詫びないが詫びる
声をかけたのは、弓使いの少年であった。
(一昨日、謝罪要求の場にいたな)
カディンと同様、弓使いの少年も多数を引き連れていた。違いがあるとすれば、カディンがボスとして取り巻きの上に立っていたのに対し、少年には他を見下している雰囲気がない点だ。
「お前は……」
「クロム。派閥代表の一人としてここに来た」
派閥。その名乗りを受けてルカは察した。
(なるほど。つまり、この学園の平民を代表して話をしに来たというわけだ。この場でクロムに軽口を叩けば、それは平民派閥全体への愚弄と取られる。軽率な言動は命取りになりかねない)
「わたくしルカと申します。誇り高き派閥代表とお話しする機会を賜るとは光栄の至り」
ルカは恭しく頭を下げた。媚びるためではない。わざとらしく映らないよう礼の角度は敢えて浅めに。会話の流れを断ち切らぬよう素早く頭を上げ、相手の目をまっすぐ見つめる。
「ご多忙の貴殿に、あまりお時間を取らせるのも気が引けます。早速で恐れ入りますが、ご用件をお聞かせいただきたく存じます」
「あ、ああ……」
ルカの馬鹿丁寧な対応に、クロムは一瞬たじろいだ。しかしすぐに立て直す。
「今日ここに来たのは、おま……いや、あなたに謝罪してもらうためだ」
第一声から棘は感じていた。敢えて丁寧語を用いることで、相手の気勢を削ぎつつ半強制的に対話のマナーを守らせる手は効いている。
しかし、またそれか。ルカは口の内側を噛んだ。カディンの件に引き続き、この学園には頭を下げさせようとする人間がやたら多い。
「何かお気に障ることをしてしまいましたか?差し支えなければ教えていただきたく……」
「爵位を失ったき、……あなたはこれから平民派閥に入るわけだ。これまでの平民を見下した態度を謝罪してもらわねば仲間として迎え入れることはできない」
敵意が滲み出ている。貴様という言葉が口をついて出そうになり、何とかあなたと言い直したのだろう。
選択肢は二つ。
①これまで平民を見下してきたことを詫び、派閥入りして恩恵を享受する。
②断る。
当然、貴族階級からの嫌がらせや、嫌がらせに偽装した聖教会の攻撃を防ぐ抑止力は得られない。
派閥内から集めた金を使って困窮した生徒を救済するシステムや、過去の講義録の共有、生徒間の争いを仲裁する手続きにアクセスすることもできない。
答えは一択であった。
「謝罪は致しかねます。私には、あなたを害した心当たりがございませんので……」
ざわめきが広がった。
「下民と呼んで我々を蔑んでいたと聞いたが、謝罪には値しないと?」
この問いは極めて重要だ。派閥入りしないのはルカが加入することで平民派閥全体に迷惑をかけるリスクと、カディンの謝罪要求に事後的に屈した格好になることを警戒してのことだが、進んで対立する気は毛頭ない。
「下民と呼んだのは、とある生徒が私を、女性の陰に隠れて良いところを掠め取る卑劣漢と中傷したからです。それに飽き足らず、彼は私に血生臭い決闘まで申し入れてきました」
再度ざわめきが広がる。事実だとすればとんでもない無礼。如何に平民が儀礼に明るくないといえど、明らかに重大な過失。
「し、しかし、その生徒があなたを侮辱した件と、我々を見下していた件とは関わりがない!」
「私が下民という言葉を使ったのは、その男に対する蔑みを込めてのこと。断じて皆様を攻撃する意図はございません。言葉選びが不適切であったとの批判は受け入れ、以後二度とないように致しますが、謝罪は致しません。これはあくまでも彼と私の個人的な問題です」
「内心、そのような考えがあったから口をついて下民などという差別的な言葉が出てくるのでは?」
ルカは言葉に詰まった。その通りだ。本来なら詫びるべきである。
(しょうもない嫌味が派閥全体を敵に回す危機に発展するとは。口は災いの元とはよく言ったものだ)
「仰る通り、私に、貴族としてあなた方を見下す驕り昂った姿勢がなかったとは申しません。しかしながら、私はそれを直接あなた方に向けて表明したわけではありません」
「関係ない。その姿勢が変わったことを表明してくれないことには派閥に迎えることはできない」
一つ前置きを挟む。
「以前と違い、今の私はあなた方を心より尊敬しております」
嘲笑が漏れ聞こえた。適当に平民を持ち上げてその場しのぎをしようとしている。ルカは、そう見られて当然の言動を取ってきた。
掃除の大変さ。金のない苦労。今のルカはそれを知っている。武力でも知略でも自分を凌駕する平民の存在を、身をもって味わってきた。
しかし伝わらない。この場で伝えることは不可能であろう。カディンに向かって屈しないと表明したことが、巡り巡って自らの首を絞めている。
ルカは前に出た。
「しかしながら、媚を売ってまで仲間に入ろうとは思っておりません。……そもそも皆様は本当に、私を派閥の仲間として諸手を挙げて迎えたいと思っているのでしょうか?仮にこの場で通り一遍の謝罪文句を申し述べたとして、それが改心の証明になるでしょうか?」
(俺にはそれなりの武力がある。貴族として育ち、儀礼に通じた者を手駒にしておけば派閥としてのメリットもあるだろう。だが、目を見れば分かる。形だけ頭を下げても、和解には繋がらない。使い走りに落ちるのが関の山だ)
数の力を前にして屈した。仲間に入れてもらいたいから媚びている。
行動はどう受け取られるかがすべて。カディンの時と同じく、打算ありきと取られる謝罪はできない。
「では決裂だ。金輪際派閥入りはないと思え」
「承知しました。口が裂けても派閥入りを希望するなどとは申しません」
ルカは浅く、素早く一礼した。
立ち去ろうとするクロムに声をかける。
「お待ちください」
「まだ何か……」
「申し訳ございませんでした。あなた方を見下してきたこと、心よりお詫びいたします。今後は我が身の至らなさを改め、行動でもって示してまいります」
ルカは深々と頭を下げた。
「へ?」
「では失礼」
あれだけ詫びないって言ってたじゃん。呆気に取られたクロムに、ルカは背を向けた。




