23.部長は神
「矢野君…和田君と仲直りしたんじゃないの」
「喧嘩してないっす」
「そうなの? 和田君」
「そうですね! 俺が一方的に怒ってるだけですね!」
先程から部長を挟んで会話が続いている。
走って帰ってきた俺に遅れて帰って来た矢野が図々しくも隣に座ってきたので一番離れたところへ皿を持って移動しようとした所で部長が、まぁまぁと仲裁に入ってきたのだ。
まだ治まらぬ怒りを目の前のカレーを口に入れ込むことで呑み込もうとしたけれどできない。ああ! うまい! カレーってなんでこんなにうまいんだろう! 腹が立つ! カレーに罪はないけど!
「あ、コラ! 俺にも肉入れろよ! じゃがいも入れろ! 具なしにすんな!」
後ろでは先輩たちと顧問が揉めている。
「先生電話出なかったじゃないですか!」
「謝っただろうが! …ちょっと寝てただけじゃねぇか」
「は? 寝てた? 困ってる生徒をほったらかしで、寝てた? …はい、先生カレー没収です」
「っおい! 買い出しに車と金出したの誰だと思ってんだ! 俺だぞ!」
「だから先生には矢野君の持ってきたじゃがいもと人参返したでしょ!」
「あれだけ貰っても困るわ!」
まだ若いせいもあって生徒とは近い位置にいるのだろう。お互いに遠慮なく言い合っていた。あれくらい言い返せたらきっとすっきりするだろう。
『俺にだって表情くらいあるわ!』
教室で叫ぶ俺を想像してみる。…うん、ない。ないな。俺のキャラ的に無理だ。
「おいしい? 矢野君」
「うっす」
「和田君がずっと鍋かき混ぜててくれたんだよ。だから焦げずにおいしくできたんだ、ね?」
「へぇ」
隣で褒められて顔がカッカしてくる。また部長に裏表は決してないから心から言ってくれているのだろう。すごくうれしい。しかし、まだまだ未熟な俺は照れて浮かれているのを不器用にも隠そうとした。
「…べつに」
しまった。
言った瞬間に家庭科室に静寂が訪れた。照れ隠しのつもりが思った以上に冷たく聞こえてしまう固い声が出てしまった。
失敗した。
「部長がせっかく言ってくれてるのに…」
先輩たちから声が上がる。楽しい場に少し嫌な空気が流れ始めていた。俺の見た目と合わさったらそりゃあ無愛想で機嫌の悪いふてぶてしいやつにしか見えないだろう。まずい、早いとこ誤解を解かないと。そんなつもりじゃなかった。ちょっと照れたのを隠したかっただけだった。
急いで弁解しようとして部長の顔を見るとなぜか満面の笑みだった。
「いやぁ、和田君そんなに照れなくても。今日は火の前でよく頑張ったね、汗かいたでしょ」
自己分析はできるほうだ。一体、俺のどこを見たらそんな言葉が出てくるのだろう。俺も含めて皆驚愕する中、ただ一人部長だけがニコニコと輝きを放っている。神々しいオーラが見えるようだった。
「今年の一年生と仲良くできるか心配だったんだけどそんな心配いらなかったね! 二人ともいい子だし」
カレーも美味しいし! そう言ってカレーを口に運ぶ部長は懐が広いのか単に鈍いだけなのか。
「…お、まえ…和田が照れてるってどうして分かったんだ」
誰もが疑問に思ったことを口にしたのは先生だった。それだけやっぱり俺の顔の筋肉は動かずにいたのだろう。照れてる、なんて想像もつかないほどに。
「わかった?」
「私わからなかった」
いくら小声で言い合おうが、静かな家庭科室の中ではこちらに筒抜けである。傷つきやすいと自覚しているのでやめてほしい。
「え、いや案外和田君顔に出やすいですよ。よく見てればわかる」
…再び静寂が訪れる。これは。これはもしや。
「和田君は確かに頬とか口の周りは動かないけど、その分感情が目によく出てる」
ねえ? そう言って矢野の方を向いた部長には、きっと何かしら特殊な能力を持っているに違いない。
えぇ? と目前まで顔を寄せてくる先輩たちと先生。先生はまあ置いておくとして、じっくりと女子に見つめられたことのない耐性のない俺は死ぬほどうろたえる。いつの間にか囲まれて、図らずもハーレム状態になっていた。ちょっと慣れなくて怖いけれど…そんなに悪い気はしなかった。
常に女子に囲まれている矢野もこんな気持ちでいるのだろうか。
…なんだろう。ちょっと腹が立ってきたな。




