再交渉
ルカは通路をひた走っていた。
(あんなのが聖堂騎士長だと?どうなっているのだこの国は!たかが侵入者一人を始末するために、部下ごと広間を吹き飛ばすとは!あの威力と衝撃……すぐに崩落するほどではないようだが、今頃地上はパニックになっているだろうな)
クロードに渡された赤い結晶を取り出し、目を閉じる。クロードの魔力を感知する。
(ふむ……どこにいるか、おおよその方向は分かった。だが、施設内の構造が分からん。多少遠回りすることになりそうだな)
――――――
ルカはなるべく人の気配を避けて移動していた。足裏から振動を感知し、可能な限り接敵を回避する。
徐々にクロードの気配も近づき、ルカはほくそ笑んだ。
(少々計算違いはあったが、当初想定した路線に戻ってきたな。この施設は侵入者を逃がさないことに重点を置いているようだが、クロードの能力があれば突破できるし、カタリナがいれば敵の目を誤魔化せる。俺の仕事は終わったようなものだな、クックック)
懐中時計を取り出して時間を確認する。決勝戦開始まで、残り一時間半。地下に出てから全力疾走すれば、約二十分で闘技場に辿り着ける。
(よしよし……ん?)
「ブヒブヒィ!ラストよ!人類を生の苦しみから解放する神の御使いよ!我らを導きたまえブヒィーッ!!」
通路の一室から響いた奇声に、ルカの全身がビクッと震えた。
(クッ、この……ビックリするではないか!どの部屋もそうだが、どいつもこいつも意味もなく叫び散らしおって。まったく耳障りな連中だ)
ルカは通り過ぎようとしたが、ふと気づく。部屋の中から、足音が近づいている。豚のように鳴いていた男が、外に出てこようとしているのだ。
同時に感知する。前方からも誰かが来る。鎧が擦れる音と、伝わる振動からして、巡回の聖堂騎士か。
通路は一本道である。ここに来るまでに何度か確認したが、無人の部屋には基本的に鍵がかけられているようで、他に隠れる場所もない。
(ここで見つかると面倒だな。仕方ないか)
ルカはその場で跳び上がった。左右の壁に手足を突っ張り、上から部屋の主が出てくるのを待つ。
「ブヒィィィ!!」
「ど、どうかお気をお鎮めください!猊下!」
ガチャリと扉が開き、二人の男が出て来た。同時に、ルカは二人の背後に舞い降りた。顎を裏拳で揺さぶり、第二試合の時のカイルと同様、認識すら許さず気絶させる。
グッタリと倒れ込む二人を受け止めて部屋に引き摺り込み、扉を閉める。
瞬時に振り返り、室内に目を走らせる。他に人はいない。扉の外を気配が通り過ぎていくのを確認したルカは、息を吐いた。
しばらく気配を伺うが、この辺りに狙いを絞ったか、聖堂騎士達は部屋の外をうろついているようだ。気配からして飛んでいる者もいるので、ルカが通路の天井や壁に張り付いていると考えているらしい。
(連中は俺の能力を知らないからな。潜伏系の能力と考えるのも無理はない)
倒れている男を見て、再びため息をつく。男が着ているのは、豪奢な金糸のあしらわれた法衣である。
(よりにもよって大司教か。こんな大物が豚の鳴き真似などするとは、いったいどれだけのストレスを溜め込んでいるんだ……)
ルカは大司教を眺めた。
(しかし、民衆に献身と清貧を説く聖職者としてどうなのだ、この腹は。まるで豚のように肥えている。しかも豚と違って愛嬌もない。腐り切った性根が顔に出て……!?)
