13話 レッドスコーピオン
「さて、休憩はここまでとするか」
「はい、マスター。先へ進みましょう」
俺は、岩で作った簡易の日除けから出て、見張りをしていたルビナへ言った。
岩に寄り掛かり、休息をとっていたルビナはひとつ伸びをして剣を持つ。
俺とルビナは新たな露天ダンジョン、ドリンバ岩石地帯にやってきていた。
荒涼とした大地に赤茶けた岩山が立ち並び、ところどころに巨大な石柱が立っている場所だ。
一見、何者かが建てたような異様な形の石柱もあるが、これらすべてが自然の産物だという。
ドリンバ岩石地帯は見事な景勝地でもあるのだ。
「マスター、周囲に敵の気配はありません」
「よし、それじゃあこのまま気をつけて進もう」
俺はそう言って歩き出した。
このダンジョンはデルポトの街やペンテイアの港から南へ三日歩いたところにあり、道中のオアシスは乏しく、整備された道はない。
そのため、こうやって少人数で行かなければたどり着くことも難しく、腕利きの冒険者が何日もかけるには旨味がない。
それゆえに他の冒険者の影はほとんど見られなかった。
今回の目的は、このエリア最奥にある鉱脈の調査だ。
以前の調査によって、この辺りには良質な魔鉱石が眠っていることがわかっている。
「が、しかし……、最奥に行って生還した冒険者は未だにいないという。警戒を怠るなよ」
「はい、マスター」
俺は不安を覚えながらも先へ進む。
涸れ川を辿ってしばらく歩くと、ようやくモンスターの姿が見えてきた。
「あれは……」
俺は目を凝らす。
そこにはレッドスコーピオンがいた。
このあたりのサソリの中ではトップクラスに強固な甲殻を持つ強敵だ。
人気がなく、魔素の溜まりがちなダンジョンには、狩られることなく成長を続けたモンスターが突然変異を起こして更に戦力を増している場合がある。レッドスコーピオンはその典型的な例だ。
数は三匹。ここ最近、付近の下級モンスターなら苦もなく倒せるようになったルビナの訓練に、ちょうどいい相手だろう。
「あいつはレッドスコーピオン。ルビナ、お前の力試しにちょうどいい相手だ。いくぞ!」
「はい、マスター!」
俺は杖を構え、ルビナは長剣を抜き放った。
俺の前に出るようにルビナが颯爽と走り出す。
そして、サソリたちがこちらに気づく前に、その懐に飛び込んだ。
――ギィッ!? いきなり現れた少女に驚くサソリたちだったが、すぐに臨戦態勢に入る。
「せいっ!」
――ギギッ!
さっそく浴びせられた斬撃に敵の悲鳴が響く。
しかし、やはりこれだけでは致命傷には至らなかったようだ。
三匹のサソリは散開しつつ素早く動き、こちらへ接近してくる。
「ルビナの初撃はなかなか綺麗に決まったが……。やっぱりそう簡単にはいかないか!」
俺は杖を構える。
「《アースウォール》!」
眼前の地面が怪しく動き、そこから岩の壁が出現する。
それは瞬時に成長し、奴らの進路を塞いだ。
――ギィ!? 突然のことに驚きの声を上げるサソリたち。
その間にルビナが駆け寄り、身の丈近い長剣の一閃を放つ。命中!
――ギギィッ!? 今度はしっかりダメージを与えられたらしい。
レッドスコーピオンの1匹が、脚を跳ね飛ばされて悲鳴を上げた。
「ルビナ、ナイスアシストだ」
俺はそう言うと、呪文を唱える。
「《ストーンバレット》」
石の弾丸はまっすぐに飛んでいき、また別の1匹の頭部に直撃する。
「一度に倒そうとしなくていい。技が大ぶりになって隙が生まれる!」
「はい、わかりました」
ルビナは冷静に返事をする。
「今みたいに少しずつダメージを与えていくんだ」
「了解しました」
ルビナは再び跳躍すると、弱ったレッドスコーピオンに向かって攻撃を開始する。
しかし、仲間をかばうように立ちはだかったもう一体のレッドスコーピオンにより、それは阻まれた。
「マスター、すみません」
「気にすんなって。あいつは俺に任せろ!」
俺は杖を構えたまま叫ぶと、地面を踏みしめ、勢いよく飛び出す。
――ギィイイッ!? レッドスコーピオンは驚いた様子で後退る。
「サソリども、後衛が前に出てこないとでも思ったか?」
俺はそのまま距離を詰めると、杖の先端を突き出し、呪文を唱えた。
「《ストーンニードル》!」
「ギィアアアアッ!!」
激痛に悶えるレッドスコーピオン。
すると、石でできたトゲが高速回転しながら放たれる。それらは赤い甲殻に命中すると、固い甲殻に弾かれず貫き、体内まで突き刺さっていく。
