リボルバー
夕刻、ペトラは屋台のあった場所を訪れていた。
(昼間、カディンが勝手に仕掛けたみたいだけど……何があったかこの眼で視ておきたいわ)
地面に落ちて潰れた焼き菓子を見てニヤリと笑う。それほど劣化が進んでいない。おそらく昼間からあるのだろう。
面白い情報が得られそうだ。
掌から結晶の杖を出して突いてみる。瞬間、ペトラの意識は過去に飛んだ。
瞬きの内に全てを把握する。
(昨日失敗したばかりなのに、またしても暗殺とは猊下も懲りないわね。いえ、継続的な工作の一環かしら)
物体には心がなく、故に何が起きたか視ることはできても、それぞれの意図までは読み取れない。音も聞き取ることはできない。だが、それで十分。
(カディン……報告書を読み違えたらようね。あの少年は数で囲んで押せる相手ではないわ。本人の捻じ曲がった感性によって結論が斜め上に飛んでいく、予測不能な存在……あなたが相手取るには荷が重い)
家族と縁を切り、財も爵位を失い、容赦なく腕を切断したり引っ付けたりする怪物に悩まされ、眠っている間に殺されかける。それでも折れない。ルカという人間をペトラは理解していた。
(家庭環境のせいか分からないけれど、彼は元からどこか壊れている。壊れたものを傷つけようとしても無駄なのよ)
さて、と顔を上げる。同窓会館に向けて歩き出す。
一階のドアノブに結晶を当てる。やはり。ノブに手をかけるルカの姿を確認して頷く。
一階、二階、三階と確かめていく。
(これより上に向かった形跡はない。三階か……)
見れば、通路奥から三番目の部屋に武練同好会という文字があるではないか。
「ここね」
人の気配はない。ドアノブの鍵穴に結晶を潜り込ませ、瞬時に解錠する。
入ってすぐ室内に目を走らせる。無人。しかしいつ人が来るとも限らないのだから、長居は無用。部屋全体に触手のように伸ばした結晶を接続し、入室後の模様を観察する。
(彼が来て……話し合いが始まって……)
過去の映像を見ていたペトラの呼吸が止まった。
話し合いは早送りで進んでいったが、ルカが懐から何かを取り出そうとした時、エルマが手で制したのである。
記憶の中のエルマと目が合う。それが意味することは明らかだった。
(私が記憶を辿ることを読んでいたの?マズい!)
ルカが物を取り出すのを止めたのは、見られては困るものだからか。
現実に戻ったペトラが振り返った時には既に、背後に濃い煙が立ち込めていた。
「やぁ。美しい夕陽だね。君もそう思わないかい?」
煙の中から現れたエルマは、パイプ片手に問いかけた。
「ええ、そうですね。申し訳ありません。慣れない建物で」
「迷ってしまった、と言うつもりだね」
「……」
「ここには鍵がかかっていた。苦しい言い訳だよ?」
「か……」
「かけ忘れではないか、と君は言う。さっき鍵穴を弄っていた君自身が、それは嘘だと一番よく知っているはず」
エルマはリボルバーの拳銃をペトラの眉間に突きつけた。
「これ以上こそこそと嗅ぎ回るなら、君の頭を吹き飛ばす。脅しじゃない。私と戦えば君は死ぬ。それは既に確定しているのさ」
(能力者相手に銃?笑わせる。身体強化を使えばこんなもの……)
ペトラは平静を保とうとしたが、他でもない彼女自身が最もよく理解していた。この状況でエルマが姿を現したのは、ペトラの必敗を意味することを。
「こ、こんなところで銃声なんて」
「隠し切れるとも。君の死体は誰にも気づかれず土の中で朽ち果てる。そうなるのが嫌なら、さっさと失せなよ。二度とここに来るんじゃない」
「……失礼します」
