しゃ、社会貢献……
なぜユリウスがここに。ルカは困惑した。
(いや、それはどうでも良い。今はそれよりも……)
「待て。俺の求人を返せ」
「君のじゃない。僕が先に取った」
「なるほど?では今すぐ俺に譲渡しろ」
「そんな義理はないよ」
しばしの間、二人は微動だにせず睨み合った。果たして、先に沈黙を破ったのはユリウスであった。
「場所を変えないか?」
「良いだろう」
掲示板の前で揉めては迷惑になる。二人は睨み合ったまま壁際に移動した。
ルカはユリウスを睨んだ。
(正直、コイツと組めればどんな依頼も楽勝だろう。だが、不思議だ。コイツの無駄に整った顔を見ているだけでイライラが止まらない。自分から協力を申し入れたくはないな)
生まれ持った才能ですべてが決まる。そう嘯いてきた過去の自分と重なる。ルカにとってユリウスは自分の恥ずかしい過去を直接映し出す鏡であり、否応なく自分の醜さを突きつけられるかの如き不快感は耐えがたいものであった。
「何でこの依頼にこだわるの?」
ユリウスの問いかけにどう返すかルカは迷った。なるべく金欠だと知られたくない。無駄に恥をかきたくないし、もし平民落ちを煽られでもしたら血管が切れてしまいそうだ。
「特に理由はないが、目についたものでな。お前こそどうしてそれにこだわる」
「お金がなくてね。ここらで稼いでおきたいんだ」
「ほう。大会で三位入賞した者には賞金が贈られるはずだが、そんなに切羽詰まっているのか?」
「ちょっと使い過ぎちゃって……」
ユリウスは目を逸らした。
「金欠か。あと数日もすれば金が入るというのに……クックック、お前には金銭感覚と計画性というものがないのか?恥ずかしい奴め」
ルカは自分を棚に上げた。
「君だって、金がないから依頼を受けに来たんだろ?」
「違う!」
「じゃ、何のために?」
「それは……」
ルカは言葉に詰まった。しかし、沈黙してしまっては認めたも同然。何とかそれらしい理由を捻り出さねばならない。懸命に口を動かす。
「しゃ、社会貢献……」
二人の間に再び気まずい沈黙が流れた。
「君はそんな柄じゃないだろ」
「おかしいか、俺が人の役に立とうとしたら!」
ユリウスはルカの眼前に依頼書を突きつけた。
「よく読みなよ。太字で探索って書いてあるけど中身は富豪の猫探しだ。金持ちの猫を探すのが君の言う社会貢献なのかい?」
「……」
「良ければ組まないか?僕もここに来てはじめて知ったんだけど、昨日から機械人形がこの辺を彷徨いてるそうなんだ。複数人募集ばかりなのはそのせいだよ」
機械人形。大陸西部、ブラン帝国領内にある寂れた機械都市から時おり現れる、金属製の自律行動する人形である。
基本的に緩慢な動作しかできず、複数の人間が近づくだけで逃げ出す雑魚だが、稀に駆け出しの探索者が怪我をすることもあるため、出現すれば特別対応が行われるのである。
遥か昔、異世界からやって来た『じんこうちのう』なる存在が創り上げた巨大な機械仕掛けの都市は今やすっかり錆びつき、誰も寄りつかないスクラップ場になっていると聞く。
(聞いたことはあったが、実際この辺りに現れるのは初めてだな)
「まったく……依頼書にも書いてあるし、外にも掲示があったのに気づいてないとはね……」
仕方ないではないか。クロムに絡まれたせいで予定よりもだいぶ遅れてしまったし、報酬の額と複数人募集の文字に目が吸い寄せられて気づかなかったのだ。
黙り込んだルカを前にして、ユリウスは嘆息した。
「よっぽど焦ってるみたいだね。で、いつまでに金がいるんだい?」
「あ、明後日……」
「明後日!?……よく計画性とか言えたね。逆に清々しいよ」
ユリウスはルカに手を差し出した。
「じゃあ、尚更組む以外に選択肢はないと思うけど?」
不承不承、ルカはその手を取った。
――――――
数十分後、ルカとユリウスは鬱蒼とした森の中を歩いていた。あまり日の差し込まない木々の合間に、夕陽と、西部大森林を覆う大結界の青白い光が垣間見える。
今回挑むのは、結界の外を通る街道を脅かす害獣、及び魔獣の討伐依頼である。
この世界において、異能を使えるのは人間だけではない。稀に異能を行使する獣が出現するのである。これを魔獣と言い、街道など人間の生活圏内に出現した場合、最優先の討伐対象となる。
もちろん、人間以外にも知恵ある生物は存在する。秘境に潜む竜や天馬といった古より在る者達や、亜人達である。
いずれも、わざわざ会いに行かない限り基本的に人間とは接触しない存在だ。
魔王が支配する魔帝国にはエルフや魔人、獣人など様々な種族が暮らしているそうだが、人間による迫害の対象となるため基本的には国外に出て来ない。
(しかしコイツ叫ぶばかりで全然喋らないな。考えごとで気を紛らわすのもそろそろ限界だ)
思索に飽きたルカは、意識を現実に戻した。
ユリウスは、爬虫類じみた緑色の瞳で周囲を見渡しながら、時折ホオホオと間の抜けた大声を上げていた。森全体に響き渡るほど大きく、しかし弱々しい叫びである。
(ここに弱い獲物がいますとアピールしているのだろうが、これだけやればもう十分だろう)
「おい」
「何だい」
ルカは話題を探した。本来声をかける前に考えておくべきことだが、ルカのコミュニケーション能力はそれほど高くない。
「あー、その……金がいると言ってたが、何に使うんだ?」
ユリウスはチラリとルカに目をやった。
「孤児院の運営費さ。数年前、王都内で奴隷商が検挙されただろ?あの後、商品として売られていた身寄りのない子が大勢救出された。もちろん、それ自体は良いことだ。けどそのせいで、民間の孤児院はより多くの子ども達を養わなきゃならなくなった」
「そ、そうか……もしかして、お前も……」
「気を遣わなくていいよ。僕は奴隷商とは関係ない。ただ物心つく前に親に捨てられただけさ。今日依頼を受けに来たのも、孤児院に恩返しするためだしね」
ルカは恥じ入った。社会貢献などと軽々に口走った自分を殴りたい気分だ。今思えば、大会での振る舞いも誉められたものではなかった。
(いやしかし、あの時のコイツは本当に腹が立つ態度だったし……)
「試合の時は少々言い過ぎた……かもしれない。まぁ……悪かったな」
「謝らなくていいよ。先に挑発しちゃったのは僕の方だからね」
ユリウスは困ったように笑った。
「僕って強いから、精一杯努力しても弱い人たちをつい見下しちゃうんだよね。ほら、それだけやってこの程度?って」
(良い奴かと思ったが、やはり鼻につくな)
「ところでユリウス。民間の孤児院と言ったが、聖教会の運営する孤児院には……」
ルカは途中で言葉を切った。地面から伝わる振動が、敵の襲来を告げている。
「来たか」
「またずいぶん多いね。誘ったのは僕だけど」
ルカとユリウスは、木々の奥から迫る敵に備えた。




