思想で戦え!
「……どうして?別にすぐにってわけじゃなくて、時間をかけて仲間を集めてっていう話なんだけど……」
「事情は分かる。確かに、聖教会は虐殺者の巣窟だ。俺だって何か……何かしたいとは思う」
カタリナは身を乗り出した。
「できるものならな」
しかし、ルカの一声を受けて再び椅子に沈み込んだ。
「……」
「改めて問うが、お前の目的は何だ?先に言っておくが聖教会を潰すとか、枢機卿を殺すとかではない。その先だ。何がしたい?」
「この先、誰も聖教会に傷つけられないようにしたいの」
「なるほど?賛成だ。で、それと枢機卿殺しがどう繋がる?」
「枢機卿を殺すのは、その……これまでの犠牲の責任を取らせるためで、頭を潰して組織として瓦解させるためでもあるし、」
「要するに私怨か」
「違う!」
「いや私怨だ。鏡でも見せてやろうか?お前の目は殺意に満ちている。捕まえて幽閉するなど穏便な手は一切考えず、初めっから殺害一択だ」
「……」
「少し遠回りしたが……なぜお前に協力しないか、だったな?理由は二つある。第一に聖教会の崩壊が非現実的だからだ。アレは大き過ぎる。俺達が正面きって戦っても勝ち目はない」
ベルタやアイリーニ、エルマなどの協力を得た上で紳士を説得できれば、上位の啓導官であろうと国軍が護衛として付けている竜騎士であろうと、突破できる可能性はある。しかし、単純な力押しで解決できるほど聖教会の闇は浅くない。
カタリナが生き延びてきたのは本人の卓越した弓の技術や異能のおかげもあるのだろうが、言ってしまえば偶々だ。感覚拡張系の能力者とぶつかっていれば屋敷に踏み込んだ時点で九割方死んでいただろう。そしてその幸運は、いつまでも続きはしない。
「第二に、聖教会を潰してもおそらく何も解決しないからだ。仮に組織として解体できたとしても構成員の外道共が残っていれば別の組織となって復活するだけだ。まさか聖教会幹部を地方の有力者を含めて皆殺しにする気ではないだろう?」
それに、認め難い事実だが聖教会の教えに救われている人間もいる。宗教という拠り所を奪った大勢の人間を放り出せば、また別の何かに縋り付くだろう。聖教会を構成していた人間が集まれば、その何かが聖教会の生まれ変わりとなる可能性は極めて高い。
「私だってそんなの分かってる!それでも誰かが戦わなければ、やってみなければ何も変わらない!これからも大勢が死に続けるだけよ!」
ルカの脳裏を、大聖堂地下の大量の死体が過った。『啓導師・植民地管理官募集中!』チラシに記された文言は、国外でも血みどろの地獄絵図が繰り広げられていることを意味している。それでもなお。
「結論は変わらん。第一に無理。第二に何も変わらない。力押しや暗殺には断固反対だ」
「じゃあどうすれば……」
「思想……はどうだ?言論で聖教会を打ち倒せ。あの地下でお前が聞かせてくれた、信仰は聖教会が無くとも成立するという思想……それと聖教会の非道を世に知らしめることで内側から改革する手の方が、俺は現実的だと思う」
「思想……?そんなもので世の中が変わるの?」
「変わるとも。例えば資本主義だ」
ルカは懐から分厚くなった財布を取り出した。硬貨と紙幣を机上に置いて見せる。
「これは何だ?」
「お金?」
「いや、これは紙切れと金属製のコインに過ぎない。だが昔、コイツを物と交換できる仕組みを考えた奴がいた。それがこの国、ひいては地域のルールとなった」
「ルール……?」
「お前は農民のくせに革命家を気取っているが、それでは聖教会には勝てない。頭で世界を変える学者になれ。見つけるんだ、資本主義や地動説に並び、聖教会の教えを過去にする新たな真理を。そうすればいずれ、聖教会は自ずと変わる。或いは滅びる」
「よく……分かんない」
「まだ分からなくていい。これから共に考えていこうじゃないか。世界を変えるのではなく、人の見方を変える術を」
「う、うーん。分かった?かも……」
首を捻るカタリナを見ながらルカは頷いた。
(どうやら何とか誤魔化せたようだな。賢い部類と思ったが、やはり農民の生まれか。見えている範囲がまだ狭い。見通しが甘い。聖教会との全面戦争など勘弁してくれ。憤りは伝わったし正直胸動かされたが、それと俺が巻き込まれるのは別問題だ。ひとまず穏便な方向に軌道修正できたようだし、これで一安心といったところか)
ルカはカタリナほど熱くなれない。実際その様を見たわけではないし、身近な人間が犠牲になったわけでもない。聖教会が国内外で齎したであろう幾千万の犠牲も、今年の死傷者〇〇人という報告書を読んだようなものなのだ。
過激な行動を諌めることに成功し、ひとまず胸を撫で下ろしたルカに対し、しばし沈黙していたカタリナは再び口を開いた。
「それで、二つ目の質問は?」
「あ、ああ……二つ目ね。何だったか。そう、お前の切り札について聞くつもりだったのだ」
「切り札?」
「そうだ。あの試合の場で、お前には何か隠し玉があると思った。結局お前は単純な物理攻撃……お世辞にも上等とは言い難い剣で接近戦を仕掛けてきただけだったが、もっと何かあるはずなんだ。ただの勘だが、これから先仲間として戦うにあたり、もし何か切り札があるなら知っておきたい」
ここまで聖教会から逃げ切ったにしては、お前は少し弱過ぎる。ルカはその一言を口に出さなかった。無駄な挑発は必要ない。
「切り札はあるよ。でも教えない」
「なぜ?」
「そうだね……聞いても良いとは言ったけど必ず答えるとは言ってないし、いずれ機会があったら教えてあげる」
ルカは破顔した。
「これはいっぱい食わされたな。良いだろう、お互い、探られたくないところには触れないでおこう」
あっさりと退いたルカに、カタリナは目を瞬いた。
「良いの?」
「ああ、お前の奥の手など知らずとも、どうせ何でも解決できる。この俺ならな」
「……それ、舐めてない?」
「舐めッ!?」
投げつけられた予想外の一言にルカは激しく動揺したが、背後の虚空に目をやると平静を取り戻した。
「まぁ、そう見えるか。だが実際そうなんだ。俺は勝手に守られる。何があろうと死ぬことはない。最近は昔からの悩みも……望ましくない形とはいえ次々に片付いていっているし、この先も何とかなる気がしているんだ」
家族関係も、爵位の問題も終わったのだ。抱える問題がほぼ片付いた今、残された問いは自分は本当は何をしたいのか、それだけなのである。
「本当にそう?」
「え?」
「あなたはいつだって自分なら何とかできるって信じてる……ように見える。助けてもらっておいて何だけど、それは間違いだと思う」
「……」
「ごめん、言い過ぎた」
「いや……感謝する。肝に銘じよう」
二人はその後もスープを飲みながら話を続けた。やがて話題は深刻な相談からありふれた雑談となった。二人は翌日に響かない程度で話を切り上げ、それぞれの自室に戻っていった。




