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誤算

何という力。圧倒的な暴力の塊だ。鮮血と肉片が飛び散る地獄絵図を前にして、ルカは震えた。気づけばほくそ笑んでいた。醜悪な笑みである。努力も、積み重ねた時間も不要。転がり込んできた好機を利用し、虎の威を借りて他者を傅かせようという、自己顕示欲の発露。これこそ完全なる他力本願である。

「この力があれば、望むものは何でも手に入る」

意図せず口の端から零れ落ちた言葉が、ルカの全身に染み込んでいく。さながら自己暗示のように。

しかし、仮面の紳士はその一言を聞き逃さなかった。やがて障害をすべて取り除かんとして吹き荒んでいた血風が収まった頃、盗賊達は全員死ぬか戦意を喪失していた。逃げようとした者も、戦おうとした者も、すべて見えないヤスリにかけられたように血の霧になっていくのである。当然であった。

そして、徐々に減速していくそれを見てルカは、攻撃の正体に気づいた。金属製のトランプである。触れれば切れそうなほどに鋭いカードが、目にも止まらぬ高速回転によって敵を切り刻んでいたのだと。窮地に追い込まれた民間人を、圧倒的な力を持って振るって盗賊の手から救い出した英雄達に喝采はない。度を越した残虐行為を目の当たりにした観覧客達は、必死に息を殺すばかりであった。そんな外野をよそに、二人は淡々と話を始めた。

「やはり貴方でしたか。私を呼んだのは」


「ん?どういう状況か、とは聞かないのか」


「ええ」


二人の目の前に、博物館の説明文が意思を持ったかのように飛んで来て滞空する。そこには簡便な歴史年表と、勇者ノアの功績などが記されていた。


「私が死んでから軽く百年は経っていますね。死者を使役する異能はあの時代からありましたから、こんなこともあるでしょう。まぁ、それなりに不快であることに変わりはありませんが」


「いきなり墓から引き摺り出されてイラつくのは分かるが、俺に責められる謂れはないぞ。見ての通り、他に選択肢はなかったんだ」


ルカは盗賊の死骸を指した。同時に考える。とてつもないジェネレーションギャップの割に、思いの外話が通じるし、何とか従属させられないだろうかと。そして、懇々と述べる。自分には力が必要であることと、そしてそれを、如何に清く正しく扱おうとしているか。何よりも。


「お前が死んだ後の世がどうなったか、勇者達がどうなったか気にならないか?」


この一言が相手の琴線に触れたと、少なくともルカはそう考えた。交渉の基本は相手にとってのメリットを提示すること。その上で自分の望みと交換すること。

今回の場合は、まず、相手が現世に留まる動機を提示する。その為には、術者である自分の協力があった方が良いということをそれとなく伝える。こうして、あくまでも強制でないことを明示しつつもルカの意向に逆らわない方が良いことを、納得してもらうのだ。


「そういうわけだ。これからよろしく」


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


簡単に手玉に取れた。ルカはほくそ笑んだ。

(思ったよりも力はあったが、所詮ただの犯罪者か)


「さて、この不心得者どもの始末は、私が務めましょう」


「殺す必要はない。一応、コイツらの目的を聞き出しておけ。今後こんな厄介事に巻き込まれるのはご免だ。それが済んだら放っておけ、後は憲兵が何とかするだろう」


「かしこまりました。では」


ファントムは徐にまだ息のある盗賊に声をかけた。


「所属と階級、そして今回の襲撃の目的を話せば痛い目を見ずに済みますよ」


「所属は…ない。目的を話す気もない」


「左様でございますか。では、話したくなるまで痛めつけることといたします」


ファントムは再びカードを取り出し、宙に浮かせた。

ルカはご満悦で頷いた。

(やはりこうでなくては。あまりに簡単ではつまらない。追い詰められた虫ケラが、ちっぽけな意地を精一杯張るのを眺めるのは気分がいいものだ)

後はお手並み拝見。どう脅しつけて吐かせるか、特等席からのんびり眺めていれば良いのである。


ファントムはゆるゆると手を動かし始めた。それに従ってトランプも、見えない手に引っ張られる様にヒュン、ヒュンと横に移動する。右に左に、左に右に。徐々に、徐々にトランプの動きが早くなっていく。やがて虫の羽音のような音を立て始めたそれは、男の左手、正確に言えば薬指の先端に近づいていく。

「ひっ、やめて!全部言います!言いますからぁ!」

「待て!喋ると言ってるんだ。もう良い!」

慈悲を乞う声も、ルカの静止も完全に無視して、無情にもトランプは男の指を先端から輪切りにし始めた。男の喉から、この世のものとは思えぬ絶叫が響きわたる。

ルカは命令を無視した侍従を睨んだが、顔色は、おろか、何を見ているのかさえ窺い知ることすらできない。その仮面にはただ、変わらず不気味な笑顔だけが張り付いていた。悲鳴が途切れた刹那、ルカは確かに聞いた。

「ケヒャヒ」

ゾッとするような笑いを。

やがて血の滴るトランプが動きを止めた時、指を奪われた男の顔から、虚勢の色は消え去っていた。


「ずみまぜんでした!依頼されたんです!ここの遺物を盗めって!誰が指示したとかは知らな…」


そこまで喋ったところで、男の首は根元から切り離された。まだ息のあった他の盗賊達の首も千切れ飛び、或いはお手玉でもするかのように空中でガクガクと揺さぶられ、頭蓋が割れるまで壁や床に叩きつけられた。骨が折れ、ビチャビチャと血が飛び散る音と共に、館内は紅く塗装されていく。


「な、なぜ…こんなことは命じてないぞ!勝手な真似をするなら消えてもらおうか!」


「どうぞお好きになさってください。ですがその前にあなたの首を落とします。先ほど約束したではありませんか。あなたは私をこの世に留める。私はあなたに、気が向く範囲で手を貸す。破ることは許されませんよ」


ルカは戦慄した。何気なく約束を交わしてしまったことが、致命的なミスであったことに気づいたのである。

『そういうわけだ。これからよろしく』

数分前の発言を心底悔やむが、もう遅い。

分かっていたつもりだった。相手が格上であることを知った上で、上手く手玉に取ったつもりだった。

しかし、最も重要で、それでいて単純なことを忘れていたのだ。頭で推し量ったリスクと、現実の脅威には差があることを。


ルカはそのまま座り込んでいた。いつの間にか、仮面の怪物が消え去っていたことにも気づかず。救助にやってきた憲兵隊に抱き起こされるまで。

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