視界に映り込んだ違和感。ルカは振り返った。そこにあったのは、博物館で見かけた包みであった。ルカはあの場で、これを運ぶように命令してきた盗賊五人を切り捨てた。
事件の後、憲兵に押収されたはずだ。
(これはあの時の……)
ルカが包みを開くと、そこには豪奢な箱があった。それをさらに開くと、木製の物体が姿を現した。
(重いのは箱だけか。こんなに厳重に保護すべき物には見えないな。何の変哲もないただの義手だ。小さい……小柄な女性か、或いは子ども用に見える。こんなものを博物館に持ち込んでどうすると言うのだ)
ルカはしばし首を捻ったが、結局箱を閉じることにした。
(使い道は不明。役にも立たんし、どこから足がつくか分からん品だ。気になるが、ここは放置が安全だろう)
ルカが箱に手をかけた瞬間、突如として義手が浮き上がり、背後に現れた仮面の紳士の手に収まった。
「貴様……いきなり何をする!」
仮面の紳士は大司教に目をやった。
「これは私が預かります。愛しき我が友の遺品が、このような愚物の手にあるとはあまりに嘆かわしい」
「なぁ、頼むから勘弁してくれ。誰の遺品か、何に使うかも分からないが、明らかに厄介事の種だ。この状況では侵入者……つまり俺に盗まれたと見なされかねない。住居侵入と暴行だけでも大問題なのに、強盗罪まで追加されるのは御免だ。それにな、指紋であったり、何かしら痕跡が残ると俺の身が……」
「何と言われようと、これは必ず持ち帰ります。議論の余地はございません。痕跡を心配されるなら、建物を丸ごと吹き飛ばしてでも隠滅いたしますが如何でしょうか」
「わ、分かった!分かった……なら、お前の我儘を受け入れる代わりに、契約内容を変更しろ」
仮面の紳士は一瞬沈黙したが、すぐに頷いた。
「このままでは、いつまで経っても合意していただけそうにありませんからね。私としても使役者との信頼関係は重要ですので、内容次第では受け入れましょう。それで、変更とは?」
「大会優勝にあたり、使徒討伐に合意しなければ力は貸さない、というのがこれまでの話だったな?」
「ええ」
「まず、使徒討伐の受諾を宣言したら、その後は大会優勝に限らず、あらゆる場面で俺に手を貸せ。自由に力を使わせろ」
「もちろん、結構です。他の要求も伺います」
「三つ確約しろ。一つ、使徒と戦っても、簡単には死なない程度に俺を強くしろ。二つ、俺だけでなく、俺が指定した者も保護対象にして、身の安全を確保しろ。三つ、無差別に他人を殺害するな。殺すなら相手を選べ」
「一つ目、三つ目の要求は良いでしょう。すぐ死なれては困りますし、無差別に虐殺するつもりもございませんので。ただし、二つ目の条件については、私が守るに値しないと判断した者は保護対象外といたします。また当然ながら、使徒……つまり、明白な敵は保護対象外です」
「使徒が対象外なのは当然良しとするが、守るに値しない云々はお前が決めることではない。俺が命じた者は必ず保護しろ」
「では保護対象を十名に制限させていただきます。その範囲で、絶対的な保護をお約束しましょう」
「最低でも五十!」
「二十。これ以上を求めるなら他人の保護は却下いたします」
「チッ、良いだろう。俺が命令できる絶対的保護対象は二十人まで。他はお前との合意が要る。それでいいか」
「良いでしょう。絶対的保護対象でなくとも状況次第で、私の厚意に基づき保護いたします」
ルカは机上の書類に目をやった。アイリーニや自身の写真が載った書類を見つけ、眉を顰める。
(無視できないが、読み込む時間はない。既に盗みはした。多少書類を持っていこうが変わらんだろう)
ルカは机上の書類を指した。
「お前も聖教会の事情が気になるだろう。義手と一緒に持って行け。それくらいはサービスしろ」
「承知しました」
書類を根こそぎ回収したルカ達は、部屋の外に出た。部屋の外をうろついていた聖堂騎士達の気配は、もうない。
(クソッ、時間を食った!しかし……考えたくない事態だが、今後コイツの力が必要になる可能性は高い。好き放題暴れさせてクロードもカタリナも死んでしまっては意味がない。俺以外の人間も条件次第で保護対象にできたことが、先々役に立つと信じるしかない!)
ルカは再び走り出した。




