非情
アイリーニは戦場に目を配った。厄介そうな相手に強制の魔力を込めた命令を発して足止め。一手の遅れが、致命的な危機を招きかねない状況で、最善手を打ち続ける。
(三対一はちょっとキツいですわ……)
アイリーニの敵は三人。86席ウィングストン、107ニール、そしてシカーダである。
アイリーニはスウェプトヒルト・レイピアで敵二人を攻め立てていたが、飛行するシカーダにより邪魔され、なかなか仕留めきれない。
シカーダの能力は生物系。蝉である。腹部を震わせ大音量でミンミンと騒ぎ立てる。衝撃波で攻撃しながら、人間の頭部ほどのサイズの蝉二匹を操る。本人も茶色の羽を生やして飛行し、時おり上空から急降下して斬撃を見舞ってくる。
ウィングストンは高い跳躍力を誇り、鋭い蹴りを繰り出す。ニールは全身から針を生やして突撃する。
(一人でも落とせば、かなり楽になるのですけれど)
ウィングストンは独特な叫び声と共に上段蹴りを連続で繰り出してくる。
「フルフルフルフルルゥゥゥ!」
アイリーニは危なげなく回避したが、周囲を飛び回る蝉が邪魔をするため、なかなか反撃には転じることができない。
しばらく経った時、戦況が動いた。ベルタとクロードが、大規模攻撃を連発する厄介な炎使いを挟撃したのである。
ようやく目の前の敵に集中できる状況が整った。好機である。
同時に、アイリーニの聴覚が味方の合図を捉えた。
(さぁ、二人で片をつけましょう!)
ようやく状況を打開できる。その口元に、凄絶な笑みが浮んだ。
「ミーンミンミンミィーッ!!!」
「お黙りッ!」
一喝して騒ぎ立てる蝉男を黙らせる。命令を受けて、腹部の振動は突如として停止した。シカーダは自分の身に起きた異変を理解できず、困惑の色を見せた。
(殺しますわ)
足裏でガチンと音が鳴る。二重底の特殊な靴は踏み込みと共にけたたましい音を発生させる。その衝撃を変換し、アイリーニは宙に舞い上がった。飛行というよりは、自身の身体を宙に吹き飛ばす荒技である。
突如眼前に飛び上がってきたアイリーニに意表を突かれ固まるシカーダの顔面を拳で打ち据え、胸ぐらを掴んで空中から地面に叩き落とす。
追撃はせず、宙から衝撃波を放って残り二人を牽制する。
(グッ、あの女許さん!逃げ出した子羊ともども捕まえて、蝉プレイでミンミンといたぶってやる!生まれてきたことを後悔させてやるからなぁ!)
シカーダはよろよろと起き上がった。瞬間、背後の空間から溶けるように現れた刃がシカーダの首を掻き切った。
「その節はどうも」
気配を絶って幻で潜伏し、決定的なタイミングで敵を狩る。今朝、シカーダに大聖堂まで攫われ命の危険に晒された。その恨みを晴らすチャンスを、カタリナは見逃さなかった。
「貴様……女ごときが……」
それが、シカーダの遺言となった。
(お見事ですわ)
アイリーニも敵を仕留めにかかる。
「ファルフルファー!」
跳躍し、頭上から踵落としをしようとするウィングストンに対し、指を打ち鳴らす。上に指向性を絞った必殺の一撃は、その全身を呆気なく砂状に分解した。
味方を失い後のないニールは、全身から針を生やして突撃してきた。これを危なげなく回避したアイリーニは、その背後に回り込んだ。
(肝心の頭が無防備ですわよ)
背後から、挟み込むように頭部を両手で打ち据える。
バッヂィィィイイン!
