勝利の予感
雨が降っていた。冬、しっとりと冷え込む邸宅の庭でルカは頭を抱えていた。
頭から離れないのは、中等部三年の秋、気晴らしに出かけた博物館で起きた惨劇。博物館の観覧客はその大半が無事に生き残った一方、警備兵は壊滅した。
当初、観覧客生還の立役者であるルカは、憲兵達にも高く評価されていた。だが、観覧客の幾人かの証言により、投降した盗賊達を嬲り殺しにした事実を知られてしまったことで、その評価は綺麗に逆転したのである。
当然、ルカは必死に抗弁した。しかし、現場でルカが笑っていたという事実と、ファントムの存在を上手く説明できなかったのだ。異能が引き起こした問題の責任が使用者に帰属する以上、言い訳の効果は限定的であった。
盗賊という存在そのものが手厚い法的保護の対象ではないため、最終的には正当防衛として釈放されたものの、審理に時間を費やし精神的にも疲弊した。そのせいで、入試への備えがまったく出来なかったのである。
「あの日…つい気晴らしに出かけたせいで、かえってより苦しむことになるとはな」
ルカは自嘲気味に呟いた。
ファントムは行方知れずである。ついでに勇者ノアの刀も行方不明である。しかも、当局は自分を危険な能力者として監視している。
「まぁ…あの殺戮劇は、すべて俺がやったということになっているわけだ。例えばもしもアイツがどこかで勝手に大量殺人を犯したとしよう。すると俺がやったと決めつけられ、今度こそ晴れて刑務所行きというわけだ」
ルカは乾いた笑みを漏らした。ここ数ヶ月、試験対策ゼロ。制御不能の異能を獲得したことだけである。
「使い魔が行方不明の召喚術師か。それは無能力者と同じだろうが!」
苛立ち紛れに石を投げたが、直後、右手を抱えて蹲る。投擲の瞬間、尖った石が掌に刺さったのである。
明日には第一志望の学園の試験がある。ヴァレンティナ王国一の名門校に入学することで、優秀な兄を見返す。それがルカの長年の目標だった。
夢の成否が、明日決まる。しかし結果は目に見えている。ルカは苛立ちに任せて叫んだ。
「戻ってきて俺に手を貸せ!俺を助けろ!そういう約束だろうが、ファントム!」
「お呼びでございますか」
「うわぁ急に現れるな!」
「ではこれにて失礼いたします」
「待て待て、本当に帰ることないだろう!今のはアレだ、言葉の綾だ」
「左様でございますか」
突如として背後に現れたファントムに声をかけられ、ルカは心臓が飛び出しそうな勢いで飛び上がった。
「今までどこにいた!」
「色々と所用がありましたので、各所を回っておりました。こちらの使い心地も気になっておりましたので」
ファントムの手に勇者の刀が現れる。ブンと一振りすると炎が噴き出し、熱波でチリチリとルカの産毛が炙られる。
「熱っ!」
「失礼いたしました」
「少しは気をつけろ、誰もがお前みたいな化け物じゃないんだ!にしてもその刀、やはりお前が持っていたのか…博物館に返してこい。あくまでもバレないように、密かにな。そもそも紛失自体誰かの記憶違いだったと思うほど自然に、初めからそこにあったかのように戻せ。絶対に俺の関与を匂わせるな」
「承知いたしました。この後、すぐに返して参ります」
「それと!」
「はい」
「もう試験が明日に迫っているんだ。約束通り、俺の指示に従い、お前の力を貸せ」
「かしこまりました」
やけに聞き分けが良い。ルカは訝しんだ。しかし、博物館では暴走した仮面の紳士によりとんでもない厄介ごとに発展した。油断は禁物だ。
「なぁ、俺は、お前に何の試験があるか内容を話したか?」
「いえ、初耳でございます」
「ならどうして、何の試験かも聞かずに手を貸すと言った?自分でも飲み込みが良過ぎると思わないか?」
「……」
「察するに、お前はこの時代の情勢を探っていたが、所用とやらも含めやるべきことはさっさと全て片付けて、実のところかなり前に俺の元に戻っていた。だが厄介ごとに巻き込まれるのを嫌がったか、単に俺が悩んでいるのを面白がっていたかで、今日ギリギリまで顔を出さなかった。違うか?」
「大変優れた洞察力をお持ちなのですね。感服いたしました。お尋ねの件については、概ね仰る通りでございます」
「少しは否定しろよ…俺にどう思われようがどうでも良いとでも言いたいのか?」
「滅相もないことでございます」
「…お前は人をイラつかせる天才だな。見ていたのなら、もう状況は分かっているんだろ?厄介ごとを引き起こした俺に、父上も母上も不信感を持っている。この上試験に落ち、恥を晒せばどうなるか分からん」
「存じております」
「だから明日の試験で、お前の能力を使わせろ。俺に主導権を寄越せ」
「主人が呼び出した侍従の力を振るう…召喚術にそうした機能があることは存じております。しかし僭越ですが、私にお任せいただいた方が合格率が上がると愚考いたします」
「単純な武力や技の精度で考えればそうだろうな。だが好き勝手暴走されてはすべてがご破算になってしまう。いいか、明日は何もするな。俺の身に危険が迫らない限り、命に関わるトラブルが起きない限り静観しろ。約束できるな?」
「承知しました。すべて、仰る通りにいたします」
ルカは満面の笑みを浮かべた。勝利を確信したのである。先ほどまでと打って変わって、ルカの足取りは軽かった。
(クックック、明日が楽しみだ。試験官の度肝を抜いてやる。もうコイツが何をしても、それは俺の責任ではない。これだけ釘を刺したのだ。できることはすべてやったんだ。それで良いんだ…)




