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渦中の葉

ルカが再び闘技場に出てきた時、既にベルタは闘技場の端に立っていた。全身には細かな傷が刻まれ、容易には拭えない疲労の色が見て取れる。準々決勝でクロードを下したと聞いた。一筋縄ではいかない相手だ。


(向き合ってみると分かる。お前の強さ。これまでに俺が会った人間の中では最強に近い。だがこちらには真性の化け物が付いている。既に勝利は確定している!)


ルカの背後に、幽霊のように漂う仮面の紳士。実体化していないので、その存在を認識できるのはルカのみである。

やがて場の喧騒が収まり、闘技場に沈黙が満ちた時、審判を務めるレヴィアは手を振り上げた。


「始め!」


試合開始と同時に、ベルタの頭上に雷が落ちた。少なくとも、ルカはそう認識した。


ビリビリと空気が震える。振動が足元から伝わる。内臓揺さぶる衝撃に、ルカの脳内で警告音ががなり立てる。


刹那、それまでの衝撃が嘘のように、闘技場内は静まり返った。


ベルタは動いた。一歩踏み出すとほぼ同時に、闘技場の端からルカの眼前に迫る。瞬間移動と見紛うほどの速度。その手に握られた黄金の槍が、首元に突き立つ直前、ルカの右手が動いた。剣は跳ね上がるように動き、開始早々試合を終了させ得る鋭さを備えた初撃を払いのけた。


甲高く、金属の擦れ合う音が響く。


ほぼ見えなかった。見えたのと同時に、攻撃がルカの元に到達していた。防げたのは、思考を差し挟まない完全な反射で身体が動いたおかげである。

容赦なく繰り出される追撃、穂先が枝分かれして見えるほどの五連撃を、すんでのところで掻い潜る。あまりの速さに蜂の羽音のような異音を発するそれは、回避に動いたルカの体勢を完全に崩すことに成功していた。


「やれ!」


ルカの号令と共に、紳士は動いた。実体化していない以上、身体で直接触れることはできない。代わりに能力を発動し、闘技場内に設置されたすべての武器を宙に浮かせる。


矛、斧、剣、矢、盾、槌、鞭……あらゆる武具が空中に整列した。ベルタはルカから目を離さない。離さなかったが、ルカは直感した。


(間違いなく、この女にはすべての武器が、その配置が見えている!)


雷鳴と見まごうほどの力を備えた身体強化。この世界に満ちる異能の源……すなわち魔力を用いた身体強化は、磨き上げれば周囲に自然現象を発生させる域に至る。ルカのそれは、ユリウスとの試合でも見せた颶風である。


しかし同じ魔力強化といっても、ベルタのそれは異次元の精度にあった。バチバチと放たれる雷は、それ自体が弱敵を薙ぎ払う攻撃の域に達している。


ベルタの全身から放たれる電撃が揺らいだ瞬間、宙に浮いた武器は、端から縦、横、斜めに回転しながら地面に向けて放たれた。地面に深い傷痕を刻む凶悪な金属の嵐が、地上の標的を蹂躙せんと牙を剥く。


観客が思わず耳を覆うほどの、耳をつんざく轟音が鳴り響く。


ベルタは、複雑な回転モーメントのかかったそれらを槍で迎撃し、或いは余裕を持って悠々と回避していったが、その姿はやがて地響きと共に土埃に紛れた。


宙に浮いた仮面の紳士は呟いた。

「これほどの戦士に会うのは、この時代に来て初めてですね。当代の世界最強、その一角とお見受けしました」


「何!?」


「次が来ますよ」


声とほぼ同時に、砂埃の中から黄金の閃光が放たれた。ルカは背後から引っ張られる力に任せて斜めに後退し、辛くもそれを回避した。


余波だけで身体はのけぞり、背骨がギシギシとしなる。口の端から漏れたのは、気合というより追い詰められた獣じみた悲鳴であった。


闘技場の壁に深々と突き刺さったのは、黄金の槍。


(ばっ馬鹿な、予兆すら捉えられない一撃だと!?)


