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華麗なる敗北  作者: や ま と  
襲撃編
75/84

楽勝

姿を現したのは狼の群れであった。30頭はいるだろうか。一糸乱れぬ連携で荷を運ぶ馬を攻め殺す、行商人の天敵である。


ルカは剣を握る手に力を込めた。狂犬病に罹れば致死率は100%。野生動物の真の恐ろしさは、本能に任せた単純な物理攻撃ではない。掠り傷がもたらす致命的な感染症である。


「噛まれるなよ」


「ああ」


ユリウスの背から翼が飛び出した。指は接近戦に備えて鉤爪のように曲げられ、瞳が爬虫類じみた緑色の輝きを放った。


ルカは剣を抜き放った。次々に厄介ごとを引き寄せてくれる紳士を、害獣駆除のためだけに呼び出すつもりはない。


「使わせろ」


返事はなかったが、能力の主導権が自分に移ったのを感じる。ルカは空中に浮き上がった。


「さぁ、始めようか」


ルカが狼の群れに向かって飛び出そうとした瞬間、緑色の閃光が走った。ユリウスの眼から放たれたレーザーである。迫る狼は悉く切り刻まれ、自らが流した血溜まりに倒れ伏していった。


見事な技前だ。特に動きの速い獲物への対応が的確だ。一撃で仕留めようなどと無理はしない。まず足を切り、或いは撃ち抜いて動きを鈍らせたところで急所を狙い、確実に倒している。


「……」


自分の出る幕はない。ルカは黙って地上に降りた。


(せっかく格好つけたところだったのに、一人で終わらせるのはやめてくれ。これでは俺が恥ずかしい奴みたいではないか!)


ユリウスは戦闘態勢のまま狼の死体に歩み寄り、手を翳した。すると、その掌中で宝玉が輝いた。その場の状況が記録されたのである。

宝玉は、依頼の達成を証明するためにギルドから貸与される道具である。


ユリウスが手を振るうと、街道横の地面に深々と爪痕のような窪みが刻み込まれた。ルカが念動力を使って死体を放り込むと、ユリウスは再びレーザーを放った。念入りに焼いているのは、異臭が生じるのを懸念してのことだろう。


後始末を済ませたユリウスは、処理後の死体を宝玉に記録した上でルカに向き直った。


「さて、あとは魔獣だけだね。さっさと済ませよう」


「……ああ」


ルカはぶっきらぼうに答えた。


(今回の魔獣は鳥の類で、見知った人間に化ける能力を持っているらしい。遭遇した商人は昔の同僚に化けたのを見て逃げ帰ったらしいが……まぁ問題ない。俺は見た目見知った相手でも容赦なくぶん殴れる)


ふと視線を感じたルカが顔を上げると、やや離れた樹上からムササビがこちらを覗き込んでいた。


(まだ日が沈みきっていないのに、夜行性の動物が姿を現すとは妙だな)


サイズは一般的な家猫くらい。身体が膨らんで見えるのは、滑空用の飛膜のせいか。


ルカが一歩踏み出した途端、ムササビは飛膜を広げて飛び去った。


生い茂る葉に隠れ、すぐにその姿は見えなくなった。


(根拠は薄いが、何となく奴のような気がする。間違いならそれで良いが、勘が当たっていた場合ここで逃がすと見つけるだけでも一苦労だ)


「標的を発見した。ついて来い」


ルカは空中を滑るようにして移動を開始した。ユリウスも爬虫類じみた翼を広げ、その後を追う。


「どんな奴?鳥だと聞いてるけど……」


「たぶん、ムササビだ。薄暗い森の中では鳥類と見間違うのも無理はない」


(依頼者によればまだ数人しか殺してないようだが、撤退の判断が早い。油断ならんな)


「いた!」


追跡の判断が早かったおかげか、ルカはすぐにその姿を視界に捉えた。


ムササビはこちらを振り返ると、すぐに尾を振って体を上向きに変え、木の幹にぶつかるように着地した。


同時に、姿が変化する。現れたのは眼鏡をかけた痩身の女子生徒。カタリナであった。


(見た目だけ変化したところで……)


そう考えたルカの目の前で、カタリナの姿はかき消えた。否、周囲の景色すべてが変わっていく。


同時に、先ほど倒したはずの狼の群れが木陰から現れ、地上に降りたルカに襲いかかる。


しかし、ルカは微動だにしなかった。


(この感覚……覚えがある。まさか、記憶から姿だけでなく、能力までも真似られるのか)


突如として、虚空から魔力の塊が飛来した。目の前に現れたそれを、ルカは危なげなく回避した。


(あの時と同じで、ギリギリまで接近しないと飛来する物体を認識すらできないか)


通常、飛び道具の弱点は予備動作から軌道が読まれやすいことと、接近されると弱いという二点だが、幻はその両方を解決する。予備動作は見えないし、接近はおろか、そもそも居場所が掴めない。


試合の時と違い、審判はいない。足裏から振動を探るが、ムササビの体重が軽いせいでほぼ振動を感じられない。移動も木から木へと滑空する形で行われるため、足音のリズムなどで感知することもできない。


(チッ、この感覚は!)

全身が総毛立つ。空気の振動が、これから行われる攻撃の予兆を報せている。

ルカは跪いた。剣を地面に突き立てて盾とし、身体強化を発動して備える。

「GOAHHHHHHH!」

臓腑を揺さぶる衝撃波を受け、ルカは勢いよく吹き飛ばされた。ごろごろと転がり、全身に受けた打撃を噛み締めながら立ち上がる。


「いっつ……またこれか!」


(二度目となればさすがに対応できるが、以前よりも数段威力が上がっている。奴がどんな幻を見せられているか知らないが、殺す気で撃ってくると思った方が良いな)


足裏から伝わる振動。迫る脅威を察したルカは虚空に剣を振り下ろした。手に伝わる、命を絶った感触。


(足音からして野犬か何かか。マズいな。野生動物とも連携を取っているのか、或いは俺が餌にでも見えるように幻を展開しているのか……)


弱った獲物の幻影を見せれば周囲の野生動物は容易に集められる。ユリウスがやったように、弱々しい悲鳴を発して獲物がいるとアピールすれば、より広範囲から。


つまり。


(敵にはすべてが見えている一方、俺からは姿も攻撃も一切見えない。加えて、時間と共に敵数はどんどん増えていく。味方がいても連携どころか同士討ちさせられる始末。知っていたつもりだったが、リーナの能力は悪魔的だな)


足裏から一際強い振動を感じ取ったルカが剣を掲げると、金属の塊のような感触と重量がぶつかってきた。再び吹き飛ばされたルカは歯噛みした。


(この感触!機械人形というやつか!騒ぎにつられてやって来たか、或いはもともと近くにいたのか?)


窮地に追い込まれたルカは下を向いたが、すぐに顔を上げてニヤリと笑った。


「まぁ問題ない。すぐ終わらせよう」

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