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人違い

円形のホールを囲むように備え付けられた四つの扉。今、その全てが閉ざされ侵入者を阻んでいる。しかし、四つの扉は激しく軋み、その役目をまさに放棄しようとしていた。

「見えた!」

この窮地の最中、ルカに天啓が降りた。アイディアが降ってきたというわけではない。この土壇場で、なんとも都合良く異能に目覚めたのである。

(だが、これはすぐには使えないぞ…)

目覚めた異能は、召喚術。さほど珍しい能力ではない。物体を媒介にして、所縁のあるものを呼び出して自在に使役するのである。牙の骨から虎を呼んだりする、サーカスなどで大人気の異能である。しかし、強力な使い魔を使役するには触媒が必須だ。博物館とはいえ、この場にあるのは偉人所縁の遺物ばかりで、手頃な動物は呼べそうにない。遺物を触媒とすれば過去の英雄たちを呼び出せるかもしれないが、人間を召喚し使役した例は歴史上に数えるほどしかない。その理由は単純だ。

(野性で動く獣程度ならともかく、過度に知性のある存在を呼び出すと命令に反抗されて使役者が殺される。しかも、遺物は単に武器として扱うだけでも相性の問題が生じる。拒絶されて弾かれる程度ならまだしも、触れただけで即死するパターンもある…)

せっかく発現した異能だが、召喚のハードルが高く、条件も揃っていない以上、発動すれば自滅するだけ。何という無駄。宝の持ち腐れである。ルカは歯軋りしながらも、すぐに決断を下した。観覧客達に指示を出す。

「どのみちこのままでは破られる!女子供と負傷者は、損傷の少ない北の扉に移動しろ!遺物を台座ごと南の扉の前に動かせ!」

かくして、北の扉を背にして女子供、男達、かき集められた遺物の数々によって即席の防御陣が敷かれた。

(乱戦になれば全滅だ。侵入ルートを限定して、戦力を正面にぶつけるしかない)

ルカの合図で南の扉の鍵は内側から開けられ、遂に敵が雪崩れ込んできた。


――――――


一方で、侵入した黒ずくめの盗賊達は困惑していた。立て篭もった観覧客達を殺し、遺物を奪おうと目を血走らせていたところに、突如としてアッサリ扉が開かれたのである。

しかも、目当ての遺物が眼前に積み上げられていたのである。

特に救国の英雄にして炎の勇者、ノアの刀は台座の上に置かれて数十年を経てもなお、美しい緋色の輝きを宿していた。

その美しさに魅入られた愚か者が、何となく手を伸ばしたのも無理はない。瞬間、ルカはニヤリと笑った。

(かかったな、マヌケが)

その手が刀の柄に触れた瞬間、男は周囲の盗賊を巻き込み、凄まじい閃光と轟音と共に骨も残さず消し飛んだ。衝撃で博物館全体が振動し、衝撃波でホール内外問わず館内の全員が薙ぎ倒される。


――――――


予め備えていたおかげで、ルカは他の誰よりも素早く立ち上がることができた。

(遺物の力は知っているつもりだったが、さすがは勇者のそれと言うべきか。驚くべき威力だ)

同時に、冷や汗が背中を伝った。召喚術が発現したからといって、考えなしに刀に手をかけ、勇者を使役しようとしていたらどうなっていたか。相性次第だが、今頃消し飛んでいたのはルカだっただろう。

(だが、目的は果たした。触れただけで吹っ飛ぶような危険物は見分けられたはず)

遺物を移動させたのは単にトラップとして利用するためではない。今の爆発で七人ほど消し飛んだとはいえ、依然としてこちらは大半が非戦闘員。そもそも、トラップ一発で覆せるような戦力差ではない。故に、どうしても確実に召喚を成功させるべく、準備が必要だったのだ。

ルカは、倒れ伏した男の一人に目をやった。男はまだ息があったが容赦無く蹴り飛ばし、その指に触れていた巾着袋を拾い上げた。

(これは触れても問題ないようだな)

何度もこの博物館を訪れていたルカは、それが勇者の装飾品として展示されていたことを覚えていた。刀と違って、好き嫌いが激しくないのか相性の問題で弾かれたりすることもない。それほど攻撃的な性能は持っていないらしい。

(さて、今はまだ警戒しているようだが、連中が立て直して入ってくるのを待つ義理もない。さっさと済ませよう。伝承通りの勇者なら、いきなり民間人を殺したりはしないはず。むしろこの状況なら俺たちの味方をするだろう。勝ったな)

「これでチェックメイトだ」

ルカは手を振るい、授かったばかりの異能を発動させる。しかし、刹那、袋から滑り落ちた物を見てルカのニヤけ面は凍りついた。それは金属製の、触れれば切れそうなほど薄いトランプ。その中央では、ジョーカーが薄気味の悪い笑みを浮かべていた。


――――――


浅慮を悔やむ間もなく、ソレは現れた。

勇者に単独で倒された最初の敵。気取ったマジシャンのような格好をした、殺人犯。

つい先ほどの、何となしの感想が脳裏に蘇る。

『かの名高き勇者サマがはじめて倒した敵が一山いくらの犯罪者とはな』


かつてファントムと呼ばれた男は、気取った仕草でシルクハットの縁をなぞった。

周囲に目線を配り、一言。

「皆様、どなたか知りませんが落ち着いて。まずは平和的に。話し合いから始めましょう」


ルカはその一言で我に帰った。男の醸し出す独特の雰囲気と色気に目を奪われていたが、今は戦闘中なのだ。衝撃から立ち直った盗賊達、その数二十三。


「ぶっ殺せ!」


短い指示と共に短弓から放たれた矢は、すべて空中で停止した。同時に、矢を放った男達の両腕が、すべて同時に、地面にボトリと落下した。野太い絶叫が響き渡る中、仮面の男が手を振ると、忽然とステッキが現れた。


「皆様、お許し下さい。しかし、平和的な対話のため、僭越ながら今しばらく両腕を頂戴いたします。何卒、お許しいただきたく…」


しかし、この状況でそんな呼びかけが意味をなすはずもない。パニックに陥った盗賊達は突進し、そして、微動だにしない紳士を前に、文字通り細切れになって散っていった。


恐怖に駆られる盗賊達を目にしたルカも、焦燥に駆られていた。

当然である。狐を狩るために、制御不能の狼を呼び出してしまったのだから。

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