「実体化の許可をいただきたく存じます。能力の精度も威力も制限され、格闘もできない状態では、不足があるかと思われます」


ルカは観客席に目をやった。

(父上……ダメだ。実体化させて勝っても、それは俺の勝利ではない。ある種の敗北だ。俺の力で、俺が掴んだ勝利でなければ、観に来ていただいた意味がない)


「いや、このまま制圧する。これまでの試合の影響か、奴も疲弊しているらしい。そこを突つけば、勝機は……」


目を離した刹那、閃光と共にベルタはルカの眼前に現れた。


(下……)

足裏から伝わる衝撃が、視覚よりも早く敵の脅威をルカに報せた。剣を盾に防御を試みたルカは、ゴバン、と冗談のような音を発して上空に吹き飛んだ。


(何が……)


耳元で風切り音が唸り、常人なら脊椎がへし折れるほどの空気抵抗がルカを襲う。紳士の援護と身体強化をもってしても、そのダメージを完全に抑えることはできない。

一瞬にして闘技場の上空高く吹き飛ばされたルカは、眼下に目を凝らした。ちょうど、ベルタが高く振り上げた脚を降ろすところを視界に捉える。


(蹴り飛ばされたのか!?全速力の馬車に追突されてもここまで吹っ飛ばされたりはしないぞ。化け物め)


ルカの隣を漂う仮面の紳士に目をやる。


(奴の支援があってもなおここまで……いや、あの攻撃を受けていれば、普通は死ぬ。奴の支援ゆえに、ここまで吹き飛ばされる程度で済んだというわけか。これは僥倖だ。結果的に、奴の間合いから出ることができた。このまま上空から、武器を用いた爆撃を食らわせ削り倒すのが安全策……)


「備えてください」


短い声が聞こえた直後、ルカの身体はギュンギュンとお手玉よろしく空中を不規則に跳ね回り始めた。

(目が回る!この……)


ルカの苛立ちは、真横を駆け抜けた黄金の閃光によってかき消された。直撃を回避したことを安堵する間もなく、衝撃波により体勢を崩したルカは、空中で錐揉み回転し始めた。

耳鳴りは頭痛に繋がり、胃の奥からツンと込み上げるような吐き気を催す。


槍である。地上のベルタは、弓でも放つかのように身体全体を引き絞る。観客席から悲鳴が上がるほどの振動と共に、溜め込まれたエネルギーを瞬間的に解放する。

放たれた槍は、手から離れるのとほぼ同時にルカの高度に到達する。投擲された端から、次から次へと槍がその手に現れる。


もはや観客には、残像を捉えることすらできない。一箇所からの投擲では攻撃の起点が容易く読まれてしまう。地上を疾走し、移動しながら放たれる槍による正確無比な対空砲火。


上空から一方的に攻撃することはおろか、槍衾が突っ込んでくるかのような破壊の嵐と、仮面の紳士による激しい回避行動により、ルカは上下左右すら不覚の状況に陥っていた。


「おお降りろぉぉ!」

このままでは身が持たない。耐えかねたルカが発した悲鳴じみた命令に、仮面の紳士は即座に応えた。砂埃を巻き上げて目眩しにしつつ、上空から闘技場全域に武器を投げ落とし、敵の投擲を一時的に封じる。


一瞬の隙を突いてルカの身体を急降下させる。ルカの喉からくぐもった抗議が漏れるが、完全に無視する。

多少手荒ではあるが、緩やかに降下しては格好の的になるからだ。


地上に降り立ったルカは、仮面の紳士を睨みつけた。

「ウプッ。力押し一辺倒か、このタコ。いつもの小細工はどうした?」

散々振り回されたせいか、声に覇気がない。


「本当によろしいのですか。戦闘スタイルが明らかに異なる技を見せれば、能力を行使しているのがあなたではないとご家族に見抜かれるやもしれません。姿を現すのとさして変わらないかと思われますが」


「う、うるさい!ここまで来たら構うものか、姿さえ見せなければどうとでも誤魔化せる。それより勝つことを優先しろ!」


「では遠慮なく」


仮面の紳士の懐から、細く輝くワイヤーと、金属製のトランプが飛び出した。

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