純人会
「たいへん申し訳ございません。私が仕留め損ねたばかりにこのようなことに」
聖教会本部。王都の中央に聳え立つそれは、神殿のような荘厳ささえ感じさせる、巨大な石造りの建物である。その一室にて、ガルターリは跪いていた。
「良いって。……あの厄介な探偵気取りの庇護下に入ったのならそう簡単には手出しはできない。しばらく放っとこうか」
寝台に腰掛けた一糸纏わぬ赤毛の美女は、跪いたガルターリの膝を踏み台代わりにして厚く柔らかい絨毯に降り立った。
「よいしょっと」
下着を身に付け、丈の長い白衣を纏い、その上から緋色のケープを羽織る。
「無能な彼はゲイル君が始末してくれたし、これでようやく休めそう。学園内の工作員にも、しばらくは静観で指示出しといてね」
ガルターリが顔を上げた時には、既に少女は立派な顎髭を蓄えた逞しい男性の姿になっていた。枢機卿である。
「うーん、この姿はやっぱ疲れるなぁ。……さて、行くよ」
「はっ、コーデリア様」
ガルターリは恭しく扉を開いた。主人が出るのを待ち、後に付いて歩き出す。寝台の汚れは、メイド達が片付けるだろう。
――――――
放課後。ルカはクロードと共に学園の廊下を歩いていた。朝に引き続き訓練に励むのである。
「純人会でーす!犯罪者の更生と社会復帰を目指し、死刑制度に反対する活動をしています!人権を擁護する活動に加わりませんか?如何ですか、純人会です!」
(聖教会傘下の人権団体か。相変わらず新入生勧誘に必死だな)
通り過ぎようとしたその時、ビラを配っていた女子学生と目が合った。合ってしまった。
(マズいな……)
歩を早めるが、回り込んできた二人の上級生に行手を遮られてしまう。壁と挟まれ、容易には抜け出せない。決して身体に触れることはなく、それでいて絶対に逃がさないために効率化された動きだ。明らかに手慣れている。
「いや、俺は……」
「こちらをどうぞ!」
不承不承、差し出されたビラを受け取る。クロードと顔を見合わせるが打つ手はなく、話に耳を傾けるより他にない。
「私たちは、人の命を権利として保護すべきものと考えています。人の命、すなわち生命権を守るため、また、命のみに限らず身体の自由といった、人間が人間らしく生きることを、日々権利として訴えております。お二人も共に人権を保護し、擁護する道を歩みませんか?」
(人が生きること、生命そのものを権利として法的に保護すべきというのは興味深い主張だ。妥当性もある。だが活動の中身がな……)
「異世界人が持ち込んだ法は、未成年の保護など制度として優れている面がある一方で、極めて野蛮……文明的でない側面を残しています。その最たる例が死刑であり、また、刑務所などで人を動物のように檻に閉じ込めるという残虐な振る舞いなのです。つまり……」
熱く語っているところ申し訳ないが、聖教会の傘下にある組織という時点で、そもそも加入するという選択肢自体存在しない。
(嫌な質問でもぶつけて、さっさと退散させるか……)
「貴殿らは死刑制度を廃止しろと言うが、この国で死刑になるのはだいたい理不尽に人を殺害した輩だ。人の命が大切だと言うなら、罪に対し相応しい罰を与えること……罪刑均衡も重視すべきでは?」
純人会の上級生はニッコリ笑った。
「良いご指摘ですね。しかし犯した罪とその人間が生きるに値するかどうかは関係ありません。どのような人間であろうと生きる権利、生命権は絶対だからです。一方、死人に人権はありません。保護すべき生命が既に失われているからです。既に天国に至った被害者達には保護すべき生命権がない一方、死刑囚達にはある。それだけのことです」
(……思いの外粘るな)
「しかし、それでは死人が浮かばれないではないか。だいたい、罪に対し適切に罰を下さなければ罪人がのさばるばかりで……」
「分かります。しかし、人を疑うことしかできない哀れで劣った人々と違い、私たちは人の善性を信じています。被害者は既に天国に至り、保護すべき生命権は失われ、以降何も生み出せない非生産的な存在である一方、死刑囚には人権があり、更生と社会復帰により今後貢献できる無限の可能性があります」
ビラを持った純人会の上級生は目をキラキラと輝かせた。
「生きている限り、人は変われる。暴力や悪に対し同じレベルで殺し返すのではなく、慈愛でもって赦しを与える。そういった文明的な理念こそが私たちを導くのです」
ルカは閉口した。なるほど死人には保護すべき生命がない。当然、理屈としては通っている。しかし何と言えば良いのだろうか、この過程を無視して生きているか否かという結果のみにこだわる姿勢は。あまりにもむず痒い。
「失礼、人権意識が昂るあまり、話が長くなってしまいました。……如何でしたか?」
(如何って何が?いきなりとてつもない濃度の極論を聞かされてどうしろと?)
「我々純人会の活動は、聖教会信者の方々からの評判も良く……」
相手の主張はもう十分理解できた。そして、これ以上付き合う義理はない。
ルカは遮った。
「えー……示唆に富んだ素晴らしいお話でした。お誘いいただき光栄ですが今日は用事がありますのでこの辺りで」
クロードも引き攣った笑顔で口を開いた。
「失礼させていただきます」
ルカとクロードは一回転するようにして囲いを抜けようとした。しかし完全には避けきれず、肩がぶつかってしまった。よろめいた二人の間に生じた隙間から脱出する。
多少強引だが仕方ない。あの様子では入会を承諾するまで離してはくれないだろう。
「クソッ、また訳のわからねぇ奴らに目をつけられちまったな」
「ああ……何だったんだ。アレは」
(まぁ良いか。多少不快な思いはしたが、今後二度と関わることのない連中だろうしな。俺は絶対に、あんな狂気じみた集団には近づかない)
「にしても……」
ルカはしばらく歩いてからポツリと呟いた。
「あんだよ?」
「お前、敬語使えたんだな」
「喧嘩売ってんのか?」
校舎を出た二人は走り出した。予想外のハプニングのせいで、訓練開始予定時間に遅れそうだ。




