好きでしょ?
転移門を出ると、そこは石造りの部屋であった。中にいるのは自分たちを除くと3人。幼い少女とメイド服の女性、そして剣を腰に佩いた青年である。
「ほら、ちゃんとご挨拶なさい」
「はい、お姉様!」
アイリーニに促され、まだ幼さを感じさせる少女はルカに近づいて頭を下げた。
「ベルナルディ男爵家が次女、クロエと申します!以後お見知り置きを!」
子どもらしい勢いの良さだ。優雅さとは程遠いが、この年頃にしては良い礼をする。
「ルカ・バル……失礼、ルカだ。よろしく頼む」
ルカも軽く礼を返した。
(あの時はお世辞にも貴族には見えない風体をしていたが、こうしてめかしこむと淑女の卵に見えなくもない。しかしマズいな……お忍びだったか何だか知らないが、かなり邪険に扱った記憶があるぞ)
『ありがとう、貴族のお兄さん』
『チッ、無礼な!気安く触るんじゃない!』
敵を倒した直後、自身に駆け寄ってきた少女を乱暴に払いのけた場面が脳裏に蘇る。
その後はどうなったか。そう、事件の後も一緒にいたのだ。保護者が見当たらなかったので仕方なく。
『お姉様!』
あの時、博物館の外に詰めかけた野次馬にげんなりしていたルカの隣で、少女は突然誰かに呼ばれたかのように顔を上げた。
『行かなくちゃ。ありがとう、お兄さん』
『ああ……ではな』
群衆の間を抜けて、誰かの元に走っていく少女の背中を見送った。あの惨劇を目にしても平然とした様子は気になったが、やがてその疑問も薄れていった。もう二度と会うことはない相手だ。深く考える必要はない。
そう思っていた。
(アイラの妹だったのか……これはマズい。今後要らぬ波風を立てぬためにも、今すぐイメージ回復を図らねば)
ルカは精一杯愛想の良い笑みを顔に貼り付け、猫なで声で話しかけた。
「おお、あの時の子だね。久しぶりに会えてお兄さんも嬉しいよ。その後はどうかな?元気に過ごしていたかい?」
「ええ……なんか別の人みたい。気持ち悪ぅ」
「きもっ!?」
ルカは憮然とした。失礼極まりない。何と可愛げのない子どもだろうか。
ルカとクロエが話している間、アイリーニは青年と言葉を交わしていた。
「お父様とお母様は?」
「また仕事が入ってしまってね……」
「またですの?そう……昼には戻られるわね?」
「その予定だよ。手紙の件は昼食を食べながら話そうってさ」
青年はルカと目が合うと、ゆっくりと歩み寄って手を差し出した。
「君がルカだね。僕はリッター。ベルナルディ男爵家で剣術指南役をしている者だ。どうぞよろしく」
「ああ……よろしく」
リッターは、背後に楚々として控えるメイドに目線をやった。
「あの子はミリアーデ。滞在中の雑用は彼女に頼んでくれ」
ミリアーデのお辞儀にルカは黙礼で応えた。
勝手知ったる様子で建物の通路を歩き出す4人の後をついていくと、すぐに小さな建物の出口が見えてきた。
薄暗い建物内から、朝日差し込む外へ。一瞬白く染まった視界が色彩を取り戻すのと同時に、ルカは息を呑んだ。
雄大だ。四方を囲む山々、澄んだ水の流れる畑に、薫る風。すべてが心地よい。
ふと目を向けると、王国西南の国境に隣接する大結界の端が見える。ベルナルディ男爵領は、ちょうど国土を南北に分ける継ぎ目あたりに位置し、結界の保護の及ばない北西国境線を構成する地の一つとして知られている。
戦争が絶えなかった80年ほど前は防衛線の一角となり、数多くの英傑が集った場所だ。もっとも、国どうしの国境争いもすっかりなりを潜め、大陸外での植民地獲得競争が勢力争いの主流となった今となっては、金の集まらない辺境の地に過ぎないのだが。
山地は天然の要害だが、同時に交易をも阻害する。北方に行けば山地は途切れる。わざわざ男爵領を通らずとも他に幾らでも交易ルートはあるのだから、没落は必然であった。
やがて、リッターと名乗った青年と話しながら歩いていたアイリーニは振り返った。
「私はこの後、お父様、お母様と大事なお話をします。クロエ、その間は図書室で大人しくしているようにね」
ルカの隣を小さな歩幅で歩いていたクロエは唇を尖らせた。
「えー、やだやだ!外で遊びたい!」
「我儘言うんじゃありません!」
姉妹の会話をルカは頷きながら聞いていた。子どもには使徒の脅威や聖教会の問題など理解できないだろう。屋内で本でも読ませておけば良いだろう。
「えー、じゃあお兄さんと一緒なら出かけてもいい?」
「え?」
ルカは固まった。アイリーニはルカに目をやった。しばし悩んだ末、口を開く。
「急なお願いにはなりますけれど、子守りをお願いできませんか?」
「私子どもじゃないもん」
(これは……どっちだ?俺と一緒なら大丈夫という信頼か?それとも厄介ごとの押し付けか?)
