どう転んでも道化
(退屈ですわ……)
アイリーニは冷めた目で試合を見ていた。場内では、ベルタがトランプによる連続攻撃を、絶技を披露してすべて捌いていた。序盤の力押しから打って変わって、知略と技術のぶつかり合う激闘が繰り広げられていたのである。しかし。
(彼の戦いじゃない。会場に現れた瞬間から試合以外の何かに意識が行ってしまい、もう帰って来そうにありませんわ)
確かに強い。だが強いだけ。それでは意味がない。与えられた力をどう使うかが肝心なところなのに、それが一向に見えない。力の背景に積み重ねてきた歴史が見えず、ちぐはぐなのだ。他人の力をかさにきている節すらある。
今のルカは、誰かに与えられた力を振り回す子どものように映る。あまりに幼く、その必死の足掻きに憐憫はあれど、尊敬や憧れはない。
(痛々しくて、見ていられませんわ。声の出し方も分からぬまま、必死に何かを叫んでいるみたい)
アイリーニは荷物をまとめ始めた。この試合の結末に興味はない。
いずれ勝敗は決まるだろう。だがそれは、決着と呼べる代物ではない。ルカは、試合の場に立っている観客に過ぎないのだから。
席を立とうとしたその時、アイリーニは何かがひび割れるような音を聞いた。
(これは……いったん試合中止、という流れでしょうか)
「やめやめ!双方武器を収めて!」
審判が試合停止を呼びかける事態。しばらく闘技場外に出ることはおろか、席を立つことすらできないだろう。
「結界に傷がいってるから、ちょっと修理しまーす!観客の皆さん、今しばらくお待ちくださーい!」
レヴィアは手を振りながらペコペコと頭を下げた。学生の域を遥かに超えた衝突である。観客保護用の結界に傷がついてしまっては、試合中止もやむなし。
仕方なく、再び椅子に腰を下ろす。
――――――
ルカはベルタと紳士の衝突を観ていた。その心中には、虚しさだけがあった。
(俺は何だ?俺はただ、この二人の戦いを眺めて、時々奴の足を引っ張ってるだけ。外で歓声を上げてる観客達との違いは、客席にいるかそうでないか、それだけだ。……こんなので良いのか?棒立ちで立ち尽くすのが、家族に見せる最後の姿か?)
ルカは下を向いた。
(居た堪れない……)
「やめやめ!双方武器を収めて!」
その声が響いた時、ルカは心底安堵した。
(一時中止?良かった、まだ、まだ自力で戦う機会はある)
スタスタと入場口の通路に向かっていく。
その胸中には、押し込められた激烈な苛立ちが満ちていた。
「頼んでおいて悪いが、やっぱり能力は使わなくていい。俺はコイツと戦うことにする」
通路に入るなり、鞘に収めた剣をコツコツと指で叩きながら言い放つ。
「僭越ながら申し上げます」
紳士はルカの目を見据えた。
「それでは負けてしまいます。勝つために必要なのは、プライドを捨てて私の力を活用する覚悟です。先ほどまで彼女と相対して、既によくお分かりのはずでは?」
「かもな。だがそれはお前の勝利であって、俺のではない。勝利が尊いのは、自分の手で掴むものだからだ!先ほどまでの俺は、惰弱貧弱な豚だった。他人の全力を、ただ眺めるだけの傍観者だった。それではダメなんだ!父上に、母上に、兄上に!見ていただきたいのは俺の戦いだ!お前のではない」
「ご高説痛み入りました。素晴らしい精神です。しかしそれは自力で勝てる人間の言う言葉でございます。はじめは私に頼り、途中から翻意した挙句敗北するのでは、一貫性も実績も、何一つ誇るところのない道化ではございませんか?」
ルカは、しばしその言葉を噛み締めるように自分の爪先を見つめた。そして顔を上げた。
「そうだ。お前に頼って勝っても道化。お前の力を借りれば勝てるのに、プライド故に勝ちにこだわりきれず負けても道化。いずれにせよ道化だ」
「でしたら……」
「だが一つだけ。一つだけ、道がある。お前に頼らず自力で勝つことだ。最悪……最悪!負けたとしても、このままお前にヨシヨシとあやされながら得る勝利よりは遥かにマシだ」
「分からない方ですね。ここまで私に頼った時点で、既にあなたは道化だと言っているのです。ならば道化を貫き通し、勝利という苦い結果を受け止める。それが潔さというものでは?」
「お前の言うことはすべて正しい。これまで都合四回の試合で、俺は既に答えを出していたのに、ここに来て自分に嘘をつこうとした。家族に失望されるのが怖かったから、全部放り出してお前に背負わせようとした」
ルカは深々と頭を下げた。
「すべては俺の軽薄さのせいだ。せっかく手を貸してもらったのに申し訳ない。許してくれ」
「では、勝手になされませ。たとえ負けたとしても、すべてご自身の責任でございます」
「分かっている。見ていてくれ、仮にもお前の主人を名乗る人間の戦いぶりをな」
――――――
結界の修理が終わり、会場に戻ってきたルカを見て、アイリーニは退席のためにまとめていた荷物を下ろした。
強大な能力の気配が消えている。代わりに立ち上るのは、ルカ自身の魔力が生み出す颶風であった。
(退屈な試合だと思いましたが……)
「ようやく面白くなりそうですわ」
囁くように、声が漏れた。ルカは観客席を見回した。一瞬目が合った時、ルカは目を瞬いた。アイリーニは頷いた。ルカも頷き返した。
――――――
観客席にて、ルカの兄、ジョバンニ・バルトリーニは失望のため息を漏らした。
能力の気配が消えている。先ほどまでのあまりに高精度な技前、明らかにルカの戦い方ではない。恐らく他者の力に頼ったのだろう。だがそれで良い。勝利に、結果に執着する貪欲さこそ一つの美学であり、自身を前に進める光なのである。
(結局それか。勝利に至る道を放棄し、合理性のカケラもなく思いつきで行動する。度し難く愚かな恥晒しが)
「父上、もう家の財は……」
「そうだな。こんなところだと思っていた」
父と兄は退席の準備を始めた。
母は苛立ちを込めた視線を送った。
(お願いだから、これ以上お母さんを失望させないで。どうすれば良いか、あなたも分かっているはずよ)




