大会終幕
「じゃ、逃げるわ」
ゲイルはマグマを撒き散らし、味方を回収して飛び去った。
「はっ!」
アイリーニは指を打ち鳴らして衝撃波を放った。ルカの頭上に降りかかったマグマを吹き散らす。
(油断も隙もありませんわ。とことんヤな奴ですわね)
逃走する敵に注目が集まっていた。全員が安堵し、或いは追撃を考えた意識の間隙を狙って、足止めついでに無防備な標的を殺そうとしたのだろう。
戦闘の狂騒の渦中にあっても、ルカの保護という目標を見失わない冷静さがなければ、この一手を防ぐことはできなかっただろう。
しばらく周囲を警戒し、脅威が完全に去ったことを確認してからアイリーニは構えを解いた。
地面に倒れたルカに目をやる。目立った怪我はない。
(良かった。にしても)
ため息を吐く。
(酷い有様ですこと)
闘技場は無惨に破壊され、介入しようとした教師はレヴィアを除き皆殺しにされている。
学園の教師達は強い。にもかかわらずろくな抵抗すらできなかったのは、突如始まった乱戦に面食らい、実力を発揮できなかったからだろう。
姿を現したカタリナと共に歩き出す。今後の立ち回りを話し合わねばならない。
――――――
カイルは絶句していた。突如始まった乱戦に、困惑する間もなく撒き散らされた炎の嵐。
(いったい何だったんだ)
何とか敵の一人と打ち合うも、殺害の決心がつかず必死に猛攻を凌いでいる内に事態は動き、気づけば敵の大半は死んでいた。
恐ろしいのは突然襲ってきた謎の賊ではない。ベルタやアイリーニといった味方である。
一切動揺を見せず乱戦に適応し、あまつさえ迫る敵を容赦なく殺害してのけた。
(いくら殺す気で向かってきたからって、当たり前のように頭を吹き飛ばすなんて、どう考えてもやり過ぎだ)
ずっと同じ学園に通っていた、同じ教室で講義を受けていた人間が、その実怪物であったという事実にカイルは心の底から震え上がっていた。
――――――
ペトラは額の冷や汗を拭った。出遅れた一瞬は焦ったが、飛び出したカディンの後を追うため踏み出した足を止めたのは、直感したからである。
(この場を収める役割を、誰かが担わなければ!集まった戦力が大き過ぎる。どこかで歯止めをかけなければ、全滅しかねない)
その読みは正しかったが、結果として介入は遅れた。ゲイルがベルタとクロードに挟まれ抑えられたほんの僅かな隙に、アイリーニとカタリナが動き、事態は急速に悪化した。それが味方の壊滅に繋がったのである。
『皆さん、傷つけ合うのはもうやめて!話し合いましょう!』
遅きに失した感は否めないが、寒い演技で水を差し、何とか脱出の隙を作ることには成功した。
(それにしても、さすがはゲイル様。後始末にも余念がない)
飛び去る直前に放たれたマグマにより、啓導官達の遺体は骨も残さず焼き尽くされていた。逃走の混乱の中で行われたあまりに精密な攻撃に、ペトラは身震いした。
(カディンは捕まってしまったけれど、生きているならどうとでもなる。それよりも、この失態の言い訳をどうするかが問題ね。枢機卿の怒りを買えば、私も奴隷に落とされてしまいかねない。もうここまで来たら、あのデ……大司教に全部おっ被せるしかないわ)
聖女は保身に余念がない。
――――――
レヴィアは同僚だった炭をしばらく見つめてから、生徒に指示を飛ばし始めた。
その様子を、テオは観客席の陰から眺めていた。
「はい、大方の予想通り失敗です。ええ、やはり予言の子はこの代にいると見て間違いないかと。……いえ、皆様のお手を煩わせるほどのことでは」
テオは虚空に向けて膝をつき、頭を地面に擦り付けた。
「出過ぎたことを申しました。直接手を下されると……はい、私は忠実なる使徒の僕。あなた様を含め、三柱もの使徒様が動かれるなら、皆殺しは容易……間違いないでしょう」
テオは跪いたまま、しばし何かの言葉に耳を傾けていた。
しばらくして立ち上がったテオは首を傾げた。
「ここは……闘技場?」
(なんでこんなところに?うわ、何か凄いことになってる。怖いから帰ろう)
歩き出したテオの影には、ギョロギョロと光る銀色の目玉が蠢いていた。




