自分なら何とかできると思っている
「ではな」
「じゃ」
ルカとユリウスはギルドで討伐依頼の報酬を受け取るとその場で別れた。仲良く並んで帰るような関係でもないので、用が済んだ以上当然である。
今から孤児院に向かうのだろうか。去っていくユリウスの背をルカは見送った。
胸の内には、ユリウスに対する違和感があった。
(あいつは常に、何か余裕ぶっている風に見えるな。物事に対する当事者意識がないというか、何とかなると楽観的に信じているというか。どちらかといえば俺もそっち側の人間だから、そうなってしまう理由は分かるのだが……)
僕はどんな怪我をしたってどうせ治るから問題ないさと表明しているわけではない。だが、試合の時の能力任せの力押しと、今日の態度から分かる。
一見完璧に見える。戦場にあっても汗の一筋も流さず、大きな声を出すこともない。常に冷静に、当然のように敵を葬り去る。
だがその実、何事も深刻には捉えていない。ユリウスは何を前にしても本気では警戒していない。ピリピリと全身に突き刺さるような、緊張感というものがない。
「危ういな……」
口をついて言葉が転がり落ちた。
(ちょっと組んで金を稼ぐ程度……ビジネスの関係なら問題ないかと思ったが、判断ミスだったな。奴は強いが、そのせいか決定的に危機感というものに欠けている。不用意に関係を深めて俺の問題に巻き込んでしまったら、取り返しのつかない結果を招くだろう)
はじめから与えられた者には焦燥感というものがない。たとえこの試験に落ちても別に飢え死にするわけじゃない。たとえこの勝負に負けても次がある。足掻かずとも毎日食べられるし時々贅沢もできる。
そういう人間に渇望は生まれない。
積もり積もった無気力感がここ一番の勝負の価値を見誤らせる。敗北の結果に向き合う悔しさというバネを損なう。
その繰り返しで人生は少しずつ腐っていく。
(俺などより遥かに良いものを持っているというのに、勿体ないな)
ユリウスの背中は雑踏に紛れ、完全に見えなくなった。ルカも踵を返した。
――――――
ルカは旧寮の扉を開いた。錆びついた扉を開けて靴箱の横を抜け、正面の事務室前で右に曲がって廊下を進む。一階の休憩室やかつてやんちゃな学生が生活していた懲罰部屋の前を抜け、再度角を右に曲がると、すぐ左手に食堂がある。
ガラスと金属でできた古い扉を横にスライドさせると、カラカラと乾いた音が鳴った。中に入る。
「おかえり」
「ただいま」
食堂でルカを出迎えたのはカタリナであった。今日の料理当番である。
(美味い野菜料理が食べられそうだな)
ルカは穏やかな笑みを浮かべた。旧寮には学園内にある学生内で消費される食材の余剰分が届くが、調理は同好会メンバーの持ち回りである。
なお、完全なお坊ちゃま育ちのため調理技術が壊滅的なルカは、例外として料理番を免除されている。代わりに掃除などの負担は他より重くされているが。
「はい、どうぞ」
カタリナは手早く盛り付けた料理を厨房前の置き台にそっと置いた。
「ありがとう」
ルカはそれをトレーに載せて食堂内のテーブルまで運んだ。
今夜の献立は、カブのスープとソテー、そして葉を使ったサラダである。コッテリとしたソテーと爽やかな味わいのサラダの組み合わせは絶妙である。
(ではさっそく)
カブのスープは、一口飲むだけでどこか懐かしさを感じさせる。
ある幼き日のこと。いつものように外を遊び回り疲れきったルカが帰宅すると、母が手作りのスープを温めてくれた。優しい味わいが身体を包み込み、食後風呂にも入らずついうたた寝してしまう。目を覚ましたルカは、まだ眠たい目をこすりながら歯磨きや風呂を済ませて床に就く。
素朴である。ルカには決して存在しないはずの記憶を幻視させるほどに。
(うーむ、農家で育ったというだけのことはある。やはり何事もその道に精通している者に任せるのが良いものだ)
もちろん、優しさ一辺倒の献立ではない。まるでステーキのようなジューシーな味わいのソテーが、育ち盛りの夕食に相応しい食べ応えを提供している。
(ありふれた食材とはいえ、こうも完璧に使いこなすとは、さすがは田舎者……)
「どう?美味しい?」
ルカの思考は半ばで断ち切られた。
一通り片付けを済ませたか、カタリナがテーブルにやってきたのである。手にはもくもくと湯気を立てるスープカップを持っている。
「ああ、実に味わい深い。店でも開けそうなくらいだ」
「ふふっ、なら良かった。ここ良い?」
「もちろん」
ルカの気難しさを考慮したのだろうか、カタリナは許可を取ってからテーブルについた。
(二人きりの会話は関係を深める良い方法だと本にも書いてあったしな。理論で読み解く友達作りの基礎……読み始めたばかりだがさっそく実践の場が与えられたか。これは僥倖)
