8話 パートナーなんだから
この世界に来てから、一人で学校へ行くのははじめてだった。
今までずっとリディがとなりにいてくれた。教室に着いたら……どうしよう。まず、あいさつして……。
教室に着くと、クラスメイトがこちらを向いた。
「あれ、真琴ちゃん。リディは?」
突然話しかけられて、わたしはうまく言葉が出せなかった。
「あ、あの、えっと……」
「お休み?」
「う、うん」
「そっかー。みんなー、今日はリディお休みだってー」
その子の言葉でみんなが「えー」とか、「リディ休みなのー?」と残念そうに声をあげる。
その子はそれだけ聞くと、すぐにほかの子と話しはじめた。
……やっぱり、リディは人気なんだ。それなのに、わたしは……。
リディを助けることもできない。守ることもできない。……少しは変われたかと思ったけど、何もできなかった。
わたしは一人で席に着いた。荷物を置いて、となりを見る。
「リディ、元気になるといいな」
寮に戻すと、まだリディはベッドの上にいた。
「ずっとそこにいたの?」
リディは返事をしない。
「リディ?」
「……わたしはずっと王様になりたかった。そのためにずっとがんばってきた」
リディは勉強も魔法もできる。それがどれだけがんばってきたかを証明しているようだった。
「でも、ジルには勝てない」
リディの体がベッドの上で丸まる。
「どれだけがんばっても、ジルに勝てないの。……これからも勝てないのかも」
何か言いたかった。けれど、何を言ったらいいかわからなかった。
「リディ……」
「真琴、ごめん。少しだけ一人にして」
「うん」
わたしは部屋を出て、寮の外に出た。寮の裏には庭があって、そこにベンチがある。
わたしはそこに座った。
一人になると、なんだかさみしい気持ちになった。
おうちだったら、お父さんもお母さんもいるから、一人になることがない。
けれど、ここはわたしのおうちじゃないから、ずっと誰かがいっしょにいてくれるわけじゃない。
「お父さんとお母さん、どうしてるだろ……」
わたしが突然いなくなって、心配してないかな。わたしがいなくてさみしく思ってないかな。……わたしはさみしいよ。
リディといっしょにいるのは楽しい。魔法がある世界もおもしろい。けれど、やっぱりわたしは……。
「おうちに帰りたいなぁ……」
わたしは小さくそうつぶやいた。
次の日もリディは部屋から出てこなかった。
わたしは今日も一人だった。
一人でいるのはもとの世界でも同じだった。一人で学校での日々を過ごしていた。だから、なれっこだった。
でも、リディといっしょにいる楽しさを知っちゃった。……面白い魔法学園も楽しくない。
「真琴さん」
学園長先生がわたしに向かって手まねきしている。わたしは先生の方へ走っていった。
「学園長先生、どうしたんですか?」
「リディさんはお休み? 何かあったのですか?」
「それは……」
わたしが口ごもると学園長はにこりとほほえんだ。
「少し、お茶しましょうか」
学園長先生に連れられて、学園長室に入った。大きくてやわらかいソファーに座ると、ふわりといい香りがした。
「紅茶、飲めるかしら?」
目の前にカップが置かれる。わたしはそれを手に取って、一口飲んでみた。
「花の香りがする」
「気に入ってもらえてよかったわ」
学園長先生はわたしの前に座ると、紅茶を飲みながら口を開いた。
「それで、何があったのかしら? わたしに話せる?」
わたしはカップを置くと、ひざの上で手をにぎりしめた。
「精霊の森で……わたしが魔物に勝てなかったんです」
「魔物に?」
「はい。わたしはリディのパートナーだから。リディを守りたかった。けれど、わたしの力が足りなくて、リディの助けになれなかった。……わたしは弱いんです」
リディにも苦手なことがあるってわかった。だから、今度こそ、わたしがリディの助けになりたかった。なのに、今はふさぎこんでるリディに言葉もかけられない。
……わたしはリディのパートナーになれているんだろうか。
「リディのためになりたかったのに、何もできない。わたしはこの世界にいる意味があるんでしょうか。わたしにできることがないなら、もう帰った方が……」
