6.不器用と不器用
靴箱に着いたのはそれからだいぶ時間が経った後だった。
よろよろ鞄からバスの時刻表を取り出す。もう全身が疲れていた。体育祭に必死で参加したような爽やかな疲れじゃない、精神的な不快な疲労だ。もうすぐさま横になって寝てしまいたいが、次のバスが来るまで二十分近くある。面倒だな、車で迎えに来てもらえないだろうかと甘えた考えが浮かぶ。しかし、父はまだ帰ってきていないだろうし母は免許自体持っていない。
ギリギリまでここで座っていようと靴箱の床に敷いてあるすのこの上で力を抜いた。
「次までまだ時間あるな」
そう言って隣に並んできたのは覚えのある横顔、長い睫毛。
「矢野君」
「なんだよ、さっき『じゃあ後でな』っつっただろ」
先に帰ったかと思っていた、と俺の言いたいことが分かったのか呆れたように言う。後で、なんてお前言ってないだろ!心の中でしか言ってないだろ!お前、じゃあしか言ってないぞ!
「同じバスだろ、どうせ帰りは一緒じゃねぇか」
矢野の手元にあるのはバスの時刻表だ。疲れが二倍になった気がした。
「おお、矢野と和田。帰りか?」
通りかかった担任の先生に声を掛けられる。
「はぁ、バス待ちです」
「仲良くなったな、お前ら!」
ここは笑っておくところだろう。先生に向けて笑顔を作ろうとする。
「無愛想と無表情か! いいコンビだな! 気をつけて帰れよ」
豪快に笑って去って行った。悪い先生じゃないとは分かっているが、思春期の十代には刺さる言葉をポンポンと投げつける。良く言えば親しみのある豪快な先生、悪く言えばその言葉で傷つく生徒がいることに気づいていない言葉を乱暴に使う先生。
無表情だって笑いたいし、これでも努力はしてる。毎朝ぬるま湯に顔をつけて表情筋をほぐそうとしている俺の努力さえ面白いと笑って済ませてしまうのだろう。
俺の顔には作ろうとして失敗した中途半端な表情が貼り付いていた。
「おい」
「うぐっ!」
両方の頬を横に無理やり引っ張られる。痛い!半端なく痛い!矢野の腕をタップするが力は緩まない。
「いいか、俺は無愛想で合ってるが、お前には表情がある。俺には分かる」
外の光が真っ黒な瞳に反射して輝いて見えた。
俺の目が潤んだのは矢野が引っ張った頬が痛かったからだ。きっと。




