僕の才能は本物だ
どこから現れたか知らないが、機械人形は相手が二人以上ならば逃走する。つまり、幻を展開している魔獣さえ始末してしまえば、正面から倒す必要はない。
敵が時間と共に増えるというのなら、速攻で片付けてしまえば良い。
ルカは機械人形の振動から距離を取り、打開策始動の好機を窺った。
(カタリナの能力には三つ弱点がある。一つ目は感覚拡張系の能力相手に無力であること。二つ目は幻の有無にかかわらず周囲を吹き飛ばす範囲攻撃に弱いこと。そして三つ目は……)
「GOAHHHHHHH!」
何度目の攻撃だろうか。ルカは毎度の如くこれを凌ぐと、即座に衝撃波の発生源に向けて走り出した。
続けて放たれる衝撃波も振動を感知して回避し、或いは全身に纏った風で受け流していく。
遂にユリウスとぶつかったルカは、ピタリとくっついたまま手で相手の身体を探った。腕、胸、首、そして頭。
数瞬の内に目的の部位を発見したルカは、勢いよくユリウスの顔に自身の顔を寄せた。
顔が触れ合う。頬骨どうしを擦り合わせた状態で口を開く。
「落ち着け、見えているのは幻だ。俺がお前の背にしがみつくから、その後ここら一帯を吹き飛ばせ」
「ど、どういうこと?」
「分からなくて良い。とにかくやれ!」
ルカが背にしがみつくと、ユリウスは未だに状況を飲み込めないのか躊躇いながらも魔力を練り上げ始めた。
そして、口元から空気の塊を撃ち放った。その場でぐるぐると回転し、ルカの指示通り一帯に暴力の嵐を振り撒く。
そのまましばらく攻撃を続けていると、ようやく敵に攻撃が当たったか、唐突にすべての幻が消え去った。
虚空から溶け出るように魔獣の死体が現れ、ポトリと地面に落下する。機械人形も姿を現した。のっぺりとした金属製の顔に、歯車やチェーンなど内部構造が剥き出しになった、古びたボディ。
(まるで古い置き時計の中身のようだな。魔力に頼らず、完全な物理で動いていると見える)
機械人形はしばし沈黙していたが、二人の姿を見ると足裏からジェットを噴射して瞬く間に飛び去った。
(……ひとまず危機は脱したか)
「どういうこと?」
ひとまず、周囲の安全は確保した。未だに状況を飲み込めない様子のユリウスに種明かしを始める。
まず、カタリナの幻を見破ることは諦めた。試合の経験から能力の精度は知っている。視覚、聴覚は完全に欺かれ当てにならない。
だが、範囲攻撃を持つユリウスを正気に戻せば局面は打開できる。そのために利用したのは。
「骨伝導?」
「そうだ。リーナの能力は見えるはずのないものを見せ、聴こえないはずのものを聴かせるが触覚だけは騙せない。例えば、足裏から皮膚で感じる振動や、骨を通じた衝撃だ」
「よくそんな手を思いつけたね」
「この場で思いついたわけではない。一度負けそうになった相手への対策は常に考え続けている。実戦で勝てなければ死亡するのだからな」
(リーナの能力は、同士討ちや隠蔽、暗殺の場面でその真価を発揮する。聖教会から逃げ続けたというだけあって、よーいドンで始まる試合や、幻を見せることのできない第三者……審判がいる場面でもなければ俺でも勝ち目がない。仮に街中で奇襲されれば、攻撃を受けたことに気づく間もなく命を奪われてしまうだろう)
「へえ、それで骨伝導なんて手を……」
「ああ。少しでも顔がズレると男同士で熱いキッスを交わす羽目になりかねないという重大な欠点に目を瞑れば完璧な策だ。味方どうしのコミュニケーションを復活させ、局面を打開する神の一手と呼べるだろう」
「そ、そう……」
後始末を済ませたルカとユリウスは連れ立って歩き出した。魔獣の遺体を貸与された宝玉で記録し、証拠となる部位を採取すれば依頼完了である。