「まあ、そうなの」
それを聞いて、学園長先生はくすくすと笑った。
「なにがおかしいんですか?」
「いえ。すっかりリディのパートナーなのですね」
「え……」
「あなたは自分がリディのパートナーになれるか不安に思っていたのに、今はどうしたらパートナーになれるか考えてる」
学園長先生はそう言うと、まっすぐわたしを見た。
「あなたがもとの世界に戻るのはいいですよ。けれど、逃げることを理由にするのは違うんじゃないかしら?」
「……たしかに、わたし、逃げようとしてた」
「おうちが恋しい気持ちも本物だと思う。帰りたい気持ちを否定するわけじゃないわ。でも、このまま帰れるの?」
学園長先生は目のはしにシワを作ってほほえむ。
「このまま帰って、心残りはない?」
わたしはうつむく。
そうだ。わたしはまだ何もしていない。
リディのパートナーになりたいって決めたのに、パートナーらしいことなんて、全然してない。リディの願いを手伝いたい気持ちも本物。わたしがしたいことなんだ。
「学園長先生、ありがとうございます!」
わたしが立ち上がって頭を下げると、先生はふふふっと笑った。
「若いっていいわね。あなたたちなら、何だってできるって。わたしは信じていますよ」
わたしはもう一度頭を下げて、学園長室を出た。
一人で廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おや、今日は君一人かい?」
「……ジル」
リディの双子のおにいさん、ジルだ。
「リディは? 今日は来てないの?」
「リディは……」
リディはきっと弱っていることをジルに知られたくないはず。どうしよう……。
「あ、わかった。伝説の魔法書が手に入らなかったんだろう?」
わたしが思わず顔を上げると、ジルはにやりと笑った。
「当たりなんだ? やっぱり、リディじゃ精霊の森に行くことができなかったんだね」
「行ったよ!」
「行ったけど、逃げ帰ったの?」
「…………っ」
ジルはリディがどれだけ怖い思いをして、森に向かったか知らない。それなのに、そんな言い方……。
「リディは強い子だよ! わたしが逃げようって言っても、リディは最後まで戦おうとしたんだもん!」
ジルはおどけたように両手を上げる。
「君は逃げようとしたんだね。リディのパートナーなのに、足手まといなんだ」
「そうだよ。わたしは足手まといかもしれない……でも!」
くやしかった。わたしのことはどれだけ言われてもいい。わたしは本当に弱虫だから。
でも、リディは違う。みんなのあこがれで、がんばりやで、強くなりたいと願っている人だ。……リディを悪く言うのは許せない。
わたしはジルをにらむ。
「誰よりもリディの助けになりたいと思ってる! リディのためなら、何度だって、森に行くよ!」
わたしの言葉にジルはクスクス笑う。
「がんばってね、足手まといのパートナーさん」
ジルはそう言って、わたしのとなりをすりぬけていった。
わたしは学校から寮に帰ると、リディのベッドの方に向かった。
リディは起き上がって、ベッドの上で本を読んでいた。
「リディ! また森に行こう!」
「真琴、どうしたの?」
リディは本を閉じて、わたしと向き合う。
「わたしに力が足りなかったから、森の奥に進めなかった。でも、わたし、またがんばるから! リディ、いっしょに森に行こう!」
リディは不安そうに顔を下げる。
「でも、わたしは何もできなかった。わたしは弱くて、一人じゃ何もできないから……」
「一人じゃ何もできないのはわたしもいっしょだよ!」
わたしはベッドの前にひざをついて、リディと目線を合わせた。
「一人じゃ何もできないなら、手を取り合うの! だからパートナーなんでしょ!」
リディの方に手を差し出す。
「あなたに何かあったら、わたしが助ける! パートナーなんだから!」
リディは顔を上げると、眉を下げて笑う。そして、わたしの手を取った。
「あなたがそう言ってくれると心強いわ。……ありがとう、真琴。そして、いっしょにがんばろう、私のパートナー!」




