第2話 天才と悪意
お父さんが死んだのは、私が高校に入ってすぐの頃だった。
過労だったのか、ただ運が悪かったのか。
あっけなくシングルファザーの父を失った私は、完全にグレていた。
高校を中退し、髪を金に染め、ピアスを開け、一日中薄暗い部屋に引きこもる日々。
世間から見れば、ただのどうしようもない不良娘だったと思う。
そんな空っぽだった私を救ってくれたのは、父の部屋にポツンと残されていた、ハイスペックなデスクトップPCだった。
最初はただの暇つぶしだった。
ネットで見つけたプログラミングの基礎講座。
黒い画面に文字列を打ち込むと、画面の中の図形が指示通りに動く。
ただそれだけのことが、どうしようもなく面白かった。
「お父さんは、私のために在宅で、ゲーム作りをしてたのか」
『現実』の世界は理不尽で、どれだけ願っても死んだ人間は帰ってこない。
でも『仮想』の世界は違った。
正しいコードを書けば、必ず正しい結果が返ってくる。
私は寝る間も惜しんでPCに向かい、独学でプログラミングを貪り食った。
そうして一年後、私が己のすべてを注ぎ込んで作り上げたのが、一本の2Dアクションゲームだった。
売りにしたのは、極限まで調整された「手触り」だ。
敵AIのアルゴリズムを緻密に組み上げ、ミリ単位の当たり判定と、フレーム単位でのシビアな操作性を実現した。
敵の攻撃パターンを読み切り、一瞬の隙を突いてパリィを決める爽快感。 バグを潰し、コードを最適化し、作品を少しずつ完璧なものへと『育てていく』。
ゼロから作り上げたそのゲームは、いつしか私にとって、亡き親父と繋がる唯一の居場所であり、自分の分身のような存在になっていた。
そして、運命の歯車が狂い始めたのは半年前のことだ。
「――満場一致でした。16歳でこれほど完成されたアクションゲームを、しかも一人で組み上げるとは……まさに百年に一人の天才だ!」
都内の一等地にある高層ビル。
国内最大手のゲーム企業『グロウ・グローバル・ゲームズ』の広々とした会議室で、私は重役たちから手放しで絶賛されていた。
軽い力試しのつもりで応募した、同社が主催するインディーゲーム・クリエイター大賞。
私の作品は、そこでぶっちぎりの大賞を受賞したのだ。
「育美さん。ぜひうちの資金と看板で、この作品を正式な新作タイトルとしてリリースさせてほしい。もちろん、君にはメインプログラマーとして開発のトップに立ってもらう」
「……マジで、私がトップでいいの?」
「もちろんです! 君のその才能を、我々が全力でバックアップしますよ!」
拍手喝采の中、私は少しだけ泣きそうになるのを必死に堪えていた。
引きこもりの不良娘が、自分の腕一つで社会に認められた瞬間。
父が遺してくれたPCで育て上げた私のゲームが、世界中へ羽ばたこうとしている。
ようやく、私の人生にも光が差し込んだのだと。
――だが、私は浮かれすぎていて気づけなかった。
華やかな会議室の隅。
本来なら、その新作ゲームのプロジェクトを任されるはずだった「一人の女性」が、静かに私を見つめていたことに。
私がその女性によって、すべてを奪われるのは、それからわずか数ヶ月後のことだった。




