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華麗なる敗北  作者: や ま と  
襲撃編
78/86

枢機卿殺し

「まず一つ目の質問だ。単刀直入に聞くが、この学園に来た目的は何だ?普通追われている自覚のある人間は、まず人目につく王都まで来ようとは思わない。何かしら目的がなければ、な」


「枢機卿を殺し、聖教会をぶっ潰すためよ」


ノータイムでの返答。その中身がもたらす衝撃にルカは目を剥いた。


「……わざわざ王都まで来た理由は分かった。枢機卿はこの街にいるし、聖教会関連の象徴的な施設も一部例外を除いて王都に集中している。学園は若い女性が怪しまれずに仲間を集めたりできる場所で、かつ外部からの干渉を受けにくい場所だしな。だがそもそも枢機卿を殺したいのはなぜだ?」


「どこから話そうかな……少し長くなるけど、聞いてもらえる?」


「もちろんだ」


ルカはスープのおかわりをちびちびと飲みながらじっくりとカタリナの話に耳を傾けた。


――――――


ある日、農村の友人達が聖教会幹部に上納されていたことを知り、脱走したこと。その時自分の能力が目覚め、幻の妹が自分に語りかけてきたこと。


「それから……」


あの日。馬車に乗せられて攫われた少女達の末路を知ったカタリナは、再び車輪の轍を追った。まず、その日攫われたばかりの同郷の友人達の救出に向かったのである。


(村の人は誰も信用できない!みんな笑顔で馬車を送り出してたけど、何人か暗い顔をしてる人もいた。事情を知りながら協力している人が紛れて……ううん、むしろそっちの方が多いかもしれない)


昼間逃げ出してしまった地主の屋敷に、宵闇に紛れ、警備の目を掻い潜って忍び込む。


昼間覗いたあの部屋の窓を再び覗き込む。昼間少女を襲っていた神父の姿は既になく、少女だけが昼間と同じくベッドに横たわっていた。壁の陰になって顔は見えない。


(この子も連れ出さないと。人口のある街まで逃げれば、きっと誰かに助けてもらえる)


幸い、不用心にも窓の鍵は開いている。


(どうしよう、人気はないけど危険だよね。でも他に入れそうな場所もないし)


まさか堂々と玄関から入るわけにもいかない。人もいないのに扉だけが開いたりしたら怪奇現象だ。衛兵に警戒される。念のため幻を展開し、できる限り自分の姿を隠しながらゆっくりと窓を開ける。


カタン、と響いた音に全身が竦む。くぐもって聞こえる程度に音量を下げることはできるが、完全には音を消せない。能力の練度が低いせいか、急な動きをすると見た目にも歪みが生じてしまう。わずかなミスが命取りだ。


部屋全体に広がるすえた匂いに思わず鼻を抑える。だがのんびりしている暇はない。身を屈めたままベッドの少女に声をかける。


「ねぇ、大丈夫?」


反応はない。だがこれ以上声を出したくない。ベッドの少女を揺さぶってみるが、反応はない。


「ッ!」


少女の顔を覗き込んだカタリナは手で口を抑えて悲鳴を飲み込んだ。その目に光は既になく、まなじりには涙の跡だけがあった。だらしなく開いた口元には泡となった唾液が残されている。首には指の跡。


しばし荒い息を吐きながら、動悸が収まるまでその場で座り込む。


(落ち着け、落ち着い……)


その時、ガチャリと部屋のドアノブが動いた。カタリナは息を殺して床に蹲った。動けない。動けば幻が解けてしまう。


入ってきたのは衛兵であった。


「うわ、くっせーな」


「あーあー、また死んでるよ。もったいねえ。景気良く殺し過ぎっすよ」


「こりゃおこぼれは期待できねーな」


衛兵の片方が少女の遺体を抱き上げ、二人は部屋を出ようとした。その時、衛兵の目線が半開きの窓を捉えた。


「おい待て。窓開いてんぞ」


カタリナの心臓が跳ねた。


「閉め忘れだろ?ほっとけよ。換気にもなるしよ」


二人の衛兵は最後までカタリナに気づかず、部屋を出た。カタリナは扉が閉まりきる前にゆっくりと部屋を出た。動く物体はまだ上手く隠せない。隠せるとしても自分の体だけ。扉が開くところを見られれば隠蔽や隠密系の能力者が侵入したと悟られてしまう。


後をつけると、衛兵は物置らしき一室に遺体を投げ込んで去っていった。


カタリナは物置の前を通り過ぎようとした。友人達を探さねばならない。だが、物置の扉に付いた血を見た時、既にカタリナは直感していた。


「もう手遅れだよ、お姉ちゃん。早く逃げよ?」


病で死んだはずの妹の幻が再び姿を現し、カタリナに語りかける。


(これは幻。最初に墓場で出てきた時と同じ。自分で無意識に作り出してるだけ……)