――――――
ユリウスは帰り道、前を行くルカの背を見つめながらあの試合の日を思い出していた。
思えばその日は、朝から酷い展開の連続であった。アイリーニ・ベルナルディ。試合の場でそう名乗ったのは、気品溢れる貴族の少女であった。
その時のユリウスは、これまで一切努力などせず、常に才能だけで上手く世を渡り、受験すら楽々と乗り越えてきた自分が苦戦するなどとは夢にも思わなかった。しかし。
「そこまで!」
試合開始から数十分後、審判が手を振り下ろした瞬間、遂にやせ我慢も限界を迎え、ユリウスは地面に膝を屈した。
口からビチャビチャと血を溢しながらも、何とか顔から突っ伏すことだけは避ける。
(ば、バカな。この僕が……)
それは試合というより、一方的な蹂躙劇と呼ぶべきものであった。幾度となく衝撃波で吹き飛ばされ、地に叩きつけられた。磨き抜かれた剣技で一方的に攻め立てられ、反撃はおろか防御さえままならない有様である。
にもかかわらずユリウスが勝利したのは、試合という状況が味方したからである。再生能力を持つユリウスはいつまで経っても戦闘不能にならず、押されることはあっても負けることはない。
未だ立ち上がることすら満足にできないユリウスを置いて、アイリーニは既に闘技場を去っていた。まだ余力があったのだろう。だがルール上の勝利条件である、致命打を寸止めする『一本』も相手の戦闘不能も、再生能力を有するユリウスを前にしては達成できない。かといって本当に死に至らしめるような威力の技は使えない。
傷一つないユリウスと、僅かとはいえ傷を負い、疲労の色も隠せないアイリーニ。審判がどちらを勝者とするかは明らかであった。
試合の過程で如何に圧倒しようとも関係ない。重要なのは決定的な一撃を決められるかどうか。相手に打撃を与えたか否かである。
ユリウスはほくそ笑んだ。
(そら見たことか。小さな歩幅でどれだけ一生懸命歩いたって、結局は生まれ持った大きな一歩が先を行くのさ)
午後の試合後には、その笑みは跡形もなく消え去っていた。
意地の悪そうな伯爵家の次男、ルカ・バルトリーニに、完膚なきまでの敗北を喫したのである。しかしそれでもなお、ユリウスのプライドは折れなかった。
(午前の疲労がなければ、万全の状態なら僕が勝ってた。アイツが勝てたのはたまたまだ!!見てなよ、ルカ。明日の三位決定戦で僕の力を証明してやる!)
――――――
思考が現在に戻る。ユリウスはルカの背を追って歩きながら笑みを浮かべた。
(やっぱり僕の方が上だね。ルカ……小細工は上手いけど、君は結局、肝心な場面で僕の力を頼った。いつだって、何が立ち塞がっても僕なら何とかできる。これまでそうだったようにね)
試合後の襲撃時、自分なら簡単に解決できると考えて前に出たが、圧倒的な力を誇る炎使いの登場により思うように活躍できなかった。
しかし、その事実をもってしてもユリウスの自信をへし折ることはできなかった。それは、あの恐るべき炎の直撃を受けてもなお再生し生き残った自身の能力への賞賛に転化されたのでかる。
『しゃ、社会貢献……』
金がないと素直に言えず、誤魔化すために見え見えの嘘をつくルカの姿は失笑ものだった。
力を見極めるために共同での依頼受領を提案したが、結局事態を解決したのは他でもないユリウスの能力であった。狼の群れは相手にならなかった。幻を使う魔獣も自分には傷一つ付けられない。
すべて、ルカがいなくとも自力で解決できる問題でしかなかった。
(やっぱり、僕の才能は本物だ)
ユリウスは結論を出した。ここ最近少々自信が揺らいでいたが、やはり自分の才能に疑問を持つ必要はないと。




