挽き切る
叫びながら、ルカは宙を舞っていた。眼下では、ガルターリに瓦礫が雨あられと降り注いでいる。
カタリナとクロードも石畳の上に乗って上空まで飛ばされている。仮面の紳士が刀を使って一撃を放った後、すぐに吹き飛ばされたのだ。
はたと気づく。自分たちの身体が、シルエットのような像になっている。何者か特定できない、黒い人影になっている。
(あの一瞬で幻を展開したのか。見事だ、リーナ)
脅威は去り、現在四人は穏やかに空中で浮かんでいる。ルカは実行犯を睨みつけた。
「やり過ぎだろうが!周囲への被害は……」
そこまで言ってルカは気づいた。確かに大聖堂は酷い有様だが、威力の割に被害は極限まで抑え込まれている。大聖堂の付近にいた騎士達すら気絶しているだけである。
「ご指示通り敵軍を撃滅いたしました。敵将の動きを封じましたが、どうなさいますか」
(アレで死んでないのか!?建物をぶん投げられても生きているとは、とんだ化け物だな)
「放っておけ。これ以上、市街地での大暴れは必要ない。それより、信者達はどうなった」
「私が保護し、安全に地表まで運びました。間も無く憲兵が駆けつけるでしょう」
「結局、連中を絶望から救ってやることはできなかったか……」
「いいえ、そんなことはございません。ご覧ください」
ルカが眼下を見下ろすと、大聖堂の残骸で信者達は祈りを捧げていた。ルカ達に向かって。
(先ほどコイツが振るった力は、神のそれと思い込んでも無理のないレベルのものだった。……にしても、必死に言葉を尽くすより、圧倒的な力による畏れの方が効くとはな。これでは俺の演説が単なる茶番ではないか!まったく腹立たしい)
信者達の眼差しが、ルカには見えていた。その狂信的な輝きに、怖気が止まらない。
(これほど大きな騒ぎになった以上、憲兵も動かざるを得ないだろう。この惨状で信者達が無事だったという事実は新聞にも掲載されるだろうし、注目が集まればそう易々と手は出せまい。リーナも無事救出した。ここでの仕事は、もう終わりだ)
「えーっと……」
「説明は後だ」
二人が状況を飲み込めないのは当然だが、今はそれどころではない。
「それで、決勝戦はどうされますか?」
「もう間に合わ、ん……?」
懐中時計に目をやったルカは気づいた。あと五分。闘技場まで、障害物のない空をまっすぐ飛べば間に合う時間だ。
あの時点で、信者達を守りながら地下を脱出するには、絶対に間に合わない時間だった。だが、仮面の紳士はものの数分ですべてを解決してしまった。
ルカの前に、新たな試練が突きつけられた。
(疲れ切った状態で決勝戦、だと?)
信者達を説得するため、一度は決勝戦を放棄した。にもかかわらず、ここから気持ちを切り替えて、またしても激戦に向かわねばならない。
(間に合う状況になった以上、行くしかあるまい。軌道修正だ。当初の計画通り大会を優勝し、勝者として家を出る)
「行くぞ。リーナ、俺たちを不可視化してくれ。会場方面に向かうのを見られるのはマズい」
(既に正体がバレている気もするが、敢えて侵入者が俺たちだとアピールする必要もないだろう)
ルカ達のシルエットはかき消えた。同時に、空中の四人は飛翔した。闘技場に向けて。
ルカ達が飛び去った後、ガルターリを閉じ込める瓦礫にピシリとひびが入った。
――――――
闘技場地下にて、六人の啓導官が思い思いの格好で寛いでいた。
啓導官。布教を名目にして他国、他民族の集落に入り込み、内乱や麻薬による治安崩壊、奴隷貿易の斡旋などを生業とする、聖教会の抱える殺人集団。
実力や功績から一席を頂点とする席次が定められており、国内で働くガルターリなどの一部例外を除く、聖教会の最高全力である。
第三席ゲイルは足を組んでソファーに横たわっていた。黒髪に赤く輝く目、整った鋭い顔立ちには、邪悪に歪んだ笑みが浮かぶ。
(ガキをブッ殺すのが任務たぁつまらねぇな。だが女の方は悪くねぇ)
脇に立てかけた刀に手を触れる。
(少しは愉しめそうじゃねーか。ま、この仕事を片付けちまえば、また国外に出られる。そうすりゃガキも女も殺し放題だぜ……何!?)
突如としてゲイルは立ち上がった。他の啓導官達も険しい表情を浮かべる。
(この威力……それにこの反応!ご先祖サマの剣か!?いったい何が起きてやがる!)
ゲイルは飛び出した。ルカという少年暗殺が任務だが、まだ試合開始まで時間がある。すぐにでも状況を確認するべきだ。
外に出たゲイルは仰天した。大聖堂の方角から上がった火柱を目にしたのである。
(アレを抜けるのは、勇者の遺物と相性の良い人間だけ。俺でさえ触れることのできない代物を、あの出力、あの精度でぶっ放しやがったのか!)
数ヶ月前、博物館事件の後、盗まれた刀は何事もなかったかのように台座に戻されていた。だが勇者の血を引くゲイルは気づいていた。偽物だと。
しばしその様を眺めていたゲイルは、やがてニヤリと笑った。
(つまらねぇ任務だと思ったが、思ったより楽しめそうじゃねーか。博物館から盗み出したのは、間違いなくあのガキだ。どーして今使ったか知らねぇが、かなり疲弊したはず。強過ぎて一般客を巻き込む会場じゃろくろく使える代物でもねぇ)
ゲイルは刀をブンと振るった。迸る炎が、周囲を紅く照らし出す。
(首ィ挽き切って、お仲間共々仲良く晒してやるぜ)




