第12話 私が育てた国士無双
「どうやって……? 牌を見ずに、どうやって役満なんか……ッ!」
床にへたり込んだ対面の男が、亡霊でも見るような目で私を見上げている。
私はスピーカーの向こうで沈黙している連中にも聞こえるように、わざと大きなため息をついた。
「別に魔法を使ったわけでも、超能力に目覚めたわけでもないわよ。ただの『記憶』と『逆算』。アンタらがプログラムの基本すら分かってない三流のバカだったってだけ」
私は卓の上に並んだ国士無双の牌を指先でなぞりながら、種明かしを始めた。
「前の試合。私が大三元に振り込んだ第四回戦、アンタらは私に『絶対に勝てない』ように組んだ接待プログラムを走らせた。誰も鳴かないから、ツモ順は一ミリもズレることなく、機械のように規則正しく進んだわよね」
「……ッ」
「私はあの試合で、配牌の十四枚と、自分が引かされた十三枚のツモ牌、その『すべての順番』を記憶したの。配牌には一萬や九筒といった1・9牌がいくつかあった。そして毎巡引かされるのは、東、西、北といった字牌のゴミばかり。……十三巡目に『白』を引かされるところまで、完璧にね」
男の顔から、みるみると血の気が引いていく。 スピーカーの向こうのVIPたちも、ようやく私が何を言おうとしているのか理解し始めたようだった。
「解せただろ。この第五回戦、アンタらは私を完全にナメてた。どうせ勝てるはずがないと慢心して、わざわざプログラムを組み直す手間を惜しみ、さっきの第四回戦と『まったく同じ配列(シード値)』のプログラムを使い回した」
そう、これが最大のバグ。 手抜きによる、致命的なセキュリティホールだ。
「配牌がさっきと一ミリも狂わず同じだった時点で、私の勝ちは確定したのよ。ツモ順も、引いてくる牌も、すべて私の頭の中に入ってるんだから」
私は見えない手牌の中で行っていた『デバッグ作業』の全貌を語った。
「私は最初から、手牌にある1・9牌をそのまま残した。そして、引いてくるのが分かっている字牌を順番に手牌の空きスペースに組み込み、代わりにいらない真ん中の数字(中張牌)を捨てていった。……手牌を見る必要なんてない。どこに何の牌があるか、全部プログラミングして配列を組んでいるなら私自身はそれに従うだけなんだから」
「な……っ、記憶しただと……!? たった一回見ただけの配牌とツモ順を、完全に暗記して、見えない手牌の中で組み替えたって言うのか!?」
「言ったでしょ。私は独学でゲームを作り上げたプログラマーだって。何万行もあるコードの規則性を読み解くことに比べたら、たった数十個の変数を処理するくらい、どうってことないわ」
私は冷たく言い放ち、最後の一撃を突き刺した。
「アンタらが私をハメるために押し付けてきたゴミの山を、私が拾い集めて最強の武器(国士無双)に作り変えたのよ。……これでチェックメイト。完全なゲームオーバーね」
「そ、それなら、お前は麻雀に実力で勝ったわけじゃないじゃないか」
「そうだ、それならイカサマなしでもう一試合」
「バカなの?対局前になんて言った?イカサマを証明できなければ私の負け、証明出来たら私の勝ちって言ったのよ」
地下室は、もはや反論の声一つ上がらない、完全な沈黙に支配されていた。 世界中の権力者たちが、たった一人の16歳の少女の前に屈したのだ。
「……私の勝ちよ。約束通り、借金はチャラ。そして」
私は四隅のカメラに向かって、最高に見下した笑みを浮かべた。
「土下座の時間よ、クソ野郎ども」
◇
数日後。GGGの専務とその娘である沙織さんは、社内の機密情報を不正に操作した罪で警察に連行された。裏社会のネットワークから流出したとされる決定的な証拠データが、匿名で警察に送りつけられたらしい。
「でも、そんなことが出来たのって……」
私の脳裏に浮かんだのは、最後に見た、あの悲しそうな笑顔。
「……沙織さん」
◇
静かになった自室で、私は父親の遺したPCの電源を入れた。
黒い画面に、見慣れた文字列が浮かび上がる。
私のゲームは一度バラバラに壊されたけれど、バックアップはちゃんと残っている。
「国士無双……」
キーボードを叩く手を少しだけ止めて、私はその言葉を口に出してみた。
国に二人といない、他に並び立つものがいない最強の称号。
でも、生まれたときから最強の人間なんて、この世に一人もいない。
最初に向こうのシステムから勝手に与えられた、あの「天和の国士無双」なんて、ちっとも面白くなかった。
ただの操り人形にされたみたいで、思い出すだけでも虫酸が走る。
理不尽な悪意に押し潰されそうになりながら、バグだらけの絶望的な状況から、自分の頭脳と手で一つずつコードを書き換えるようにパーツを拾い集め、泥臭く育て上げたこの『国士無双』の方が――。
「……よっぽど気分がいいよね」
私は金髪の毛先を指で弄りながら、不敵に、そして晴れやかに笑った。
キーボードに置いた指が、再び軽快な音を立てて動き出す。
画面の中で、私がゼロから育て直したプログラムが、誰にも邪魔されることなく、力強く躍動し始めていた。
(了)




