断頭台送り
(ささくれだった心の棘が、少しずつ抜けていく。やはり、こういう憩いの時間ほど貴重なものはない。お前もそう思わないか?)
訓練翌日の朝、ルカは紅茶を飲みながら外の景色を眺めていた。モーニングティーの時間ほど心を落ち着かせてくれるものはない。
指輪から取り出した剣の輝きを愛でる。
(嗚呼…………いつ見てもお前は美しい。この完璧なフォルム……切ない銀の輝き。いくら眺めたって飽きが来ない)
ルカは剣の腹を指で弾き、ツツーとなぞるように撫でた。
「官能的だ……」
その時、コンコンと部屋の扉が叩かれた。ルカの肩がビクッと震える。瞬時に剣を指輪に戻し、机の上に畳まれていた新聞紙を開いて雑に置き直す。
(良し)
扉を開くと、そこにはアイリーニが立っていた。昨日の朝の騒ぎで、ルカの起床時間を把握したのだろう。
「おはようございます」
「おはよう。……どうした?」
「一昨日のアドバイスを受けて、帰省することにしましたの」
『お前が心から愛し、信頼する家族と一度話し合ってみたらどうだ?』
そんなことも言ったな。あの件か。
「二日後の夕方に出発しますわ」
「そうか。……二日後!?」
「声が大きいですわ!」
耳元で声が響いた。昨日もこんなことがあった気がする。
「すまん。……しかしまた、ずいぶん急だな」
「事態の深刻さを考えれば、遅過ぎるくらいです。一昨日の夜、事情を記した手紙を実家に送っておきましたの」
「それで、二日後に。待て、つまり要件は……」
「ええ。一緒に来てはいただけませんか?」
家族との話し合いを提案したのはルカであるが、二日後とはまた急な話である。ルカは悩んだ。
しかし一瞬であった。
(クックック、例えば俺に大勢の友人がいたら、予定も多くすぐには動けないだろう。だが俺はそんじょそこらの学生とは違う。他に優先すべき予定など皆無!何もない!)
「良いだろう。どうせ暇だからな」
ルカの即答に、アイリーニは目を瞬かせた。
「……感謝しますわ。また当日声をかけますので」
「ああ、よろしく。また食堂で」
「ええ、また後で」
扉を閉めたルカは机上の手帳を開いた。スカスカの予定表に、外出日を書き入れるために。
(距離は問題ないが、交通費が……交通費?)
ルカははたと気がついた。すっかり薄くなった財布を開くと、中には数枚の紙幣と硬貨が入っていた。
(何ということだ金がない!)
大会で準優勝したルカに与えられる賞金は40万ガルド。一般的な庶民の年収に相当する、かなりの大金である。だが、すぐに手渡されるわけではない。
振り込み手続きには時間がかかる。最低でも二週間。貴族から平民に落ちてしまったことで、口座の登録情報も変更しなければならない。
つまり。
(明後日までに金を用意せねばならんというのか!)
ルカは頭を抱えた。アイリーニから金を借りる手もあるが、そんなことはプライドが許さない。しかも、当日の夕方出発であれば自由に行動できるのは実質今日明日二日のみである。
差し当たり必要なのは、振り込み口座の登録情報変更と、即日支払いを受けられる単発の求人である。
(行くか……ギルドに)
まずはエルマに相談して許可を取らねばなるまい。できれば一人で出かけたい。同級生には恥ずかしい懐事情を知られたくないし、化け物が付いている以上単独行動をしても安全だ。
この時間なら起きているはず。
意を決して自室の扉を開けると、目の前にエルマが立っていた。
「お、おはようございます」
「おはよう」
エルマはニッコリ微笑んだ。
「外出の件だね。一人で行ってくると良いよ」
「あ、ありがとうございます。早めに戻るようにしますので……」
「遅くなっても良いよ。出先で人脈を広げるのも大切だし、羽を伸ばして来なよ」
人脈?ルカは首を傾げた。
「はぁ……言って参ります」
「じゃ」
予知のおかげで話が早いのは助かるが、扉の前で出待ちするのはやめてもらえないだろうか。ビックリする。
エルマが去った後、ルカはいそいそと出かけるための準備を始めた。放課後、荷物を持ち替えてすぐ出かけられるように。
――――――
同刻。王都を警備する憲兵隊第三部隊隊長バルト
は、深いため息をついた。