耳から衝撃波を送り込み、頭蓋で守られた脳をメレンゲをかき混ぜるようにシェイクする。
ニールの眼球は弾け飛び、鼻、口、眼窩など、頭部の穴という穴から肉片混じりの血が噴き出した。
「お互い殺意を持ってやり合った結果……恨みっこなしですわよ」
崩れ落ちる敵に、アイリーニは背を向けた。残る敵も殺す。生け捕りを前提として手加減できるほど、弱い敵ではない。
――――――
「チッ」
ゲイルは舌打ちした。ベルタとクロード、二人の内、どちらか片方にかすり傷をつけて殺し、動揺した隙にもう片方も仕留める。
そのつもりだったが、まったく隙を見せない。クロードは全身を赤いオーラで防御しており、ベルタの方は剣技がずば抜けており隙がない。
ゲイルの脳裏を開戦の一幕が過った。
初手の炎弾は、標的であるルカと、ベルタにだけ特別に威力を高めて撃ち放った。
実力を警戒して、咄嗟の防御を掻い潜り追尾するアレンジも加えた。狙い過たず、ルカを庇ったベルタは二発の直撃を受けた。並の人間なら、骨も残さず蒸発する。多少武芸の心得があったとしても、小娘一人焼き尽くすには十分過ぎる火力。その筈だった。
『熱っ!腹立つ!』
しかし、リアクションはまるで料理中に手を火傷した程度のそれであった。
クロードも、即死には至らずともしばらくは動けない威力を叩き込んだつもりが、すぐに立ち上がってきた。
(マジでヤベェな。歴代最優の世代とは聞いてたが、粒揃いとかいう次元じゃねぇ)
「戦闘中に考え事かよ?」
クロードは赤いオーラを拳に纏わりつかせ、正面からゲイルに殴りかかった。対するゲイルも、ボン、と肘から爆炎を放ち、加速した拳でクロードを迎え撃つ。しかし。
(やっぱ硬えな。動きを止めて炙らねぇとダメだな。こうなりゃ酸欠攻撃でも使うか?)
クロードを殴り飛ばすが、やはり殺害には至らない。
意識がクロードに向かった一瞬の隙をついて、ベルタは宙から取り出した槍を投擲した。
危なげなくこれを回避したゲイルの背後で、カイルが相手取っていた107席、フルヴェライトは胸を貫かれて即死した。
瞬間、ゲイルの脳裏をかつての戦友たちとの記憶が過った。それは、飢餓に苦しむ植民地の民衆を前にした場面であった。
「フルフルフォルフォル!異民族は兎みたいに繁殖しやっす!百匹や千匹死んでも問題なし!」
ウィングストンの言葉である。
「良さげな女だけ生かしといてくれ。有効利用してから殺そう」
シカーダの言葉である。
「ガキを集めろ!試し切りには、未熟な肉が最適だ」
ニールの言葉である。
「死体の頭を集めろ。ボール遊びの球に使うぞ」
フルヴェライトの言葉である。
肩を並べて戦った戦友たちが、情け容赦なく蹂躙される様を、ゲイルは見ていた。彼らと過ごした日々が、ゲイルには見えていた。
培ってきた絆が、容赦なく踏み躙られたのである。
「お前ら……!お前ら……!」
ゲイルはブルブルと震えた。
「ま良いかぁ」
しかし大したことではないと思い直した。
(これだけ数が減らされちゃ撤退するしかねぇな。何とか隙を作らねぇと)
そこに、大質量の氷のような結晶が降ってきた。ペトラは大声で叫んだ。
「皆さん、傷つけ合うのはもうやめて!話し合いましょう!」
ゲイルは嗤った。
(クソ寒い聖女様ごっこだな。助かるぜ)
嫌がらせに全身から会場中に蒸気をあげるマグマを撒き散らす。学生全員の行動をほんの僅かな時間、遅延する。
「じゃ、逃げるわ」
一瞬の隙をつき、気絶したレイヂィラガンと、レヴィアを相手に泥試合を繰り広げていた25席を小脇に抱えて、彗星のようにゲイルは飛び去った。