しかし予感には逆らえない。カタリナは周囲を見回してから扉を静かに開いた。そこには予想通りの光景が広がっていた。昼間村から送り出した少女二人を含む、都合五つの遺体が転がっていたのである。


「……」


カタリナはしばし黙り込んだ。そして、静かに扉を閉めた。


「あっ、やっぱり逃げるの?」


(殺す……)


「えー、本気?」


(ジーナは、羊の扱いの上手い子だった。牧羊犬が死んだ時、人一倍悲しんで一生懸命お墓を掘ってた。アンナは面倒見が良くて、裁縫が上手かった。服や靴下が破れた時はいつも繕ってもらった)


まとわりつく幻を無視し、目的の場所に向かう。


「やめときなよ。死んじゃうよ?」


妹の幻は目の前に回り込み、邪悪な笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんも、あんな風になりたいのかな?」


(その姿で私に話しかけるな。やめろ私!どうして考えたくないことばかり頭に浮かぶの?考えたくないことばかり幻になる。止められない)


カタリナは目的の部屋にたどり着いた。有力者の趣味と言えば酒、乗馬、賭け、女遊び、そして狩猟である。猟具の収められた室内に入ったカタリナは、壁にかけられた道具の中からボウガンを選んで手に取った。


部屋の中央には獲物を吊り下げるフックがあり、その下にはバケツが置かれていた。血抜きのためだろう。


部屋を出たカタリナがしばらく廊下を歩くとダイニングルームに辿り着いた。漏れ聞こえる話を聞く限り、その日は昼間から四人ほど地主の友人が招かれ、秘密の宴が催されていたらしい。


酒を持った給仕が何度か扉を出入りしているところを見るに、酒盛りしながら賭けに興じているらしい。


(昼間の時点なら間に合ったかもしれないのに……)


立ち向かう勇気がなかったせいで五人もの少女が死んだ。死者の慰めにはならないだろうが、せめて報いは受けてもらう。地主と招待客、併せて五人は皆殺しにする。


(叫ばれでもしたら終わり。畑に入り込んだ害獣を駆除する時と同じ。急所を確実に刺す。まず、標的が最も無防備かつ一人になる場所に……)


その後、トイレに潜んだカタリナは無防備な標的を一人ずつ始末していった。幻で偽装し、身動き一つせずに待つ。入ってきた瞬間、正面から射殺す。武芸の心得のありそうな相手は、便器に向いている間に背後から。死体は個室に放り込んで発見を遅らせる。


しかし、如何に酒に酔っているとはいえ、五人のうち二人もトイレから帰ってこなければ不審に思われる。二人目を個室に放り込んだところで、限界と判断。


ダイニングルームに向かう途中で使用人とすれ違う。トイレを確認しに行くのだろう。もう時間がない。


何度も酒を運び煩わしくなったのか、使用人が半開きにしたままの扉からダイニングルームに踏み込むと、中ではでっぷりと太った三人の男が食卓を囲んでいた。遺体を発見したか、部屋の外から使用人の叫び声が聞こえる。


「何だ、騒がしいぞ。ムグッ!?」

移動されると面倒だ。立ち上がった神父の急所を撃った上で心臓にも矢を放つ。


神父と向き合うように座っていた招待客の首にも矢を放つ。


「ひ、ひいぃ」


上座にふんぞり返っていた地主は慌てて立ちあがろうとしたが、姿勢が悪かったせいもあってかその動きは鈍かった。


(女の敵が!死に腐れ!)


喉、足、腹へ流れるような三連射。即座に背を向ける。急所は捉えた。死亡を確認するまでもない。


逃げ場は分かっている。使用人をやり過ごし、入ってきた窓から脱出する。外に出てしまえば、幻で視覚を欺ける自分を探し出すのは極めて困難となる。


――――――


カタリナはスープカップに目を落とした。


「その後も似たようなことは何度かあったけど、誰一人として救うことはできなかったわ。でもすべての裏に枢機卿がいることだけは間違いないの。とある教会に忍び込んだ時に子羊の管理に関する書類と枢機卿の命令書を見つけたから……」


ルカは頷いた。自分が大聖堂から大司教の書類を盗み出した時のようにカタリナも行動したのだろう。


「……王都に辿り着いた後はしばらくスラム街にいたんだけど、王都内で奴隷商人が摘発された時に被害者と一緒に孤児院に入って勉強して……で、今に至るってわけ」


カタリナはルカの目を見つめた。


「どう?枢機卿殺し、協力してくれる?」


ルカは端的に答えた。


「もちろん、断る」

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