第11話 十三巡目の白
地下室の空気が、極限まで張り詰めていた。
スピーカー越しのVIPたちも水を打ったように静まり返り、これから訪れる『決定的な瞬間』を固唾を飲んで待ち構えている。
私の右手が、ゆっくりと山の端から牌を引き寄せた。
指先に触れたのは、何の模様も彫られていない、冷たくてツルツルとした感触。
(……来たわね。十三巡目の『白』)
対面に座る男が、獲物に飛びかかる直前の獣のように前傾姿勢になり、ニチャァと醜悪な笑みを深めた。
彼の頭の中には、私がこの「白」を見もせずに河へ放り投げ、彼が「ロン、大三元」と高らかに宣言する完璧なビジョンが描かれているのだろう。
「ほら、さっさと捨てろよ小娘。お前の負けだ」
男が待ちきれないように声を震わせる。
私は伏せていた手牌の端を少しだけ持ち上げ、その隙間に、引いてきたばかりの「白」をそっと滑り込ませた。
そして。
「……バカみたい」
私はふっと息を吐き、静寂に包まれた地下室に、凛とした声を響かせた。
「ツモ」
その言葉の意味を理解できず、男の顔から一瞬にして表情が消え失せた。
「……は? お前、今、なんて……」
私は前髪をかき上げ、カメラのレンズを真っ直ぐに見据えながら、伏せていた十三枚の手牌をゆっくりと表に返した。
パタン、パタンと、小気味良い音が連続して響く。
デタラメにぐちゃぐちゃに混ぜられていたはずの牌。 見もせずに適当に放り投げ、自暴自棄になっていた狂人の手牌。 それが表に返された瞬間、同卓の男たちは目を見開き、喉の奥で「ヒュッ」と引きつった音を鳴らした。
一萬、一萬、九萬、一筒、九筒、一索、九索。 東、南、西、北、發、中。 そして、最後に手元に引き入れた十四枚目の牌――「白」。
「国士無双。……役満よ」
麻雀における一・九・字牌のすべてを一枚ずつ揃えるという、途方もない難易度を誇る究極の役。
先ほどの試合で、私がただのゴミとして切り捨てさせられた牌たちが、一ミリの狂いもなく完璧な陣形を組んでそこに並んでいた。
「な……っ!? ば、馬鹿なッ!!」
対面の男が、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになりながら絶叫した。
「ありえねえ! お前、さっきまで引いてきた牌を見もしなかったじゃねえか! なのにどうして、こんな手牌が完成してるんだよ!!」
スピーカーの向こう側も、信じられないほどのパニックに陥っていた。
『嘘だろ!?』
『手牌を一切見ずに国士無双を組み上げただと!? そんなオカルトがあるか!!』
『イカサマだ! こいつ、やっぱりすり替えやがったんだ!!』
「イカサマ? 笑わせないでよ」
私は鼻で笑い、スピーカーに向けて言い放った。
「私がこんな格好なのも、カメラで手元を監視し続けてたのも、全部アンタらでしょ。どこに牌を隠すスペースがあったって言うのよ。これは紛れもなく、私の実力でアガった『完全な勝利』よ」
ぐうの音も出ない正論に、スピーカー越しの怒号がピタリと止む。
映像の向こうで、何十人という裏社会の権力者たちが、たった一人の16歳の少女の前に完全にひれ伏した瞬間だった。
「規定通り、これで私の負債はすべてチャラ。そして、アンタらが世界中継の前で土下座して謝る番よ」
私は冷や汗を流して震える男たちを見下ろし、この地獄のようなゲームの終焉を宣言した。
――だが、当然彼らはまだ理解していない。 私が一体どうやって、見えない手牌の中で国士無双という完璧なプログラム(コード)を組み上げたのかを。




