家路に就いて
ルカはトボトボと歩いていた。
家路に就く。それは多くの人にとって、あと一歩で安息を得られることを意味する。仕事帰り、学校帰り、遠出からの帰宅。勝手知ったる自宅は、人目を気にせずくつろげる場であるからだ。
だが、ルカにとっては地獄であった。
(終わった……終わりだ……)
これから、負けたので家を出ますと報告せねばならないのである。気まずいどころの騒ぎではない。
(あぁ……吐きそうだ。寝てる間に殺されかけていたそうだし。こんなことがあるか?あり得ない。そう、これはきっと夢なんだ……)
――――――
試合後、医務室で目を覚ましたルカは、試合後の話をカタリナに聞かされた。
「たぶん、私を助けたせいで狙われたんだと思う。本当にごめんなさい……」
「お前のせいではないだろう。大聖堂を吹き飛ばしてから一時間も経たない内に、これほどの報復が行われるとは考えにくい。前々から人員を集めていたのだろう」
「私じゃないなら、何が原因で……心当たりはある?」
ルカはチラリと背後に目をやった。
「ああ。心当たりしかないが、お前には関係のないことだ。気に病む必要はない。ところで、他の連中はどうした」
「今、隣の部屋で今後の立ち回りを話し合ってる。私みたいに狙われる人がいるかもしれないし、今後はなるべく二人一組で行動する形になりそう」
最も強い者こそ意識のないルカの護衛につくべきとも考えられるが、ベルタがここにいないのは、勝者として敗者に配慮しているからだろう。
「俺は一人で問題ない。すぐ家に行かねばならんから、この辺りで失礼する」
「待って!この状況で単独行動は危険過ぎるって」
「心配は無用だ。それより早く手を打たなければ。なるべく家族を巻き込みたくない」
「気持ちは分かるけど……」
ベッドから立ち上がったルカは、扉に向けて歩き出した。しかし、はたと立ち止まった。
「言うのを忘れていたな。助けてくれて、ありがとう。他の者にも、俺が心から感謝していたと伝えておいてくれ」
おそらく、助けがなくともルカ自身が死ぬことはなかっただろう。命の危機に晒されれば、紳士が現れて暴れ回るからである。だが、それとこれとは話が別だ。自分のために戦ってくれたこと、迷惑をかけたことに変わりはない。
医務室を出ると、壁際に寄りかかって立っているベルタと目が合った。
ルカは頭を下げた。
「迷惑をかけたらしい。申し訳ない」
「行くの?」
ベルタは、まるでそれまでのやり取りをすべて聞いていたかのように問うた。ルカも、今更いちいち事情を説明したりはしない。
「ああ」
「そう。………ごめんなさい、あそこまでやるつもりじゃなかった」
泥に突っ込ませたことを悔いているのだろう。敗者に対し、必要以上の屈辱を与えたことを。
「別に良い。どう考えても戦闘中に呆けた俺が悪い。というより……」
「なに?」
勝者に相応しいのは自分ではない。入試の際、ルカはアイリーニとの一騎討ちに運で勝利してしまった。あの時の言い知れぬ敗北感。
誰も見てはいなかったが、罪悪感を抑えきれずつい頭を下げてしまった。
(もし勝ってしまっていたら、それはどんなに虚しいことだっただろうか)
努力は常に報われるなどとナイーブなことを抜かすつもりはないが、やはり相応しい者は順当に報われるべきなのだ。ルカは、一度他人の力に縋った自分が、優勝に相応しくないと自覚していた。
だから、試合の場に立った時、勝利することを心の底では望んでいなかった。試合の場に立って手抜きをするなど相手に対する最大限の侮辱である。相手の力に敬意を表し、手抜きなど一切せずに全力を尽くしたがが、どこかで期待していたのだ。それでもなお、圧倒的な力を前にして敗北することを。
「勝ってくれてありがとう。俺に勝利は荷が重い」
ベルタは首を傾げた。ルカは相手の反応を待たず背を向けた。
カタリナは心配そうに尋ねた。
「い、良いの?行かせちゃって」
ベルタはルカの背後の空間を見ながら答えた。
「彼なら大丈夫。家族を巻き込みたくないのも分かるし、すぐ戻ってくるでしょ。むしろ、一度攫われたあなたの方が心配だわ。私の目の届く範囲にいて」
「う、うん……」
――――――
ルカはしばらく歩き、人気のない路地で立ち止まった。
「おい」
「はい」
「どういうつもりだ?なぜ姿を現して事態を解決しなかった」
「私の出る幕など……」
「教師が死んだと聞いたがな!それはいちいちお前が出るほどの問題ではないというのか!」
「ええ。約束したのは観客の保護であって、教師は含まれておりませんので」
ルカは言葉に詰まった。自分の落ち度に気づいたのである。会場内に強者の気配を感じたのに、家族に気を取られ事前の備えを怠った。仮面の従者は人道主義者でも何でもない。ルカはそれを知った上で行動してきた。今更倫理を問うのは筋違いというものである。
「そこはお前の判断でだな……」
「私の判断で介入して良いのですか?保護対象に指定された者は、私の視界にいる限り保護する。それが契約であり、踏み越えて好き勝手に変更して良いのであれば約束の意味が損なわれますが」
「クッ、この……」
ルカは歯噛みした。
「もう良い。反省は後だ」
ルカは家路に就いた。ついに、家の問題にケジメをつける時が来たのである。




