯まず、今度は尻尾を振り回して攻撃してくる。
ルビナはその攻撃をひらりとかわすと、反撃とばかりに鱗の隙間へ剣を突き刺した。
――ガァアアッ!!!
「よし、いいぞ、ルビナ!」
俺は思わず歓声を上げてしまう。
ルビナの動きは洗練されており、無駄がない。
彼女は次々と攻撃を仕掛け、大蛇の鱗や肉を切り刻んでいく。
「《火属性付与》、たあっ!」
ルビナの放つ強烈な一撃が、蛇の首筋に突き刺さる。
――ギャォオオオッ!!
焼け焦げる臭いとともに血しぶきがあがり、大蛇の口から絶叫が上がった。
どうやら、これがとどめになったようだ。鈍く痙攣しながらジャイアントラトルスネークが倒れ伏す。
「よくやった! 成長したなルビ――」
――――シュルル……
更に強烈な殺気を感じたのは、そのときだった。
突如、岸壁の上から新たな敵が現れた。現れたそれは、今戦っている個体よりもふたまわりほど大きいサイズの大蛇だった。
「あれがここの主じゃなかったのか……!?」
俺は驚きの声を上げる。
更に大きな方の大蛇はこちらに気づくと、牙を剥き出しにして威嚇してきた。
そして、その身体を震わせながら口を大きく開ける。
「マズイ……! 来るぞ!!」
俺は叫び、身構える。
こうして、魔鉱床を巡る激戦の第二ラウンドが始まった。
◆◆◆
◆◆◆
――シャアアァッ…………
大蛇の口から大量の唾液が流れ出る。その液体は地面に落ち、ジュウウウっと音を立てて煙を上げた。
「マスター、離れて下さい! 《フレイムピラー》!」
ルビナの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には目の前に火柱が立ち上る。
――シャアアァッ!!
毒液だ。先ほどの小柄なジャイアントラトルスネークとは比べ物にならない量だが、ルビナのファイアーピラーがこれを吹き飛ばしてくれた。
「くっ!」
しかし、俺を守ったせいでルビナに毒液の飛沫が舞い散り、一瞬視界が奪われる。
そして、大蛇はルビナに向かって一直線に飛び掛かっていった。
「させるか! 《クイックサンド》!」
すかさず俺は、大蛇の進行方向に激しく渦巻く流砂を生み出した。
――シュルル!
危険を察知したのか、大蛇は巨体に似合わない速度で急旋回し、流砂を避けた。
「ちっ。そのまま突っ込んできてくれれば土中深く埋めてやったものを」
「マスター、申し訳ありません」
毒液を振り払ったルビナは俺に謝ると、すぐに大蛇の方へと向き直った。
「気にするな。お前はよくやってくれた」
俺はルビナを労うと、杖を構える。
「しかし、厄介な相手だな」
あの巨体を相手にするには、こちらも大技を繰り出さなければならないだろう。
――シュルルル…… 大蛇はゆっくりと近付いてくる。
「ルビナ、俺の詠唱が終わるまで頼む!」
俺は叫んだ。そして、詠唱を始める――。
大蛇はまたもや飛び掛かるような姿勢をとった。
ルビナはそれを迎え撃つように剣を構え直す。
――ギィィイッ!! 大蛇は大口を開け、ルビナに襲い掛かった。
「マスターのところへは行かせません!」
ルビナの振り下ろした長剣が、大蛇の頭部を迎え撃つ。
――ガァアアッ!! だが、大蛇は怯むことなく再びルビナに噛みつこうとした。
ルビナはバックステップを踏み、それを避ける。
しかし、大蛇の方が一枚上手、バックステップに合わせて尾を振るってきた。
――ヒュン! 鋭い風切り音が鳴り響く。ルビナはそれを剣ではじき返した。――キィン! 金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き渡る。
――ギィィイッ!! 大蛇が悔しげに威嚇の声をあげた。どうやら、この一撃が奴の本命だったらしい。
大蛇はもう一度ルビナに狙いを定め、突進してきた。
――ドシン!! 凄まじい衝撃と共に、地面が揺れる。
大蛇はその勢いのまま、ルビナの数十倍の体躯を活かしてルビナを押し潰そうとしていた。
ルビナの身体が少しずつ押されていく。
「くうっ……!」
ルビナが苦しそうな声を上げる。
――バチンッ! 大蛇の牙がルビナの腕に食い込んだ。
――シャアア……! 大蛇は勝利を確信したのか、噛み付いたまま勝ち誇るような鳴き声を上げる。
しかし、ルビナの眼から闘志は消えていなかった。
「――逃げられないのは、あなたです!! 焔立ち昇れ、《フレイムピラー》!!」
ルビナが叫ぶと、ルビナの手のひら、すなわち大蛇の眼前で火柱が炸裂した。
――ギャォオオッ!? 大蛇は悲鳴を上げながら暴れ回る。ちょうど、顎下からアッパーカットを喰らったように仰け反っていた。
その隙に、ルビナは素早く後退した。
――シャアアァッ!! 大蛇は怒り狂っているようだ。
口から毒液を吐き散らしながらルビナへ突っ込んでいく。よほど激怒しているのか、攻撃が単調になっている。
「たっ! とおっ!」
その一方で、ルビナは大胆に跳躍して動き回りつつも、冷静さを忘れてはいない。大蛇の攻撃をギリギリのところで回避しては、カウンターで斬りつけていた。
「――拡散、《ファイアーブレイド》!!」
そして、大蛇の動きが鈍くなったタイミングを見計らい、今度は長剣の一振りとともに大火力を出現させ、先程の攻撃で火に苦手意識をもった大蛇を牽制する。
――ギィィイイッ!! 大蛇はたまらず後退した。
――カアアァッ!!
