武練同好会
ルカは学生会館を見上げた。上から見ると口の形になっており、中央には演奏や踊りのパフォーマンスなどの練習が可能なスペースがある。床は壊れやすい木材でできており、戦闘訓練用の場ではないと一目でわかる。
(しかしボロ……いや、年季の入った建物だな)
三階まで階段を上がると、そこには幾つもの小部屋が並んでいた。幾つもの袖看板が並ぶ中、まっすぐ進んで奥から三番目の小部屋に、その文字はあった。
武練同好会
部屋の前に来たルカは微妙な表情を浮かべた。はじめて聞いた時にも思ったが、何とも仰々しい名だ。懐の大聖堂から盗み出した書類を確かめ、三回ノックをしてから入室する。
「失礼します」
「やぁ、来たね」
部屋の中央、机の奥に腰掛けた少女は手を挙げた。編み込まれた長髪が揺れる。右目にはモノクルを付けている。
……知らない顔だ。
机に立てかけられたステッキを見てルカは察した。
(仕込み杖か。……掌のタコを見ただけで分かる。練達した剣の使い手だ。拳頭も盛り上がっている。血まみれになるまで何度も拳を壁に打ちつけ、修練を重ねた拳法家のそれだ。剣と拳……様々な戦闘スタイルを切り替えられる、引き出しの多い戦士と見た)
部屋の左右には、壁と並行に長机が配置されており、椅子に見知った面々が座っていた。
ベルタ、クロード、カタリナ、アイリーニの四人である。カイルやユリウスなどは、聖教会の標的になっていないため呼ばれていない。
(しかし誰だ?ベルタが先輩と呼んでいた人物なら、この同好会のリーダーにあたるわけだが。まずは……)
「お初にお目にかかります、ルカと申します。本日からお世話になりますので、よろしくお願いいたします」
「そんなに畏まらなくていいよ、ルカ君。私は二年のエルマ。武練同好会……この大袈裟な寄り合いのまとめ役をやっている。よろしくね」
ルカは一礼し、手で促されてから手前の席に着席した。
「さて、揃ったところで始めようか。楽にしてくれたまえ。……じゃ、よろしく」
ベルタは立ち上がった。
「今日は、ルカ、カタリナ、アイリーニ……三人の入会にあたり、顔合わせ兼歓迎のため集まってもらいました。ここにいる者は全員、理由は違えど聖教会に敵視されています。同じ立場の者どうし連帯し、武芸や学力の向上に努め、何より無事の卒業を目指しましょう」
堅いな。事前に考えてきた原稿をそのまま読み上げているかのようだ。
「基本、やることさえやれば、気楽にやってくれたら良いよ。今日は活動についての質問を受け付けた後、入会書にサインもらう予定だ。早速だけど、聞きたいことがあれば何でも聞いてくれたまえ。もちろん……何かこの場で伝えるべきことがあるなら、遠慮なくどうぞ」
エルマは意味ありげにルカに目をやった。ルカはどきりとした。
(書類に気づいているのか?どうやって?)