食事の楽しみも相まって機嫌の良いルカは、しばしカタリナとの話に花を咲かせた。
「……まぁそんな具合で、この俺がユリウスに天才的な策を教えてやったというわけだ」
(クックック、本にも自己開示が相互理解の一歩と書いてあったからな。どうだ、俺は凄いだろう!対等な関係を築くつもりが、うっかり尊敬させてしまったかな?いや参ったな。事実を語っただけなのにまるで自慢話みたいになってしまった)
ルカはほくそ笑んだ。
――――――
カタリナは冷めかけたスープを飲み干した。
(この人、話の四割くらい自慢だなぁ。これでも相当抑えてるんだろうけど。全身からまだ自慢し足りないって感じの雰囲気が出てるし)
「……他に聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。多少踏み込んだ質問でも良いぞ。はっはっは」
(まぁ機嫌良くやってるみたいだし、これはこれで良いか。それに……)
カタリナも笑みを浮かべた。
(試合での化け物じみた強さと洞察力に、私を助けに大聖堂まで乗り込んでくる行動力。何もかもが過剰で、正直同じ人間とは思えなかったけど……何だ、こうして話してみたらちゃんと普通の人間じゃん)
ルカの笑みはますます深くなった。
(やったぞ、リーナも楽しげだ。ありがとう、理論で読み解く友達作りの基礎!クックック、どうやら完璧なコミュニケーション能力を身につけてしまったようだな)
――――――
「何でも聞いて良いって言うけど、ちょっと真面目な質問でもしても良いの?」
「良いぞ良いぞ、どんと来い」
「えっと……二つあって。一つ目は、大聖堂を吹き飛ばしたあの黒い男の人のことよ。ずっと気になってたんだけど、アレは何?ベルタや先輩には色々なものが見えてるみたいだけど、私には全然分からないから……」
ルカは微妙な表情を浮かべた。
「それは……あまり答えたくないな」
「何でも聞いて良いって……」
「聞いても良いとは言ったが必ず答えるとは言ってない!……まぁ確かにそろそろ知っておいて欲しい気もするが、時期を見て話すからちょっと待ってくれないか」
ルカはボソボソと呟いた。
「勝手に明かすとあの紳士気取りがどう動くか分からないし……」
どうにも要領を得ない。カタリナは首を傾げたが、答えたくないと言っている物を突っ込むのも野暮だ。
「じゃあ二つ目。あの日、なんで私を助けに来てくれたの?も、もちろん助けに来てくれたのは嬉しいよ。感謝もしてる。でも正直、聖教会と対立してまでそうする理由が分からなくて……」
ルカは二本指を立てた。
「正直に答えよう。理由は二つだ。一つ目は……まず自分だ。これ以上自分を嫌いになりたくなかった。結果がどうなろうと、自分に恥じない決断をしたかったのだ」
カタリナは頷いた。
(まず自分。私のためじゃなく、自分がどう在りたいかを第一に考えたってことね)
「二つ目は……お前だ。正直、俺は平民のお前を見下していた。試合前の時点では、ただ踏み潰すのみだと思っていた。何なら対戦相手のお前よりも、試合の場にいない家族のことを気にしていた」
ルカは恥じ入るように目を伏せた。
「だがお前は、試合開始と同時に俺の認識を鮮烈にひっくり返した。幻だと看破した後も、必死に打開策を練り続けねばならなかったしな」
「余裕に見えたけど……」
「平静を装っていただけだ。お前の工夫と洗練された能力は、俺の引き出しでは到底対処できない域に達していた。そこに至るまでどれだけの苦難を超えねばならないか、想像もつかないほどにな。試合という場でなければ、敗北を免れなかっただろう」
「私の力を認めたから、助けに来たっていうの?」
「そうだ。お前の腹にあった聖教会の紋章……アレを衆目に晒してしまった罪悪感もあったが、一番はお前の……口にするのも恥ずかしいが、努力というやつの密度を突きつけられたからだ」
「ふぅん……」
(嘘じゃない。実際彼は、助けるに値しないと見なした人間を容赦なく見捨てた)
赤ん坊の泣き声を聞いて翻意したが、間違いなく本気で信者たちを見捨てるつもりだったのだ。カタリナだから助けに来た。それは嘘ではないのだろう。自分に恥じない決断をするため。それも嘘ではないのだろう。
(でも本当はそれだけじゃない。自分なら何とかできるって確信に近いものがあって、必要ならそれを使うつもりだったから助けに来れたんだ)
カタリナの脳裏を、大聖堂を焼き尽くした火柱と、ガルターリに降り注いだ瓦礫の砲弾が過った。
(その自信の源は、やっぱり……)
「さて、俺からも少し真面目な質問をしても良いか?」
「良いよ」
自分は質問するが、相手からの質問は許さないというのはフェアではない。
「では、俺からも二つ」




