血風、渦を巻く
拍手喝采である。激戦を制した勝者に対し、拍手が送られていた。
(見事な戦いぶりでしたわ)
アイリーニは、地に倒れ伏した敗者に対し、惜しみなく拍手を送った。カイルも、クロードも、カタリナも、ユリウスも拍手していた。
全員の思考は一致していた。
(もし自分があの場に立っていたら、あそこまでやれただろうか)
能力ありきなら、戦える。だが、あれほどの暴力に対し、能力抜きで戦うことなど考えられない。否、能力があっても、大半はルカと同じ末路を辿るだろう。
クロードは驚愕していた。
(アイツ相手にここまでやれるたぁ、マジで驚いたぜ。正直、能力を切って出てきた時は試合を投げたかと思ったが……まさか三度も打ち合えるとはな。一対一で修練を重ねてきたこの俺でさえ、能力抜きであそこまでやれたかどうか……)
横に立つカタリナは今後のことを考えていた。
(試合後すぐに聖教会対策を練る約束だったけど、あれじゃしばらくは無理そうね……にしても、すごい戦いだったわ)
試合の場に立っていた者達は、両者に対し心よりの敬意を表明していた。
ベルタも、ルカを見ていた。汚れるのも構わず、泥で溺れかけているルカを抱き起こす。
(初太刀を止められた!?あり得ない!初見で私の刀が止められるなんて。目で追えてすらいなかったのに、どうやったらそんな芸当ができるの?)
ある答えが脳裏に閃く。
(攻撃の直前、私は刃が上に向くように構えを取った。あの瞬間だけ、確かに彼の目は私の動きを捉えていた。その後の動きは追えてなかったけど、接近する私の気配を何らかの方法で察知し、予め構えから読んでいた唐竹割りの一撃を、掲げた剣で防ぎ止めた……)
ベルタは身震いした。
(理屈では分かる。けれどそれを、あの一瞬でやってのけたというの?やはり決着を急いで正解だったわ。うん、先輩が言った通り、この人も同好会に勧誘すべきだわ)
――――――
泥に突っ伏し、抱き起こされるルカを、家族も見ていた。ジョバンニはため息をついた。
「父上、言ったではありませんか。こうなると」
「そうだな、私もこうなると思っていた。だがなぜだろうな、不思議とあの子に勝って欲しいとも思ってしまった……まぁいい。いずれにせよ、これで家の財は数%も分け与える必要はない。すべてお前のものだ」
「ええ。近日中に権利放棄の書類にサインさせましょう。これでようやく……失礼、あなたの前ですべき話ではありませんでした。息子のあのような醜態……心中お察しいたします」
ジョバンニは義母に頭を下げた。政略結婚で結ばれただけの第二夫人とはいえ、父の妻であることに変わりはない。あからさまに軽んじては家庭内に軋轢を生む。
「私に、私に息子などいないわ。あんな情けない息子など」
熱狂冷めやらぬ会場を、誰よりも早くルカの家族は立ち去った。
――――――
女神官ペトラはその様を見ていた。手から、氷の結晶が舞い散った。
(可哀想に。結局、あなたが望んでやまないものは、決して手に入らないものなのよ。そして今後も、それを得る機会すら与えられることはない。あなたは今日死ぬのだから)
六人の啓導官が来ている。大司教の部下、シカーダもいる。標的は既に気絶している。
(人生の最期に見た光景が、去っていく家族の背中とはね。心から同情するわ。せめて痛みなく、眠るように死になさい)
「おいペトラ。俺たちは基本見てればいいって話だが、万が一仕留め損なった時は、分かってんだよな?」
「言われなくても分かっているわ、カディン」
ペトラに声をかけたのは、三位決定戦でユリウスに敗れた、金属製のネックレスを付けた男であった。カディンは、闘技場内を見ながら空中を漂うウルミを手で弄っていた。
ウルミ。薄い刃を鞭のように扱う武器。それが複数束ねられたものをカディンは用いる。通常のそれよりも長大にしつらえられた刃は、皮膚だけでなく骨が露出するほど激しく相手を切り裂く凶器なのである。
「おっ、そろそろ死ぬなぁ」
闘技場内に、担架を背負った救護班が入ってくる。ベルタは、地面に置かれた担架にルカを横たえた。
「しかしさすがだな、レイヂィラガン様は。第10席に上り詰めた方とは思えねぇほど自然に、凡人共に紛れ込んでらっしゃる」
「……そうね」
教師のレヴィアは場内の整理に手いっぱい。実戦経験のある彼女も気づいていない。入場口前の通路には、既に複数の教員がルカの状態を確認するために姿を現している。
だが、入場口にたどり着く前に、この場で襲撃されると予想している者は一人もいない。
第三試合でルカに付着させたペトラの結晶は、氷のような見た目をしており実際低温であるが、決して溶けることはない。
しかし、刃などの具象化や低温による攻撃は、能力の本質ではない。最大の強みは、触れた相手の思考と記憶を読み取ること。
冠された能力名は、精神感応結晶。
聖教会に調査を命じられたペトラは、日常生活ではなかなか隙を見せないルカに、試合に乗じて結晶を付着させた。故に、ルカの悩み苦しみ、人生全てを知っているのである。
ルカの担架が担ぎ上げられた時、思わずペトラは目を逸らした。
故に、それから起きたことを見逃した。
「ペトラぁ!」
鳴り響いた轟音と自身を呼ぶカディンの声に視線を場内に向けた時、既に事態は予想だにしない方向に転がっていた。
見れば、救護班に紛れてルカに毒を注射する手筈の啓導官第10席、レイヂィラガンは壁に叩きつけられていた。
その肩に突き立つのは、黄金の槍。同時に、闘技場内の実力者は全員がルカに向かっていた。
ベルタ、アイリーニ、クロード、カイル、ユリウス、カタリナは守りに動いた。
会場整理をしていたレヴィアは剣を抜き放った。
ゲイルをはじめとする五人の啓導官、シカーダ、カディンは攻撃に動いた。
(えっ……)
出遅れたのは、ペトラただ一人であった。
ゲイルは掌から無数の炎弾を放った。当たれば人間を焼き尽くす、殺意を込めた容赦のない攻撃である。場内の戦士全員がこれを回避し、動けないルカをベルタが庇った。
試合は終わった。気絶したルカをよそに、突如として闘技場を舞台とした殺し合いの幕が上がったのである。