そして毒液を吐き出し、遠くからルビナを攻撃する。
「先程のようにはいきません」
しかし、ジャイアントラトルスネークの毒攻撃は、ゴーレムである彼女に効果が薄い。視界を塞がれることのみを警戒したルビナの無駄のない動きに、完全に翻弄されていた。
「……よし!」
そして、ルビナが大蛇の攻撃を受け止め続けてくれたおかげで、俺の切り札が完成した。
「ご苦労、ルビナ! そこからできるだけ離れろ!」
「――! はい、マスター!」
ルビナが跳躍し、岸壁のとっかかりにしがみつく。
そしてそのまま、彼女は身軽な動きを見せてするすると岸壁の上まで登っていった。
――シャアア……!
大蛇は、ルビナが戦意を喪失して逃げたと思ったのか、こちらにいたぶるような視線を向けてきた。しかし、その考えは完全に間違っている。そこがお前の墓場となるのだ。
「《コントロール・グラウンド》!」
俺は、収束させすぎてマナの漏れ出る杖を地面に突き立てた。
途端、この大地全体に僅かな振動が起こり、大蛇は怪訝そうに動きを止める。
「コントロール・グラウンド、最大出力! 《ハンズ・オブ・ロックタイタン》――潰れろッ!」
そして俺が最後のトリガーを唱えると、その瞬間。
――バアァァン!!!!
――グギャアアアァァァァァァァ!?!?
超巨大なジャイアントラトルスネークを、掴み、持ち上げられるほどの双手が地面から伸び、瞬きの間に胴体を挟み込んだのだ。
その勢いは凄まじく、『吸われた』周囲の地面は大きく窪み、大蛇を中心に大きなクレーターが形成されていた。
――グギッ、ギイィィッ!! グッ、グゥ…………
ミシミシ……………………、ベキィッ!
身動きの取れなくなったジャイアントラトルスネークだったが、追加でトドメを刺す必要はないようだ。
胴体を圧し折られた大蛇は、断末魔のうめきとともに白目を剥くと、完全にその身体を弛緩させた。
「流石……、凄まじい威力ですねマスター!」
「なんてことはないさ。ルビナ! お前も本当によくやってくれた」
岸壁の上からルビナが飛び降り、圧死した大蛇を見つめた。
「しかし、これまで一番の強敵でしたね」
「ああ。流石この岩石地帯の主なだけあるな」
先程、ルビナは最低限の動きだけでジャイアントラトルスネークの毒液を躱していたが、これがもし生身の冒険者であれば、小さな飛沫が皮膚に付着するだけで激痛が走り、気化したガスを吸い込むだけでさえ肺がやられて致命的である。
興奮時に振りまかれる毒液を警戒すれば、近距離戦闘など怖くてできたものではない。
この大蛇がこの鉱床を守り続けてこれたのは、きっと数十年やそこらではあるまい。
だからこそ、そこに眠っている手つかずの魔鉱床がこれほど見事な成長を遂げていたのだろう。
「よし、脅威は排除した。ここに至る道を記録してゴーレムとドワーフの職人たちを遣わせて採掘の準備だ!」
「はい、マスター! 大蛇の素材も運び出さないと、ですね」
こうして、激戦を終えた俺たちは、町へと凱旋したのである。




