失敗を取り返そうとして
ベルタは、闘技場全体を覆い尽くす勢いで繰り出される猛攻撃を、槍一本で凌いでいた。
(うん、いい感じ。ちゃんと強い相手だ)
降り注ぐ武器の豪雨の中、笑みを浮かべる。好戦的な笑みではない。安らぎを感じた時に口元がほころぶような、しみじみとその瞬間を噛み締める笑みである。
(おかげで余計なこと、あれこれ考えなくて済む)
突っ込んでくる武器にはすべて、複雑な回転がかかっている。受けを誤れば、絡め取られて体勢を崩され、瞬く間によく熟成されたチーズのようにされてしまうだろう。
全方位から降り注ぐ攻撃、ベルタはそのすべてを見通していた。
ベルタの能力は感覚拡張系の極地と言える。自身を中心として球形に意識の糸を伸ばし、範囲内のすべてを掌握する。
球の範囲内にあるものは、触れずとも手触りを知っている。受ける前から、放たれる攻撃の威力も知っている。宙を描く軌道、はたらく力の向きと強さ、すべて手に取るように分かる。
物だけではない。人間を含む生物も同様である。心臓の鼓動、息遣い、動き出す直前の力みや殺気に至るまで、あらゆるものを感知する。
(能力を使っているのは彼じゃない。視線を切っても、反応が間に合わないように隙を突いても、勝手に発動してる)
ベルタは、完全にタネを見抜いていた。
ルカの口元が動くのを捉える。たとえ聞こえずとも、周囲で起こるすべてをベルタは認識している。会話の中身も、従者に抗議する声も、直接聞こえる音量ではなくとも耳に届く。
(……彼の後ろにいる何か。その隙を突かないといけないみたい)
複数の細い念動力の糸で物体を動かす精密動作と、物体全体を大雑把に操作する大きな力の流れ。複雑に見えるのは、物体に結びついている念動力の糸が複数あり、それぞれ別の方向から同時に力を加えているからだ。
結びつけた念動力の糸を使って振り回した武器の数々を叩きつける。糸を結えて横に引っ張ることで、撫でるように回転させてから放り投げる。
「シッ!」
空中から放たれる金属製のトランプと複数のコイン。そのすべてをベルタは回避した。コインどうしは細いワイヤーで結ばれており、その間を通った物体を容赦なく切断する。
目を引くトランプの乱舞でコインの動きは見えづらく、その間のワイヤーはさらに巧妙に隠されている。
躱したはずのトランプとコインは、複雑な軌道を描いて再び背後からベルタを襲う。
(すごく器用で、老練ささえ感じさせる敵……でも大丈夫。どれだけ能力が強くても、それを使役する本人が弱点になる。このまま待てば、いずれ勝機は訪れる)
ベルタの表情に、焦りはない。
――――――
ゲイルは、観客席の下、人気のない通路から状況を観察していた。少年暗殺は、標的が疲弊したタイミングで行う計画だ。
(にしても大司教サマはアホだよなぁ。こんな人目のある場所で密かに暗殺なんてできるわけねぇだろ?策は練ったが、最悪……最悪場内の連中皆殺しで事故扱いコースかねぇ)
「おいシカーダ。オマエの上司がアホみてぇな計画立てたせいで、この俺が苦労してんだぜ?そこんとこなんかあんだろ、いろいろよぉ」
隣に立つ男の襟を掴む。大聖堂にてガルターリに状況の監視を命じられていた、虫のような羽を生やした男である。
「申し訳ございません、ゲイル様。猊下に代わりお力添えをさせていただき、ささやかながら埋め合わせを」
「そもそもな?オマエが女を攫うタイミングが悪いんだよ。なーんで俺らが出払ったのをちょうど見計らってやっちゃうの?馬鹿じゃねぇの?巻き込まれたガルちゃんが可哀想だろぉ?」
「……その、」
「まさか直接乗り込んでくるとは思いませんでしたーってか?アレだわ、ちっぽけな島国一つ落とせねーし、やっぱオマエらカスだわ」
無言で下を向いたシカーダの髪を掴んでゲイルはニヤリと笑った。
「ま、良いか。ガキは皆殺し、遺物は回収。化けモンはあの世に帰して全部終いにしちまえばいい。げーかも報酬を約束してくれたしな」
ゲイルは、今朝交わした大司教との会話を思い返していた。
――――――
