すべての敵を討ち滅ぼせ
ルカは様子を窺った。言葉は尽くした。信者達の理屈を徹底的に否定し、非難し、その上でルカに救われるという逃げ道を用意した。
信者達は一様に怒りの表情を浮かべ、ルカを睨みつけた。それは明白な、拒絶の意思表明であった。
赤ん坊を抱えた母親が口を開いた。
「皆疲れてるのよ。考えは変わらないわ」
「……」
(そうか、理屈ではないのだな。徹底的に論破し、説得する……それ自体間違ったアプローチだったのだ。……そもそも俺は、人に説教を垂れていい立派な人間ではない。他人を動かせるだけの権威と力……箔もない。言葉だけで翻意させるなど、どだい不可能なことだったか)
「だとしても、だとしてもだ。せめて子どもは巻き込むな。俺が保護するから引き渡せ」
「嫌よ。私たちは皆で天国に行くの。天国はあるの!無いなんて言わせないわ!」
「あったら良いなぐらいの気持ちでいろ!絶対あるから死んでも良いやでは本末転倒ではないか!苦しみから救われるための信仰なのだろう?」
(ああ……ダメだ。届いていない。揺さぶることはできた。だが俺とコイツらは所詮他人だ。信用や、積み重ねた時間がない。だからどんな綺麗事も、虚しく掠めて飛んでいくだけ……)
「どうしても今日死なねばならんのか!明日ではダメなのか!数週間後は?数ヶ月後は?数年後は?何十年か後は?誰もが等しく苦しみを抱えるこの世界で、騙し騙し幸せを追い求めて、ずっと先送りにし続けるのではダメなのか?」
答えはない。もう誰も、ルカの言葉に耳を傾けていない。
(終わった。結局俺の話はすべて、勝手な都合に過ぎない。ハハッ、説得?俺は夢でも見ていたのか?上から目線の説教で人を動かそうなどという傲慢さが、現実に通用するわけがない)
「音を遮断してくれ」
カタリナの幻が展開され、二人の会話は周囲から聞こえなくなる。
「申し訳ない。説得は続けるが、そろそろ時間切れだ。お前の能力で、天使の幻でも出してくれ。子供達だけ先に天国に連れて行くとか……何とか言って奴らから引き離してくれ」
ルカは、決勝戦を諦めた。ここまで来て、人命よりも大会進出を優先することはできない。決勝戦から逃げ出した人間として軽蔑されようとも、絶縁前に家族からの評価を取り戻す最後の機会を不意にしてでも、責任を果たすことを決意したのである。
「子どもを連れて先に行け。クロードと行けば安全だし、幻を使えば交戦自体避けられる」
「あんたはどうするの?」
「俺は、追っ手が来るまで説得を続ける。救うと決めた以上、前言撤回はしない」
(子どもには親か、それに代わる何かが必要だ。誰にも愛されない辛さはよく知っている。必要とされない虚しさも。赤ん坊を母親から引き離して、救うだけでは足りない。命だけでは足りないのだ。俺は、もっと欲しかった。きっと誰もが、そう望むはず)
ルカは信者たちに目をやった。
(短い時間だったが、話して分かった。俺が思っていたような狂信者ではない。皆苦しいのだ。誰かに、何かに助けて欲しいのだ。人生は大変だから、投げ出したくなるのもよく分かる。分かってしまった以上、もう俺は、この者達を切り捨てることができない)
「私も残って……」
「悪いが拒否権はない。子供達を救えるのはお前だけだ。ここまで命懸けで助けに来てやっただろうが。借りを返せ。今、俺の頼みを聞け」
「……わかった」
「良し。では……」
ルカはそこで言葉を切った。足裏から地響きを感知する。ガルターリが仕掛けてきたのだろう。
「クソッ、もう時間切れか!」
通路の端からクロードが駆け寄ってくる。
「おい!説得は……できなかったみてぇだな。とにかく見ろ!」
ルカが通路の端から窺うと、そこには無数の腐乱死体がゆらゆらと蠢いていた。
三十代後半の女性が多く、男や子どもも混ざっている。
(この地下……規模の割に人が少ないと思ったが、隠していたのはこれだったか。何に捧げたのかは分からないが、これが生贄の末路……にしても、女性の割合が多過ぎる)
カタリナは目を見開いていた。
「あの日村から出なかったら、私も、ああなるはずだった」
漏れた声に、ルカはピクリと眉を動かした。
数万のゾンビの群れは、何の前触れもなくルカ達に向けて走り出した。
ゾンビの大群。その身体、胸や腕に、白く輝くバツ印が刻まれていた。
(あれはガルターリの……)
ルカが息を呑んだ瞬間、ゾンビの大群から無数の十字斬が放たれた。
十字の衝撃は通路を鋭角に回り込み、全方位から信者達に迫った。
クロードは全身から赤い弾丸を放ち、迎撃に動いた。ルカは回転するように壁を走り、撃ち漏らしをすべて剣で叩き落とした。
(もう他に打つ手がない。全員救う方法は一つだけ)
説得は失敗した。圧倒的な数の敵が迫っている。決勝戦には間に合いそうもない。聖教会を敵に回した。
たとえこの場を切り抜けても、その先にはこれまで以上の苦難が待つ。
それが地獄への第一歩と知りながら、囁くように決意を語る。
「使徒討伐を受諾する」
ルカは剣を地面に突き立てた。
「来い!我が声に応え、すべての敵を討ち滅ぼせ!」
黒衣の紳士は、音もなく舞い降りた。




