↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/71

抑止の環

「えー……数ある選択授業の中から歴史の集中講義を取ってくれた知識欲溢れる学生諸君、ようこそ。……本校の生徒は座学を軽視する傾向があるが、本講義は極めて基礎的な内容しか扱わないので、赤点を取る学生などまずいないだろう」


教壇に立ったレヴィアは手にした指示棒で黒板を叩いた。

「マトモに講義を聞いていれば、ね」


階段上に配置された机と椅子が教壇を半円状に囲む、講義室。その最上段端で、授業そっちのけで読書に耽っていたルカの肩が震えた。

「たとえ日常生活では一切役に立たない知識でも、ある種の教養として学んでおくことは重要だ」

一切役に立たない。その一言を聞いたルカは微妙な表情を浮かべた。

「さて、前置きは終わりだ。まず、レジュメの最初の段落を……君、音読したまえ」


指示棒で指された生徒はおずおずと読み上げ始めた。この国の誰もが知っている昔話。約三百年、大陸西部の覇権を巡る二つの大国の戦争と、その結末を。

炎の勇者ノアとその仲間達が悪の西側帝国を打ち倒し、平和を愛する東側王国が西部統一を実現するまでの物語である。


「うん、まぁこのあたりは皆知っているね。さて、昔話はここまでにして、史実を語ろうか」

レヴィアは語り出した。三百年前、二つの大国は互いの力を恐れ、果てなき軍拡競争を繰り広げていた。両国の関係は決して良好とは言えなかったが、その力は拮抗しており、互いに衝突を忌避していたため長きにわたり平和が保たれていた。


しかしある時、帝国は天然資源の確保を目的に、中立を標榜するとある小国の西部地域を電撃的に占領した。

王国は、帝国との間にある小国の一つが奪われることにより緩衝地帯が消滅することを恐れ、小国の主権と国土を保護することを名目に軍隊を送り込んだ。帝国もこれに対抗し派兵した。


幾度も重ねられた和平交渉は長年にわたり積み重ねられた不信感と自国の軍事力に対する過信により実を結ばず、遂に両国は衝突した。

王国側の炎の勇者を中心とする11人の精鋭と、帝国側の12神将と呼ばれる戦士達を中心に、大規模な戦争が繰り広げられたのである。


「要するに、両国とも戦えば自分が勝つと思っていたわけだ。四年に渡る戦争は凄惨を極め、両国は併せて数十万人の死人を出し、王国側の精鋭は半数が戦死。帝国側の将も12人中8人が死に、1人は逃亡した」

身体の震えが止まらない。大聖堂を消し飛ばした火柱がルカの脳裏を過ぎる。三百年前に繰り広げられた戦争がどれほど苛烈なものであったか、想像に難くない。


「戦争序盤で勇者側の戦力は大きく削られた。分かりやすく戦力を雑なランキングで語るなら、第二位は戦死。第三位は裏切って敵につき、第四位は第三位の闇討ちにより死亡。第一位も戦闘不能に追い込まれた。そうして遂に、開戦当初陣営内で下から数えた方が早いくらいに弱かった、炎の勇者が王国側の主戦力となった」


レヴィアは講義室の時計をチラリと見やった。


「一方の帝国側も勇者側の精鋭達と相討ちになったり、内輪揉めしたりで死人続出。双方が疲弊したタイミングで、中立国の斡旋により二国間講和会議が開かれた。ボロボロの両国に意地を張る余力はなく、問題の紛争地域から双方撤兵を余儀なくされた。その際も一悶着あったが色々あって遂に平和が訪れ、その後三十年ほどなんやかんやあってこの地域は平和的に統合された」

ルカは呆れ顔で天を仰いだ。色々あって、なんやかんやあって。授業時間が限られているとはいえ、いくらなんでも端折り過ぎだ。

「しかし結局、勇者達の死後、地域をまとめ上げる象徴と力を失った統合国家は崩壊。再び分裂し今に至るわけだ」


ルカはレジュメに目を落とした。その後の流れはこの地域の誰もが知っている。


あまりに多くの犠牲を出した戦争の反省から、旧王国勢力、旧帝国勢力、その他中立の戦士達は、抑止の環を成立させた。


抑止の環。それは超越者たちが相争わないために考え出された盟約である。

人類の敵である使徒さえも巻き込んで結ばれた盟約の内容は単純明快。

盟約に批准した者どうしで殺し合ってはならない。身体の自由を継続的に侵してはならない。

炎の勇者に比肩する力を誇る怪物達に脅しつけられ、当時三百体以上存在した使徒達は全員盟約に参加した。


その後、約10体の使徒が盟約の穴を突き人類への攻撃を再開したが、多くの超越者は人類への直接かつ過大な干渉の自粛と相互不戦の契りを未だに遵守しているのである。


少々の逸脱を咎めて盟約が破られ、結果超越者達が全面戦争に動けば、巻き込まれた人類は壊滅し、使徒も滅ぶ。誰もが盟約の崩壊を恐れ満足に動けないのを良いことに、約10体の使徒が好き勝手に暴れ回っているのである。


ルカはレヴィアの講義そっちのけで思索に耽った。


「かつては、自動車なる油や電気を動力とした機械的な移動手段が考案されたことがあったが……」


「この世界に時たま転移してくる異世界人がもたらした知識により、我が国の法律は学問として、また社会秩序を維持する装置としての発展を遂げ……」


(まぁどれもこれも俺には関係ない話だな。勇者と十二神将が激戦を繰り広げた時代は過ぎ去った。仮に連中が生き返りでもしたら人類にとっては大災害だが、そんなことは起こり得ないしな)


――――――


思索や読書で時間を潰したルカは、チャイムが鳴るとすぐに講義室を出た。

(さて、待ちに待った放課後が来た。獲りに行くぞ、なるべく多くの金が手に入る求人をな。この際仕事内容が多少過酷でも構うものか!そもそも金が入るまでチマチマ倹約するなど性に合わん。ストレスでハゲてしま……)

「待て!」

背後に大勢の人の気配がする。呼び止める声に、ルカは振り向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。