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灰燼に帰す

ゾンビの群れは、再び十字斬を撃ち放った。


(来る!)

ルカは備えた。クロードとカタリナも、突如として現れた紳士の存在感に動揺しつつ構えを取った。


場の動揺をよそに、仮面の紳士の動きは緩やかであった。黒い仮面の右頬に真っ赤なハートが輝いた時、迫る斬撃の嵐は空中でピタリと停止した。


「お返しします」


すべての斬撃が、まるで時が巻き戻るかのように、正確にゾンビ達の元に帰っていく。


ゾンビの軍勢、その前列は一瞬にして細切れになった。だが、数の多さ故に全体の勢いは止まらない。


「少し、面倒ですねぇ」


ファントムが右手を振ると、空中から刀が現れた。


ルカはそれを知っていた。かつてこの地域を統一した勇者ノアの刀である。博物館の事件の後、盗み出されたそれをルカは返してくるよう命令した。はずだった。


「それは……」

「ええ、以前盗んでおいたものです」


(返せと言っておいただろ……ということは、今博物館にあるのは偽物?……まぁ、それはもう良いか)


鞘から引き抜かれた刀身は、暗い地下を紅く照らし出した。尋常ならざる破壊力を感じ取ったルカは、クロードの目を見た。意図を察したクロードは瞬時に赤いオーラの盾を展開し、背後の全員を保護した。


地面に降り立った紳士が柄を握ると同時に、目が潰れそうなほどの閃光が放たれた。その輝きに、意思なきゾンビも足を止める。


全身が白炎に包まれ、揺らめく。地下の冷たい空気は、瞬く間に熱気に変わった。

熱を帯びた足は地面を液体化させ、瞬時に沸騰させる。


ビリビリと空気が震え出す。刀が生物のようにドクンドクンと脈動し、その度に衝撃波が放たれる。

ガルターリの攻撃にビクともしなかったクロードの盾が、ミシミシと軋み始めた。


ルカの全身に鳥肌が立った。背中に氷柱を差し込まれたかの如き悪寒が走る。これから放たれる一撃に巻き込まれれば、否、至近距離でそれを見るだけで命の危険が伴うと、本能が最大音量で警告を発しているのである。


「全員伏せろ!」

ルカは叫んだ。身体強化を全開にし、背後の人々を身体で庇う。


「荼毘に付すといたしましょう」


紳士が赤熱した刀を振るうのと同時に、獄炎が放たれた。


――――――


ガルターリは地下広間で一人立ち尽くしていた。金的に臆するような兵士達を残しても仕方ない。


エンジェル……歳を取り処分された女奴隷や生贄達の遺体を邪法で改造した生物兵器。ガルターリの紋章を刻むことで、十字斬を放つ移動砲台となる。頭部に重大な損傷を負わない限り動き続け、噛みついたり引っ掻いたりした相手を感染させ、無限に増殖する。知性も理性もない獣性の塊を、止める手段はない。


聖教会の切り札の一つである。


万が一軍勢を突破しても、地上に向かうには必ず大広間を通らねばならない。敵が全滅するか、或いは疲弊した状態で大広間に到達するのを、ガルターリは待っていた。


しばし立ち尽くしていたガルターリは、空気の震えを感じ取った。同時に、身を翻して全力疾走を開始する。


足回りが加速する。足音が切れ目なく繋がって聞こえるほどの速度で回転し始める。風の音が耳元を切り裂き、空気が壁のように前方から全身を圧す。スピードが上がるほどに抵抗は強くなり、浮いた身体の上下動は減って行く。地面に置いた缶を踏み潰すように足を置き、母指球で地面を捉える。


瞬く間に大聖堂の外壁に接近したガルターリは、十字斬で壁を破壊し脱出した。


同時に姿を現した獄炎が、大聖堂を焼き尽くした。


まず、閃光が放たれた。目が眩み、一時的にその機能を喪失するほどの光量。


肉食獣の咆哮じみた轟音が、騎士達の鼓膜を打ち破る。全身を打ち据える衝撃波は、ボクサーに全身を乱打されたかのようなダメージをもたらす。瞬く間に一帯の酸素が失われ、騎士達は酸欠により昏倒した。


あまりの高熱に、大聖堂は一瞬にして融解を通り越して気化した。金属部分はプラズマ化し、爆炎に輝くアクセントを添えた。


強烈な上昇気流と周囲の横風が組み合わさった結果、火災旋風が発生する。暴風が炎熱を逃れた瓦礫を切り刻む。


荒れ狂う暴虐を前にして、ガルターリは愕然とした。威力にではない。その精密なコントロールに驚愕したのである。

(これほどの破壊力を、大聖堂のみに集中させるとは……)


雨雲を吹き飛ばし、猛烈な熱により発生した積乱雲さえも衝撃により吹き散らされていく。

だが、火柱は大聖堂のみをまっすぐ地下から貫き、その周囲には輻射熱すら届かない。


炎熱が収まると同時に衝撃波が放たれ、残熱を吹き散らす。地下から四つの人影が飛び出した。


ガルターリは剣を構えた。何者か知れぬが、この惨状をもたらした存在に違いない。


「ンヌゥゥゥゥゥゥ十字斬!」

裂帛の気合いと共に放たれた、上空を覆い尽くす勢いで放たれた十字斬の弾幕は掠りもしない。


すべて何かに逸らされている。


(強力無比な念動系能力……)


ガルターリの思考を待たず、反撃は行われた。炭化した大聖堂周辺施設がすべて浮き上がる。ガルターリはその時、確かに聞いた。

「ケヒャヒ」

黒い紳士服を視界に捉えたその時、宙に浮いたすべての大聖堂周辺施設が屋根を下に向けるようにクルリと回転し、天空より振り下ろされた。


空中で整列した建物は端から地面に向かって行く。建物を砲弾に見立てた連撃により、ガルターリの姿は瞬く間に土埃に紛れた。


しばしの沈黙の後、下品なポーズの女神像が頭から山積みにされた瓦礫に突き刺さり、大聖堂跡に完全な静寂が訪れた。

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