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予知の弱点

大掃除の翌朝、爽やかな朝日がカーテン越しに差し込む部屋で、ルカは目覚めた。


カーテンを開き、胸いっぱいに息を吸い込む。血のように鮮やかな朝焼けが目に眩しい。


そして振り返る。棚の二段目に置いた茶葉の缶を開き、お気に入りのマグカップに手を伸ばす。


棚の最上段では緋色に輝く刀が木製の義手と絡み合っていた。すぐ隣には小さな台座が置かれており、その上に鞘が鎮座していた。


(しまったな。食堂にお湯を取りに行かねば……ん?)


何か妙なものが視界に入った気がする。ルカは棚の最上段に顔を近づけた。


「何だこれは?」


その背後に、仮面の紳士が現れた。


「迂闊にお手を触れぬように。怪我をしますよ」


刀を盗み出し、返していないことについて今さら物言いをつける気はない。冷静に考えれば、敵が狙っている超兵器を博物館に置いておくなど正気の沙汰ではない。


「またお前か……盗んだ物は自分で管理しろ。俺の部屋に展示するんじゃない!それにこの……扱いも酷いな。刃が曲がって、義手に絡みついているではないか!どうやったか知らないが、遺物を遊びに使うんじゃない!」


「だそうですよ。元に戻りなさい」


まるで嗜めるような紳士の物言いに首を傾げるルカの目の前で、刀はうごうごと蠢き始めた。


「はぁ?」


捻れた刀身は金属音を立てながら元の形に戻り、刃物としての機能を取り戻していく。


「……良し、もうこのくらいで驚いたりしないぞ、俺は。とにかくこれで元通りだ。さて、お前は……」


仮面の紳士に説教を始めようとした時、刀から六本、金属製の足が生えた。ルカは閉口した。


「…………」


トコトコと歩いて鞘の元に辿り着き、シュルシュルと蛇のように入り込んでいく。納刀が完了した段階で動きが止まり、完全に博物館に展示されていた時と同様の姿に戻った刀を前にしてルカは頭を抱えた。


「はあぁぁぁ!?」


「落ち着いてください。あまり大きな声を出さない方がよろしいかと」


「落ち着けるか!刀が歩いたんだぞ!」


「うるっさいですわ!何時だと思ってますの?」

耳元で響いた声が、ルカの頭に冷や水を浴びせかけた。机上の懐中時計に目をやると、針は5時半を指していた。

「すまない。これから気をつけるから……」

「くれぐれも注意してくださいまし!」

「分かった、分かったから……」


平謝りしていると、やがてアイリーニの文句はぷつりと途絶えた。どうやら許してもらえたらしい。


ルカは声を潜めて抗議した。


「歩くなら歩くと事前に言っておけ!ビックリするだろうが!」


「承知しました。以後遺物を持ち込む際には、詳細な事前通告を欠かさぬようにいたします」


「ああそうしてくれ……」


ルカは頭を振りながら部屋を出た。お湯を取りに行かねばならない。


――――――


「これから、朝7時、昼12時半、夜21時の点呼を毎日やるからそのつもりでよろしく」

一時間半後。朝食を済ませたルカは、食堂の丸椅子に座ってエルマの話に耳を傾けていた。


「単に生活リズムを整えるだけじゃなく、全員の生存確認も兼ねてね。既に知っている、或いは推測しているとは思うけど、私には未来が見える。あらかじめリスクを回避するためにも、このルールは徹底するように」


ルカは首を傾げた。すべてを見通せるのなら、わざわざ点呼の時に全員を集める必要はない。能力に何かしら制約でもあるのだろうか。


「ルカ君。君の思った通り、私の能力は決して万能じゃないんだ。発動するタイミングと見える範囲はランダムだし、見通せる未来の選択肢もそれほど多くない。ああ、あと聖教会に知られちゃってるしね」


(なぜ質問する前に答えを……いや、エルマの見た未来で俺が質問したから、先回りして答えたというわけか。手間を省いてもらって助かるな)


エルマに説明された制約は二つ。


①エルマ自身がいない場面は見えない。


(なるほど。朝昼晩いずれかの点呼の場面さえ予知で見ることができれば、全員の安否を確かめられるというわけか)


②視ることができるルートは三つまで。


例えば、エルマが街道を歩いている時に、鳥のフンが肩に降ってくる未来を予知したとする。これが一つ目のルート。


次に視える二つ目のルートでは、エルマは鳥のフンが降ってくることを知っている。当然、エルマは回避する。だが、結果体勢を崩して車道に飛び出してしまい、馬車に跳ねられた。


三つ目のルートでエルマは道を引き返し、鳥のフンも馬車も完全に回避した。


この場合、三つのルートを視たエルマは来た道を引き返すだけで難を逃れることができるというわけだ。


(だが、予知した三つの未来すべてが詰んでいたらどうなる?それに、タイミングも視える範囲もランダムであれば、未来を変えるには情報量が足りない可能性がある。それどころか、予知した時点で最悪の事態を防ぎようのないケースすら……)


ルカは目を閉じた。


(そして、最大の弱点はこの能力を知られていることだ。俺が敵なら、真っ先に一番厄介な予知能力者を殺す。制約付きとはいえこの能力は極めて便利……敵から見れば危険過ぎる。あらかじめリスクを回避?敵に狙われた時、確かに俺達一年生は高確率で生き延びるだろう。誰よりも先に死ぬのはおそらく……)


「さて、料理当番や寮監督の視察とか色々話さないといけないことはあるんだけど……取り敢えず先に配っておいた今朝の朝刊の件について」


エルマは新聞に目をやった。


「大司教惨殺。枢機卿弔意表明。大聖堂崩壊との関連は……と、まぁセンセーショナルな見出しだね。ルカ君が持っていた書類には、すべて大司教の印が押されていた。これで終わりとは考えにくいけど、今後どうなるかは分からない。いずれにせよ、警戒を怠らないように」


クロードは天を仰いだ。


「もういっそ国外逃亡でもしちまいてぇな」


ベルタは呟いた。


「人間の領域内で聖教会の手の届かない場所なんてそうそうない。東洋の島国では聖教会の信者が弾圧されてるらしいけど……まず辿り着けないわ」


「辿り着けても、和国が私たちを歓迎してくれるとは思えないけどね。……さて、今日のところはここまで。朝の訓練を済ませてから、いつも通りに登校しよう。今日は何も起こらないはずだけど、一応気を張っておくように」


朝点呼は終わり、ルカ達は速やかに訓練に向かった。

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