カタリナはおずおずと手を挙げた。
「どうぞ」
「あの……なんで武練同好会って名前なんですか」
「良い質問だ。学園が同好会を認めるにあたって設けている条件を満たすためだね。活動内容は明確でないといけないし、ふざけた名前だと担当教師の裁量で却下を食らう。その度申請をやり直さないといけない。……要するに面倒くさいから、ケチのつかないお堅い名前を付けたというわけだ」
「そ、そうですか。もう一つだけいいですか」
「一つと言わず、いくらでも聞いていいよ」
「ええと、ここにいる皆が聖教会に睨まれてる理由を教えて欲しいです」
「君の事情はもう皆知ってるから良いとして……まず、私からだね。幼い頃から、私は推理ごっこをしながら人助けっぽいことをしてきたんだ。能力もそういうのに向いてるしね。そんなある日、うっかり聖教会が管理する遺物……聖骸の正体を知ってしまってね」
エルマは肩をすくめた。
「ずっと知らないふりをしてきたんだけど、最近誤魔化せなくなってきちゃって……で、この会を作ったってわけさ」
「なんで、ここ最近で急にそんなことに……」
「ペトラちゃんだよ。あの子はとんだ食わせ者でね。たぶん、記憶を読み取る能力でも持っているんじゃないかな」
『審判、降参です』
ルカの脳裏を、闘技場から去っていくペトラの後ろ姿が過った。カタリナは首を傾げた。
「あの人は……氷を使う能力者では?」
「氷じゃなくて、低温の鉱石か何かだと思うな。触ると情報を読み取られるみたいだから、くれぐれも気をつけるようにね。……ああ、いけないね。つい私の話ばかりしてしまった」
エルマはベルタとクロードを指した。
「二人は、四年ほど前に王都内の奴隷売買を暴いてしまってから標的にされてるんだ。聖教会は、富裕層向けに大規模な孤児達の売買を行っていたんだけど、摘発されたのはこの子達が命懸けで戦った結果さ」
大したものだ。ルカは賞賛の眼差しを向けたが、二人の顔色は暗かった。
三人の事情を説明し終えたところで、エルマはアイリーニに目をやった。
「彼女が標的にされている理由は、ルカ君が持ってきた大事な書類に記されているんだよね?」
「はい、すぐにお見せします」
(やはり書類のことを……探知?読心?或いは……限定的な予知の類か)
エルマは、書類を取り出そうとしたルカを手で制した。
「ダメだね。誰にも見せるな。……それより、口頭で説明して欲しいな。堅苦しい敬語は抜きにしてね」
「はい……」
ルカは書類の中身をかいつまんで話した。
聖教会は人類の脅威である使徒と協力体制を構築しているのである。中身は単純。ここヴァレンティナ王国など、聖教会の影響力の強い国は使徒による襲撃頻度を大幅に減らす。代わりに、聖教会は国外で虐殺や内戦を引き起こす。
「つまり、人類を減らしたい使徒と、外国を植民地化して覇権を築きたい聖教会が結びついているということだ。植民地化の過程で各国では大乱が起きて大勢が死に、人類の数を削りたい使徒は喜ぶ。聖教会も、使徒の力を借りることで植民地化を楽に進められ、かつ、自国への襲撃は減るので喜ぶ。完全な互恵関係が成立している」
「それと……わたくしが狙われるのと、どういう関係がありますの?」
「使徒が最も排除したいのは、自分達を倒しうる存在だ。この書類には、予言の子なる文言が良く登場する。察するに、この時代に使徒を脅かす存在が複数現れるということだろう。その一人が君だと目されているらしい」
「ええ……困りますわ。頑張って修練してきただけですのに」
エルマは顎に手をやった。
「長い時が過ぎ去り、勇者の時代の猛者達はほとんどが老衰で死んでいる。強者の血脈は絶え、残された子孫も大半が聖教会や使徒に与している」
だからこそ、と続ける。
「君みたいに、勇者と共に戦った英傑の血を引き、ご先祖様に近い戦力を持つ者は脅威だからね。勇者の時代、使徒は一気にその数を減らされたから、君の存在自体がトラウマを刺激してしょうがないんだと思うよ?」
「先祖に近いなんてそんな……わたくしなど、あの時代の傑物達の足元にも及びませんわ。そんな過大評価のせいで標的にされるなんて……」
ふむふむ、確かに理不尽だなぁとルカは頷いた。
(えっ?アイラは英傑の血を引いているのか?かつて武名を轟かせた名家……くらいの認識はあったが、そんなに?)
頷きながら周りを見回すが、誰も戸惑いの色を見せる様子はない。分かっていないのはルカだけである。
(俺が来る前に、ここでそんな感じの会話があったのか?勝手に話を進めないでくれ、まるで除け者みたいじゃないか。それもこれも、あの食い意地張った馬鹿が焼き菓子を盗ったせいだ。……いやしかし、ここで質問したら俺だけ分かってないってバレるよな……)
そんなこんなで話し合いは終わり、入会書にサインしたルカとカタリナ、アイリーニの入会が決まった。




