また会ったね
茜差す街道を行く馬車の荷台で、ルカとアイリーニは揺られていた。
(うーむ……俺の考えた極めて独創的かつ実践的なストレス解消法が笑われてしまうとは、分からんものだな……)
自分の肩を抱きしめる動作は、安心感をもたらす。
脳内という抜け出しようのない迷路から、体温や骨といった現実の感覚に意識を引き戻すのである。
良い提案のはずだったが、何か伝え方に問題があったのだろうか。ルカは首を捻った。
(どうにも思うように話が伝わらないな……コミュニケーション技術の改善が必要か)
――――――
カディンは、ルカとアイリーニの乗った馬車を追っていた。薄暗い街道を一歩進む度に、首元のネックレスがチリチリと揺れる。
(チッ、ペトラの奴……静観の指示が出てるだの学園内の監視役が必要だのと御託を並べやがって……)
第一、上からの指示は首都及びその近郊での戦闘の自粛であって、決して毒殺や政治的な嫌がらせまで禁じるものではない。それに遠出する。都市外でなら、仮に殺害しようと何ら問題にはならない。
実際、馬車などの移動手段の申し込み履歴を見るに、2人の標的がこの状況で呑気に里帰りしようとしていることは間違いないのだ。
それでもなおペトラが動かないのは、おそらくルカの使役する化け物を恐れているからだろう。だが確かに、留守中エルマらを監視する人員も必要ではある。
それに、怯えている者を無理に引き摺り出しても役に立たないだろう。ひとまず、自分ともう1人の工作員を中心に計画を進めるより他にない。
(大司教傘下にいた戦闘員どもには既に号令をかけてある。頭数は十分。……しかし里帰りとは都合が良い。故郷には女の家族や知り合い……人質候補が腐るほどいやがる。生きて帰すのと引き換えに武装解除を要求し、首尾よく運べばその後は晴れて皆殺しパーティーだ)
主人を失い、宙ぶらりんになった大司教の部下たちの指揮権を掌握するにあたり、好きに遊んで良い玩具を与えてやるのは良い一歩になるだろう。
特にルカ。自身の完璧な計画を狂わせた許し難い存在。貴族から平民に落ちてさぞ暗い顔をしているだろうと思ったが、何日経ってものほほんとしている。それどころか、旧寮での集団生活を満喫している節すらある。
(まずテメェの顎を圧し砕いてやる。その後……丁寧に顔を剥いでやるぜ。ご自慢の剣を使ってなぁ)
部下たちはカディンの虎の子を持って明日にはベルナルディ男爵領に到着する。
カディンが武練同好会のメンバーを狙うのはこれが初めてではない。つい一週間ほど前の武闘大会準決勝でも、聖教会にとって厄介な存在であるベルタを事故に見せかけて殺そうとしたのだ。
しかし試合にかこつけての殺害計画は失敗し、ユリウスとかいう男と3位決定戦を戦う羽目になった。
(せっかく秘蔵の遺物を持ち出してまで、あの女を傷だらけにしたってのによぉ……)
だが、明日には失敗続きの苛立ちを発散できる。
(ルカ……テメェと化け物を引き離すことさえできれば、俺の勝ちは確定だぜ)
カディンはほくそ笑んだ。
「ま、待ってください〜」
ちょうど考えごとが終わったタイミングで聞こえてきた情けない声にカディンが振り向くと、遅れてついてきたテオはペコペコと頭を下げた。
ヨタヨタと頼りない足取りで、カディンの元に近づいてくる。
(コイツ、ホントに大丈夫か?コッチ側の戦士とは聞いてるが、幾らなんでも体力なさ過ぎだろ)
外部から合流予定の部下達と違い、学園から直接ついてきたのだ。役に立ちますとは言っていたが、入学以来何の実績もない男だ。大会にも出場すらしていない。
(まぁどうでも良い。コイツが使えなければ俺一人でやるだけだ。元々大して期待してないしな)
カディンは視線を馬車に戻した。些事に拘う必要はない。
(せいぜい最後の休暇を楽しめ。お二人さんよ)
――――――
明け方、馬車は街に到着した。首都より一晩かけてたどり着いた街の名は、ラックラルド。ここには聖教会にとって重要な施設である星読みの塔がある。
見上げるほど高い塔は権威の象徴であり、毎年行われる一年の安寧を祈願する儀式の舞台でもある。
ルカとアイリーニは、その一階ホールに向かった。
「許可証のご提示をお願いいたします」
まず、事前に利用許可の申請を済ませていたアイリーニが書類を見せる。
入り口の両脇に立つ警備員の許可を得てホールに入る。受付で支払いを済ませると、ルカとアイリーニに金属製の札が差し出された。
「3番をご利用ください」
「どうも」
(相変わらず転移門の利用料は馬鹿高いな。その価値はあるが……)
指示通り、3という数字の刻まれた金属製の扉に、先ほど渡された札を通して解錠する。
室内中央には、木製の古びた扉が置かれていた。先に入室したアイリーニはスタスタと扉に近づくと、ドアノブ下の金属製の文字盤を慣れた手つきで叩いていく。
転移門。解析不能の古代技術で作られたもので、指定した別の扉に移動できる優れものだ。門自体の置き場所は一切変えられないが。
「行きますわよ」
「ああ」
2人が踏み込むと、扉の中には虹色の空間と透明の床が広がっていた。幻想的な光景を楽しみながら数分歩くと、やがて古びた木の扉が見えてきた。先ほどくぐった扉とまったく同じものに見えるが、そうではない。
ここが出口だ。ドアノブに手をかけ、押し開ける。
「お帰りー!お姉ちゃん!」
扉を開けるのと同時に飛びついてきた小さな影を、アイリーニは慣れた様子で抱き止めた。
「お姉様、でしょう?」
「はぁい、お姉様」
ルカはアイリーニに抱きついた少女の顔を見た瞬間、目を見開いた。
(お姉……はぁ?)
ルカと目が合うと、少女はニンマリと笑みを浮かべた。
「また会ったね。お兄さん」




