幸せへの道
ルカは受付を済ませ、入場口に向かっていた。クロードとベルタは会場の外に降ろした。試合が終わるまで、人目の集まる会場内にいるよう指示しておいた。試合が終了次第直ちに合流し、今後の方策を話し合う予定だ。
そんなルカの行手に立ち塞がる者がいた。ユリウスである。
「やぁ。準決勝ではイマイチだったけど、少しは僕を見直したかな?」
「ああ……三位決定戦か。悪いが見てない」
「えっ……?なんで……」
「それどころではなくてな。今ちょうど手間のかかる用事を片付けてきたところだ」
「……」
「なんだ、俺に見て欲しかったのか?」
「そういうわけじゃないけど」
(じゃあ、コイツはいったい何をしに来たんだ?)
しばしの沈黙の後、ルカはユリウスの横を通り過ぎた。
「ではな」
ユリウスはわなわなと全身を震わせた。
「眼中にもないと、そう言いたいのか」
言ってはいない。だが態度は雄弁であった。それは万の言葉よりもあからさまに、無関心を表明していたのである。
漏れた憤りが、ルカの耳に届くことはなかった。
――――――
(今朝は大変だった。だが切り替えろ。ここまで来たら奴に頼らず、堂々と胸を張って勝利を飾ろう。これまで通り観察を徹底し、隙を見逃さなければ勝機はある)
ルカは通路を抜け、闘技場の中に足を踏み入れた。観客の歓声が全身を震わせる。
ルカは素早く会場内に目を配った。反対の入り口を確認するが、対戦相手はまだ来ていないようだ。
地下で戦っている間に雨も止み、太陽の光が闘技場に降り注いでいる。
短時間の小雨とはいえ、地面には一部ぬかるみや小さな水たまりが残っている。試合中に足を取られれば、致命的な隙に繋がりかねない。
(体勢を崩すのに使えるな。泥を蹴り上げれば、良い目眩しにもなりそうだ)
天然の罠がどうはたらくかが勝敗を分けると、ルカは読んだ。
会場内をぐるりと囲むように配置された武具の数々。一回戦でカタリナが利用したそれらは磨き上げられ、使い手に振るわれる時を待っている。
ルカはふと違和感を覚えた。普通の試合と雰囲気が違う。天候や、会場内の環境ではない。肌で感じる、強者の気配が多過ぎるのである。
(何だ?クロードやアイラとは……学生とは少し違う雰囲気だが、外部の人間か?)
観客席に目をやる。そこにいた人物を見た瞬間、ルカは綺麗な動作で回れ右をした。つい先ほど出てきたばかりの入場口にスタスタと戻っていく。
会場から自分の姿が見えない位置まで戻ってきたルカは、通路内でしゃがみ込んだ。
(父上!?いや、母上、兄上もいた!第一夫人……兄上の母君はいらっしゃらなかったが、それは良い。それよりもだ)
ルカはこれまでの試合でも観客席に目を配ってきた。一度も家族の姿は見かけなかった。故に、ほぼ諦めていたのだ。家族が応援に来ることはないと思っていた。だが、ここに来て家族が揃って姿を現した。試合直前になって、ルカの心は激しく掻き乱された。
「いるな?」
「はい。御用でしょうか」
黒衣の紳士が、ルカの眼前に現れた。
「使徒討伐に合意した以上、お前は大会優勝に手を貸さねばならない。そうだな?」
「ええ。私はてっきり、これまでの試合と同じように自力で戦われると思っておりましたが……」
「さっきまではそのつもりだったが、家族が観に来ている以上、醜態を晒すことはできん。自力でどうのと下らん拘りをごねている場合ではない。手を貸せ」
「では、私が直接……」
「待て待て、それはマズい!あくまでも俺が自力で戦っている風を装って勝たねばならん。使い魔が勝手に戦って倒しましたでは意味がないではないか!」
「はぁ」
仮面の紳士は珍しく気のない返事をした。そもそも異能の使用を前提として武闘大会が開催されている以上、使役系の能力者が使い魔に戦わせてもルール上問題はない。だが、そういう話ではない。
(そもそも、コイツに全力を振るえる実体化を許したのは僅かに二度。博物館の時と、地下の時だけ。どちらもとんでもないことになった。およそ軽々にやって良いものでもないし、何より衆目にコイツの姿を晒したくない)
「しかし実体化できなければ、能力に大幅な制限がかかってしまいます。全力で戦えるのも、せいぜい10分が限界でしょう」
「10分もあれば十分だろう。……それと幾つか注文させてもらう。一、会場ごと破壊するような技は禁止だ。あの刀も使うんじゃない」
「承知しました」
「ニ、観客を傷つけるな。万が一観客が危険な状況になったらお前の責任で保護しろ。念のため言っておくが、席を立った者は観客じゃないから吹き飛ばしても良いという話じゃない。安全に会場を離れるまで保護しろ。三、これが最も肝心だが、対戦相手を殺すな。後遺症も残すな」
「お約束しましょう」
「まだ不安だから、加えて絶対的保護対象を指定させてもらおう。父上、母上、兄上だ。それと、アイリーニ、カタリナ、クロード、対戦相手のベルタ、それとカイルもだ」
「よろしいのですか?二十人しか枠がないというのに、八人も……」
「仕方ない。いきなり大量破壊兵器をぶっ放すわ、建物をぶん投げるわ、お前は何をしでかすか分からんからな」
(だがこれは、これ以上ない名誉挽回のチャンスだ。今回はコイツの力を頼れる。勝てる試合で、順当に有終の美を飾ることができる!その上で家を出れば、家族からの最後のイメージは、勝者として表彰台に上る俺の姿になる。もう二度と、失望されることもない)
ルカは地下での演説を思い返していた。
(今朝はあまり良いところがなかった。偉そうに理屈を捏ねた挙句、聴衆にそっぽを向かれただけ。結局、事態を解決し全員を救ったのはコイツの力であって、俺ではない)
あの地下で、ルカは信者に問うた。
『幸せとは何だ』
ルカ自身、幸せが何か分からなかったからである。これまでの人生で一度も、心から幸せと感じたことがない。博物館で過ごすと心が落ち着くが、やはり趣味を楽しむことと、ルカが求めてやまないもの、安らぎや温かみとは何か違う。
あの時ルカは、答えに窮した信者に失望した。内心、自ら命を捨てるほど信仰という価値に忠実な人間なら、その答えを教えてくれるかもしれないと期待していたからだ。
察するにそれは安心感のような何かであり、決して自力のみでは到達できないものであろう。
(勝てば良いのだ、勝てば家族からの評価を取り戻せる。完全な幸せに至れずとも、幸せに近づける。そうに決まっている)
「今までの人生で一度も、家族が俺の試合や発表を直接観に来たことはない。良いか、これが俺という人間を見せる最初で最後、一度きりのチャンスだ。せっかく来てくれたのだから、必ず期待に応えるぞ」
紳士は首を傾げた。
「期待?……それはどうでしょうか。これまでの態度を見る限り、あなたの活躍を観にきたというより、家の財とあなたの相続放棄がどうなるかを気にしているように……」
「言うな!」
ルカは怒鳴った。
「変なことを言うんじゃない!皆俺の活躍を観に来てくれたのだ!そうに決まっている!」
ルカは、足音荒く闘技場内に向けて歩き出した。振り向かぬまま吐き捨てる。
「貴様は黙って!間抜けな首振り人形のように!その頭を縦に振っていれば良いのだァ!」
紳士も後に続く。その仮面の裏から、嘲るようなくぐもった笑いが漏れた。