どちらにせよ、返事は変わらない。
「良いだろう、ご両親とよく話し合うと良い」
「申し訳ありませんわ……」
「気にするな。ちょっとお子様の面倒を見るくらい、お安いご用だ」
「ふふっ、そうですわね」
クロエはツンとそっぽを向いた。
(お子様呼ばわりされて不貞腐れたのか?そういうところが子どもだというのだ)
やがて、落ち着いた佇まいの屋敷前に到着したルカとアイリーニはその場で別れた。リッターとミリアーデはアイリーニに付いていったので、ルカとクロエの二人きりだ。
「それで、どこに行く?あまり遠くには……」
「ついてこないで!」
「……話を聞いてなかったのか?」
「聞いてた!でも、お出かけくらい一人でだってできるもの。いつもそうしてるし」
「どんな危険があるかも分からんのに、子どもが一人であっちこっち出歩くものではない。それにな、お姉さんに要らぬ心配をかけるものではないぞ」
「じゃ、お兄さん倒せたら一人で出かけていい?」
「はぁ?」
「一人でも大丈夫だって、しょーめいする!」
「このまま話していても埒が明かんしな。それで納得するのなら、良いぞ。やってみ……」
言い終える前に、クロエの小さな拳がルカの眼前に飛んできた。
ルカはそれを当たり前のように掴み止めた。
(肘から気体を噴射して推進力を得ているのか。面白い能力だ。しかし威力はお粗末。狙いもあまりに明け透けだ)
「速さには感心したが、それだけだ。重さがまるで足りていないぞ?」
続けて顔面に繰り出される膝蹴りも、拳から手を離し、素早く距離を取って空振りさせる。
クロエは勢いよくもんどり打って尻餅をついた。
(クックック、可愛げのない奴だと思ったが、尻餅をついた姿はなかなかどうして可愛らしいではないか。……ダメだ、まだ笑うな。こんな子ども相手に、いくらなんでも大人げないぞ)
ルカは笑いを噛み殺した。
「気は……ブフッ」
いけない。見られないように顔を背ける前に笑いが漏れた。咳払いで誤魔化してから向き直る。
「気は済んだか?」
「……ちぇ」
クロエはそっぽを向いたまま歩き出した。どうやら同行のご許可をいただけたらしい。
「…………」
しばし黙々と歩き続ける。
「それで、どこに行くんだ?」
「……」
完全に臍を曲げたらしい。これは面倒くさい。想像以上にお子様だ。
内心ため息をついたのと同時にクロエは振り向いた。先ほどまで不機嫌そうだった幼い顔に、にやぁと嫌な笑みが浮かぶ。
(何だ急に?やはり子どもというものは情緒が分からないから扱いづら……)
「お兄さん、お姉様のこと好きでしょ?」
(ッ!?!!?!?、、???)
突如投げ込まれた爆弾に、ルカの思考は停止した。