「どうだサソリ、効くだろう?」
スピア系と比べて規模の小さなニードル系呪文だが、スピア系呪文にはないこういう使い方があるのだ。
魔術とは使い方次第、使い方の工夫こそが魔術師の真髄……とは、俺の師匠エルファム師の教えである。
このあたり、昔からテレウスら威力主義の派閥とは馬が合なかったものだ。
苦しみながらもまだ生きているレッドスコーピオンに向けて、ルビナが赤髪をなびかせて跳躍した。
「これで終わりです」
彼女は空中で体を捻りながら長剣を振るう。
――ギャベェエエッ!! 断末魔の叫びをあげ、倒れるレッドスコーピオン。
「これであと一体!」
ルビナは最後の一匹へと向き直る。
相手もこちらを警戒しているのか、なかなか動かない。
「あいつはお前ひとりでやってみろ」
「はい、マスター」
ルビナは小さく呟くと、相手の注意を引きつけるために挑発を始めた。
「来ないならこっちから行きますよ?」
――ギィッ! どうやらルビナの挑発はうまくいったようだ。
レッドスコーピオンは怒りの表情を浮かべ、ルビナの方へ向けて突進する。
ルビナは長剣を構え、敵の突進に備えた。――ギィィイイッ! 甲高い声を上げながら迫るサソリ。
「はあっ!」
ルビナは大きく踏み込み、それを迎え撃った。
鋭い爪が身体に迫り、ルビナはそれをギリギリのところで回避する。
しかし、その攻撃はフェイントだったらしく、もう片方のハサミが迫ってくる。
「なんの……っ!」
ルビナは咄嵯に長剣の腹で受け止めた。
サソリのハサミと刃が激しくぶつかり合う音が響く。
「ぐぅ……」
ルビナの顔が歪む。
「ルビナ!」
俺は思わず叫んだ。
「大丈夫です、マスター!」
ルビナは力を込めてサソリを押し返す。
そして、その隙をついて大きく飛び退いた。
サソリは尾を振りかざしてルビナを追撃しようとするが、ルビナの方が一枚上手だ。ルビナはサソリの攻撃を素早くかわした。
そして、すれ違う一瞬の隙を突き、尻尾の付け根を狙って剣を一閃させた。
――ギィイッ!? サソリが悲鳴を上げる。
ルビナはすかさず振り向くと、その腹部に向けて再び斬りかかった。
――グゲェエエッ! サソリが苦痛の声を上げて仰け反る。
「よし、いけるぞ!」
俺は興奮気味に叫んだ。
ルビナは再び駆け出す。
サソリもそれに合わせて反撃するが、それを紙一重で避け、あるいは受け流しながら接近していく。
それにしてもルビナの上達は凄まじかった。
モンスターの戦いから得た経験を瞬時に吸収し、どんどん実力をつけていく。
もはや、俺の分け与えた記憶の、何倍もの剣技を身に着けているようだ。
「マスター、決めてもいいですか?」
「ああ、いいぜ」
俺は答えると、後方へ下がった。
ルビナはサソリに向かって疾走する。
敵はルビナに向かって毒針を放った。
だが、ルビナは冷静にそれを回避する。そして、懐に飛び込むと、その胴体に火炎を纏う長剣を突き立てた。
「《火属性付与》――、たあっ!」
――ギィッ!? みしり、とひしゃげた甲殻に、サソリは驚きの声を上げる。
ルビナはそのまま体重をかけて押し込んだ。
――ギィィイッ!? レッドスコーピオンの悲鳴。
硬い甲殻にヒビが入り、鮮血が流れ落ちるとともに炎で焼かれて蒸発していく。
「ほう……、ルビナのやつ、何度も甲殻の同じところを攻撃してたのか!」
俺は感心するように言った。
あの子は本当に賢い子だ。
レッドスコーピオンの弱点を見抜き、そこを的確に攻めていたのだ。
――ギィイイイッ!! レッドスコーピオンは大きな鳴き声を上げた。
「もうすぐです、マスター」
ルビナはそう言うと、更に深く剣を突き刺す。
サソリは苦しそうにもがき始めた。
「今度こそ終わりですよ」
ルビナはレッドスコーピオンの腹部に突き刺したままの長剣を、勢いよく横薙ぎに振った。
――ギィィィィィッ!!! レッドスコーピオンの断末魔の叫びが響き渡る。
「ふぅ、なんとか倒せましたね」
――ドサッ 重い音を立てて倒れ伏したレッドスコーピオンの死体からは大量の血液が流れ出し、地面に大きな染みを作っていく。
ルビナは大きく息をつくと、俺の元へやってきた。
「お疲れ様、ルビナ」
「ありがとうございます、マスター」
俺は彼女の手を取り、労いの言葉をかける。
ルビナは嬉しそうな笑みを浮かべた。