ペトラは踵を返したが、すぐに立ち止まった。背後でジャッと拳銃のシリンダーが回転する音が響いたからである。
「ああそれと、これからルカ君の部屋に入り込んで懐から出そうとした物を調べるつもりだろうけど、お勧めしないよ」
ペトラはごくりと唾を飲み込んだ。
「君はそこで帰ってきたルカ君と鉢合わせし、結果、凄惨な死に様を晒すことになる。……もう一度言うけど、私たちに関わるな。この先、長生きしたければね」
ペトラは無言で部屋を出た。向かうのは寮の自室である。今日動くのは良くない。武力で言えばゲイルなどには及ばないが、極めて厄介な能力の持ち主だ。警告を無視すれば、命取りになりかねない。
――――――
同刻。
(閣下も人使いが荒いことで。だがまぁ仕方ねぇな。以前から豚の鳴き真似するようになってたらしいし……使徒を使うならともかく、手下になっちまった奴に用はねぇ)
ゲイルは、王都内に点在する聖堂の外を歩いていた。さすがに大聖堂ほどではないが、信者達からむしり取った腐った金の象徴である。の人の欲が凝り固まったかのような悪趣味な建物は、一周回って皮肉な芸術性すら感じさせる。
ぐるぐると周辺を歩き回り、構造を確認する。やはり地図や設計図だけでなく、自分の目で直接確認するのが仕事の基本だ。
(熱源探知)
標的確認。自身を阻み得る実力者、なし。
「悪りぃな。オマエのことは嫌いじゃねぇが、さすがに失敗し過ぎだぜ」
ゲイルは足裏から炎を噴き出して飛び上がった。爆風で吹っ飛ぶようにして大聖堂の窓を目指す。
十分な高度に達したところで、くるりと宙返りを決める。足裏を天に向けて急ブレーキをかけ、斜め上から標的を視認。すかさず腰の刀を抜き放つ。
「また失敗か!」
大聖堂が破壊されたため仮住まいとして利用している聖堂の一室にて、大司教は壁を蹴り飛ばした。
「無能ども……」
窓が割れるのとほぼ同時に、大司教の首は宙を舞った。周囲に火の粉が撒き散らされ、豪奢な絨毯を紅く輝く点々が飾る。
逃げるように飛んでいく頭部を、ゲイルは刀を手放した右手で掴み止めた。
ズブズブと溶かすように、頭蓋骨の奥に五指を突っ込み脳を溶かす。顔は判別できるように残しながらも、情報の復元を許さぬよう念入りに。
残された胴体にも温度を抑えた炎を放ち、最低限炭化した死体は残る程度に焼いておく。
「猊下ァァァァ!」
その時、扉を開けて踏み込んできたのは白づくめの男たちであった。街中でクロードとカタリナを追い回した、大司教腹心の部下達である。
剣を構えて突っ込んでくる男達を前にしたゲイルは、物思いに耽るように下を向いていた。
部屋に雪崩れ込んだ男達が棒立ちのゲイルに向けて剣を振りかぶった瞬間、背後から放たれた炎の弾丸がその全身を撃ち抜いた。
置き弾である。絨毯に撒き散らしたのはただの火の粉ではない。
それは、迂闊に踏んだ相手の足を吹き飛ばすことも、再度撃ち出すも自由自在のトラップであった。
しかし、それだけで倒せるほど容易い相手ではなかった。急所を貫かれながらも、白装束の幾人かがなおも立ちあがろうとした。
「おお、やるじゃねえか」
ゲイルは胡乱げに、ささやかな賛辞を送った。部屋の外からもさらなる増援の気配がし始めた。長引けば泥沼は避けられない。
(ま、一つくらい技を見せてもいいか。皆殺しにすりゃ問題ねぇ)
「カーディナル・レイ」
熱源探知で同じ階層にいる敵全員を捕捉する。指先から都合五本の紅いレーザーを放つ。
ピンポイントで頭を貫き、指を振るだけで首や手足をも刎ね飛ばす。
紅い殺意に睨まれた者は、尽く死するのみ。
その場の全員が息絶えたのを確認したゲイルは、爆音と共に消え去った。