「ああ?思春期拗らせたガキ数匹駆除すんのにわざわざこの俺を呼び戻したってのか!?」
大聖堂の地下、大司教の部屋で、ゲイルは手にした書類を机の上に放り投げた。椅子に座った大司教はビクッと震えた。肥満体が急に動いたせいで、顎と腹の肉がプルプルと小刻みかつ部分的に身悶えしている。
「そう怒らないでくれ。な?頼むから」
「そもそも何だこの報告は。ふざけてんのか?遺物を盗んでくるだけの簡単なお仕事が、どーして物は行方不明で、おまけにバケモンが飛び出してきちゃいましたとかいう馬鹿話になんだよ。教えてくれや、げーか」
「ぶ、部下がな?部下がだ。そのー、あの刀があれば和国の征伐も楽になるだろうという独り言を聞いてな?あとはアレだ。忖度というやつで、勝手に行動をな?」
「部署間で連携が取れてねぇ上に、オマエが命令か独り言か分からん曖昧な言動ばっかすっから滅茶苦茶な結果になんだよ。ここじゃ誰もが上にゴマすんのに必死なんだ。ちったぁ考えて行動しろよ。ただでさえチンピラ紛いの扱いづらい連中のばっかの組織だってのに、オマエがそんなんじゃ俺が困る」
「でも、私では統制しきれないし、どうしたらいいか分からないし」
「逐一書面で報告させろ!そんでオマエが直接承認しろ!手続きが形だけのモンになってっからこうなる!あとな……一つ肝心なことを教えといてやるから覚えとけ。焦って失敗を取り返そうとすんな。余計デカい問題に繋がんだよ」
「でも、あの刀が使えればな?和国を落とせると思うんだよ。私のミスだと思われたくないし……」
「思われるも何もあるか!和国を落とせなかったのはオマエのミスで間違いねぇんだよ。確かに、刀は利用できれば強力だ。使えればな?でも使えねぇから博物館で寝かしてんだ」
ゲイルは大司教の腹を鞘で突いた。
「アレは夜中に足生やして館内をウロウロしたりする理解不能な代物だ。刀から足が生える?そんな話は聞いたこともねぇ。おまけに気に入らない奴ァ、触れられただけで骨も残さず焼いちまう。勝手に義手まで持ち出しやがって。パッと見手に負えねぇ感じの案件はな、専門知識のある奴に相談してから行動するもんだ。それを……」
ゲイルは机上の計画書を丸めて放り投げた。
「しかもなんだこれァ。ケツを拭いてくださいとお願いするだけならともかく、大会の場で暗殺?頭沸いてんじゃねーの?何度でも言うぜ?オマエは失敗を取り返そうとしてさらにデケェクソを繰り返してる、ゴミそのものだぜ」
(しかも、メンバーもイマイチ。25、86、97、107だと?10席と俺ががいるから辛うじて成功の目はあるが……)
「こ、これ以上失敗したら枢機卿に殺される!三日以内と言われたんだ!私だって頑張って暗殺しようとしたけど、人目もあったし、なんか上手く行かないし、手を出せずにいたらもう期日が来てしまった!頼むから!」
「頼むな。もう何もすんな。和国の件も枢機卿が動いてる。あと数年もすりゃあの国はぶっ壊れる手筈になってんだよ。侍だか武士だか知らねぇが、放っときゃ連中は国内で潰し合いを始める。もう分割統治の計画書を他国の聖教会支部とすり合わせてる段階だ。オマエが取り戻そうとする必要は……」
「ルエズ運河の担当に推薦する!」
ゲイルは黙り込んだ。大きく目を見開く。
「何だと?」
「ルエズ運河に君を宛てよう。今一番大きな案件だ。世界の貿易を支配する、約200kmの水路……大陸を回り込み、交易路の大幅なショートカットを実現する計画だ。成否は問わないから、とにかくやって欲しいんだ」
ゲイルは顎に手をやった。
(実際、この怪物は無視できねぇ力を持ってやがる。野放しにしていいレベルの脅威じゃねぇ。成功率は……10席がいるからなァ。五分ってとこか)
「完成間近のアレか。……良いだろう、やってやる」
「留守中は我が部下のシカーダが大聖堂を守る。ガルターリもいるし、心配ない」
「シカーダ?別に勝手にすりゃいいが、とにかく余計な真似だけはすんなよ」
――――――
闘技場通路にて、ゲイルは歯軋りした。
(あのデブ、あれだけ言ったのに余計な真似しやがって。この件が片付いたら、ただじゃ済まさねぇ)




