第1話 奇跡の配牌
地下深くのコンクリートに囲まれた無機質な部屋。
空気清浄機が唸りを上げているにも関わらず、ひんやりとした冷気と、胃がひっくり返るような重苦しいプレッシャーが肌にまとわりついてくる。
部屋の四隅には、不自然なほど立派な高画質カメラが設置されていた。
レンズの脇で、録画中を示す赤いランプがチカチカと無機質に点滅している。
そう、この狂った地下麻雀大会は、裏社会のイカレた資産家共の娯楽として、ここから専用の暗号回線を通じて世界中へリアルタイムで中継されているのだ。
「――それでは第一回戦、東一局。ゲームスタートです」
黒服のディーラーが淡々と告げると、卓の中央が沈み込み、ジャラジャラと牌が洗われる機械音が室内に響いた。
全自動卓からせり上がってきた青い牌の山。
私は自分の金髪の毛先を指で弄りながら、忌々しい気持ちでその四角い盤面を睨みつけた。
(マジで最悪……。なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないわけ?)
私が背負わされたのは、一生かかっても払いきれないような莫大な損害賠償。
その借金を『チャラ』にするための唯一の条件が、この悪趣味な見世物小屋で勝ち残ることだった。
「チッ……」
小さく舌打ちをして、親である私は目の前の牌を一つずつ手元に引き寄せていく。
ギャルっぽい見た目のせいで舐められがちだが、私はこれでもプログラミングに関しては誰にも負けない自負がある。
デジタルな乱数や確率論なら、私の頭の中にはすべて入っているのだ。
だからこそ、手牌を開いた瞬間――私は自分の目を疑った。
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れた。
綺麗に並べられた私の配牌。
そこには、麻雀を少しでも知っている者なら腰を抜かすような、異常な光景が広がっていた。
一萬、九萬、一筒、九筒、一索、九索。 そして、東、南、西、北、白、発、中。
麻雀牌のすべての「一、九、字牌」が、寸分違わず綺麗に一枚ずつ私の手牌に並んでいる。
そして、親である私が最初に引くことになっている十四枚目の牌――「東」が、すでに手元でペアを作っていた。
「……ッ」
私は息を呑み、ゆっくりと牌を倒した。
「ツモ」
静まり返った地下室に、私の声だけが響く。
「……天和。国士無双、十三面待ち」
同卓していた薄汚い男たちが、信じられないものを見るように目をひん剥いた。
無理もない。
配牌の時点でアガリが完成している『天和』という役だけでも、確率は約33万分の1。
そこに、国士無双の十三面待ちという天文学的な奇跡が重なる確率など、計算するだけ無駄なレベルだ。
役満、役満、役満。いわゆる『トリプル役満』と呼ばれる、絶対的な破壊力を持つ一撃。
(ありえない……っつーの)
心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。
私は独学でゲームを作り上げたプログラマーだ。
だからこそ、この盤面で起きていることの異常さが身に染みて理解できる。
――こんな奇跡、確率論的にありえない。
私を監視する四隅のカメラレンズの向こう側で、醜悪な笑みを浮かべるVIPたちの気配を感じる。
彼らは一体、私に何をさせようとしているのか。
「……ま、もらえる点棒はもらっておくけど」
私はカメラのレンズに向かって、毅然とした態度で睨み返した。
私がどうしてこの絶望的な地下室へ引きずり込まれたのか。
その理由は、数ヶ月前に起こったあの『事件』まで遡る――。