市民からの通報を受けて駆けつけた路地裏は、まさに地獄絵図であった。
被害者は、全身に鉄杭を叩き込まれ、苦悶の表情を浮かべたまま絶命していた。昆虫標本よろしく手足を杭で繋がれ、本来人体が取り得ないポーズを取らされている。
それをワイヤーで吊るして辱める念の入れ様が、犯人の異常性を物語っている。
「また、惨い殺しですね」
部下に頷く。
「そうだね」
『王都で連続惨殺事件発生』
何日か前の新聞の見出しだ。事件自体は数ヶ月前から散発的に発生していたが、同一犯による連続殺人と呼称するのを上が嫌がっていたのである。
事件毎に手口が千差万別で連続性が見出せないとのことだったが、ニ件目の時点でバルトには分かっていた。
壁に叩きつけたり、指先から切り刻んだりと手口は異なっていたが、一連の事件には三つの共通点があった。
一つ目は、被害者が凶悪犯罪者であること。
二つ目は、被害者達が殺人や性暴力に及ぼうとした現場を抑えその場で殺害を実行していること。
三つ目は、犯行を愉しんでいること。必要以上に痛めつけ、逃げ回る背を追い回し、極めて鋭利な刃物や鈍器を信じられないほどの速度と精度で叩きつける。
(間違いなく、殺しに慣れた凶悪な念動系能力者の仕業だ)
今回殺害されたのは、複数の女児を襲った性犯罪者である。以前も性犯罪で逮捕され、十二年ほど懲役刑を科されていた。
昨年釈放されて一週間も経たない内に再犯を重ねたお尋ね者だ。指名手配の張り紙や見回りの強化などの施策も効果は薄く、一向に捕えられずにいた。そんな男が、アッサリと殺されたのである。
(とりあえず片付けは部下に任せるとして……)
幸いここは人目につかない。
野次馬による捜査妨害の心配はしなくて良さそうだ。
バルトは通報者に駆け寄った。大柄な鍛冶師の男性である。
「この度は、ご協力ありがとうございます」
「あの子は大丈夫か?」
「ええ、傷ひとつありません」
早朝の工房に向かう途中、悲鳴を聞きつけた男性が声のする方に向かったところ、泣きながら走っている女児を見つけたのだという。
男性は女児を保護し、最寄りの詰所に駆け込んだのである。
「アレ……手配犯だろ?」
顎をしゃくられ、目を向けた先には壁に貼られた手配書があった。
「はい。被害者は長い間追ってきた……」
「被害者じゃねぇよ、こんなクズ。何年も時間と金費やしてムショ暮らしさせた挙句死んでちゃ世話ねーな。最初に捕まえた時に死刑にしときゃ良かったのに……アホな政治家共と、アンタら税金泥棒のせいで襲われた子ども達が不憫でならねぇぜ。なぁ?」
甘い司法により続出する再犯と、遅々として進まない法改正。裁判官や政治家に対する市民の不信感は鬱積している。
なかなか逃亡犯を捕えられない憲兵には、特に厳しい目が向けられているのだ。
「私たちの力が及ばず、ご迷惑をおかけしております」
「まったくだぜ」
バルトは背を向けて引き攣った表情筋をほぐした。
(法は、衆愚性や爽快感のためにあるものじゃない。今回再犯が起きたのは、制度の問題であって、断じて裁判官や私たちの責任じゃない。子ども達が犠牲になったのは気の毒だけど、それは避けられないことだった。私たちは悪くない)
通報者に向き直って頭を下げ、調書を取るため詰め所までの同行を求める。
(だいたい法に疎い平民は罪と罰の均衡が分かってない。殺人ならともかく、たかが性犯罪くらいで死刑になんてできるわけないじゃないか)
気に入らないのは、この惨殺事件が発生し始めて以来、王都内のみならず国内での凶悪犯罪発生率が急激に下がっていることだ。
(法や倫理というのは、もっと高尚なもののはずなんだ。こんな……残虐な私刑で犯罪が減るなんて、そんなことあり得ない。恐怖が抑止力になるなんて理屈が罷り通ってしまったら、社会秩序は崩壊してしまう)
理論上、性犯罪に死刑を科すように法改正してしまうと、却って犯罪者に過剰な恐怖を与え、隠蔽のために被害者が殺されるリスクが上がってしまう。性犯罪者への厳罰化は市民が考えるほど簡単ではないのだ。
(複数人殺害、犯行容態も極めて悪質。捕まればまず間違いなく死刑だ。誰だか知らないけど、必ず断頭台に送ってやるぞ。凶悪犯め)
バルトは正義感に燃えた。




