あくまでも華麗に
結界の補修は終わり、試合再開の時が来た。
闘技場の端に佇むベルタを、ルカは見つめた。改めて自ら対峙すると分かる。勝ち目は万に一つもない。
(同じ時間を生きてきた人間なのに、こうも厚みが違うものか。俺が現実逃避して兄上には敵わぬと捻くれていた間も、コイツは弛まぬ鍛錬を重ねてきたのだろう)
いや違う。ルカはふと気づいた。同年代で天才的な論文を書き上げた者、スポーツやボードゲームなどで優秀な成績を示す者は大勢いた。ルカはそれを、毎朝開いた新聞で目にしていた。朝、クロードと共に鍛錬に励むベルタの姿も見ていた。
(俺は知っていた。尊敬に値する人間が数多くいることを。知っていたが実感してはいなかった。我がこととして考えることはせず、どこか自分とは違う別の世界のことだと、そう、勝手に思い込んでいた。同じ空の下、同じ地の延長線上にいるのに、遅れを取っていることに焦ることもなかった。幾度となく、これ以上ないほど分かりやすく、その差は視界に入っていたのに……)
だが、相応しい力を持っているか否かに関わらず、時を選ばず試練は訪れるものである。
遅きに失した感は否めないが、肝心な場面で頼れるのは、結局自分で積み上げてきたものだけなのだと、ようやく気づくことができた。
ルカは鞘に収まった剣を見つめた。親の財で与えられた剣。当初、鞘からその剣は抜けず、留め具を動かすことすらできなかった。遺物は人を選ぶ。相応しい主人と見なされていないことに、当時のルカは酷く落胆した。
だが諦めはしなかった。たとえ兄のお下がりでも、父からの初めての贈り物である。剣を手にした日から、ルカは修練を重ねた。鞘をつけたまま、鈍器として毎日剣を振り続けた。そうして五年以上が過ぎた頃、遂に鞘から剣が抜けたのである。
その日、ルカは快哉を叫んだ。
認められたその瞬間、剣は自らの力となったのである。
「クックック、これが親の財力の力。はじめは親の金だったが、はじめは兄上が捨てたものだったが、今や俺のものとなった力!」
(そう、誰も認めてくれなかった俺を、お前だけが認めてくれたのだ。だから相棒、お前がいれば、間違いなく俺は無敵なのだ!!)
ルカは剣を引き抜いた。シャリィィィンン、と音が響く。
(行くぞベルタ!勝利に相応しいのはお前だが、常に相応しい者が勝利するわけではない!!)
――――――
(気配が変わった?)
ベルタはルカを見つめた。能力の気配が完全に消滅している。相対しただけで押し潰されそうな、夥しい殺戮を重ねてきた怪物のような気配は鳴りを潜め、代わりに感じるのは、まっすぐな意志のみ。
だが、それは相手が弱くなったことを意味しない。
(たぶん、これが本来の彼。強さじゃない、敵に回したくない厄介さを感じる。早く切り替えないと、落差で足元を掬われかねない)
――――――
「えーっ、気を取り直しまして。それでは……」
レヴィアは手を振り上げた。
「始め!」
ルカとベルタは睨み合った。試合前半の猛攻と打って変わって、互いに攻め方を探ろうとしているのである。
ルカの背筋に、冷たいものが走った。
(先ほどまでの調子で攻め立てられたら、冗談抜きで死ぬ。審判の制止も間に合わないかもしれない。いや落ち着け、よく見ろ)
まず整理する。試合前日に分析した通り、相手は感覚拡張系の能力者と見て間違いない。試合前半、全方位からの攻撃を凌いだという事実もある。
相手の武器は、黄金の槍。ルカと同じく、左手の薬指に指輪が光る。武器を呼び出す迷宮産の装備。だが、前半に見せた複数の槍の連続投擲から、ルカのそれと比べて遥かに高性能と言える。
ルカの装備は、たった一振りの剣しか出せないからだ。
「来て、野分」
ベルタの手から黄金の槍が消えた。代わりに姿を現したのは、鞘に収められた地味な刀。
ルカに動揺が走った。
(のわき?刀の銘か?マズい、戦闘スタイルが完全に変わる。さっきまでの試合での観察が無力化された!?槍だけでなく刀まで。他にも武器を出せる可能性……)
瞬間、ベルタは消えた。足裏から感じる衝撃。ルカは咄嗟に剣を掲げた。上から降ってきた刃を、すんでのところで受け止める。
山勘で腹に魔力を集中させる。ほぼ同時に腹部に走る衝撃。ベルタの前蹴りが炸裂したのである。
ルカは弾かれたピンボールのように勢いよく吹き飛ばされた。闘技場の端まで吹っ飛ばされ、壁に身体がめりこむ。
(身体強化がなければ死んでいた!)
防御が間に合ったおかげで、ルカは何とかよろよろと起き上がることができた。
同時に迫る切先。体勢を崩しながらも必死に回避し、反撃に転じる。
構えた剣を、素振りの時と同様まっすぐ振り下ろす。全力の一撃は、いとも容易く受け止められた。剣と剣とが、ギシギシと擦れ合う。鍔迫り合いである。
(重……)
瞬間、ルカの脳裏に去来したのはあまりにも分厚く、雄大さすら感じさせる城壁。素手でそれを叩いているかのような、矮小感。
自分から仕掛けたはずが、のしかかってくるそれに抗うため、必死に力を上に込める。
すると、かかっていた圧はふっと消滅した。
否、ベルタが下から、刀の鍔を用いてルカの剣を掬い上げたのである。
鍔迫り合いに持ち込んだ後の選択肢は幾つかある。一つ、そのまま力で押さえつけ強引に首まで刃を届かせる。一つ、いったん相手を弾き飛ばし仕切り直す。
そしてもう一つ。下から相手の剣を跳ね上げる。相手がバンザイのポーズとなったところで、ガラ空きの胴に一撃。まさに必殺。即死に至らしめる殺人剣である。
既にそれは半ば決定していた。寸止めで試合終了。だが、運がルカに味方した。雨によるぬかるみに足を取られ、勢いよく背中から転倒。
みっともなく転がり、泥に塗れて何とか逃れる。
必死に起き上がろうとするルカの視界には、ちょうど試合前、家族がいた位置が見えた。瞬間、ルカの思考は停止した。退席していく家族の背中を見てしまったのである。
「行かないで……」
その隙を見逃してくれる相手ではない。ルカの顎に、刀を手放したベルタの拳が滑り込む。もろに入った一撃によりルカの意識は刈り取られる。そして、顔から泥に突っ伏した。
レヴィアは手を振り下ろした。
「そこまで!」
決着である。この瞬間、ルカの敗北が確定した。




