己に恥じぬ決断を
雨が、ポツポツと降り始めた。ルカは嘆息した。
(これは、他人か自分かという単純な問題ではない。行動の結果は俺だけではなく家族にも、そして聖教会の信徒達にも影響し得る。故に、メリットデメリット、倫理的にどうかと考えれば考えるほど混乱する)
赤い男に目をやる。男も何か考えているようだ。当然である。聖教会に挑戦するリスクは、国民の誰もが知っている。
(それで、迷っている俺よ。そういうのいったん全部傍に置いた時、本当はどうしたいんだ?)
ルカは重大事を前にして迷い、考える時間がない時、過程をすっ飛ばして結論に辿り着くようにしていた。答えを出さず考え続けることは、その間、行動しないことで現状を認めることを意味する。
この場面でもそれは変わらない。ルカが考えている間にも、カタリナの身は危険に晒されている。考え続け結論を出さないことは見捨てることと同義である。
(俺は、すべて手に入れる。救いたいから救う。決勝戦にも間に合わせる。その上でケジメもつける。たとえ無事に帰れたとしても、家とは縁を切る)
指輪に目をやる。常に頼ってきた相棒に。
(事情を知らず、過失もない一般の警備兵などは絶対に殺さないが、誘拐に関与した者は、必要ならば殺す)
ルカは目を見開いた。
(俺は、自分に恥じない決断をする!その上で、すべての責任を取る!)
そして、二度と取り消すことのできない言葉を口にする。
「俺は行く。お前はどうする?」
赤い男は応えた。
「当然、行く。……こんなことに巻き込んじまって、悪かった」
「馬鹿を言うなよ。あの夜、追われていたお前達を助けに行ったのは俺の判断。そして今、救出に向かうと決めたのも俺の判断。お前は何一つ決めていない!すべて、すべてこの俺様が決めたのだ!」
赤い男は笑った。
「お前はブレねぇな。……まだ、名前を教えてなかったな。クロードだ」
「ルカ。ありがたい俺の名を覚えておけ」
――――――
数分後、二人は大聖堂の裏手に回り込んでいた。人で賑わう表の喧騒が、くぐもって聞こえる。申し訳程度の備えだが、クロードの持っていた布で顔を隠し、制服は裏返して羽織った。
「長くは保たねぇし、防御力もあてにできるもんじゃねぇが、正体隠すにゃ十分だろ」
加えて、クロードの生み出した赤いオーラを纏うことで、二人の姿は陽炎のようにゆらゆらと蠢くシルエットとなった。
クロードは、自身の能力で生み出した結晶の軌跡を追うことができる。数十分もすれば消えてしまうそうだが、匂いのようなものが空中に残るのだという。
小さな扉を前にしてクロードが囁く。
「ここから入ったみてぇだ。行くぞ」
ルカが頷くと、クロードの手から赤いオーラが滲み出した。それが鍵穴に入り込むと、数秒でカチャリと音がした。
(手癖の悪い下民も、たまには役に立つものだな)
ルカはさっさと中に入っていった。
足元に意識を集中し探るが、振動を感じない。何というザルな警備。ルカは呆れ果てた。
(簡単過ぎる……)
クロードも同じ感想を呟いた。
「楽勝だな、オイ」
ふと、ルカは振り向いた。特に深い意味はない。単に、扉が閉まっているか確かめただけである。
(!?)
内側から見ると、入ってきた扉にはドアノブが無かった。鍵穴もない。そこには、ただ分厚い壁があるのみであった。ルカはクロードと顔を見合わせた。
――――――
大聖堂地下。警備室にて紅茶を飲んでいた聖堂騎士長ガルターリは、ピクリと眉を動かした。
「お休みのところ失礼します!何者かが裏手より侵入したようです!」
部下の報告を受ける前に感知していた。敵は二人。こそこそと侵入するとは、邪な意図を持っているに違いない。
「部隊をBブロックに二重展開。標的は二名」
「はっ!」
――――――
ルカとクロードは、薄暗い地下をひた走っていた。
「来たか」
「みてぇだな」
二人は前方から接近する集団の気配を察知した。多い。三十人はいるだろうか。敵が接近してきた時、二人は左右に分かれて壁を走り、警備を担当する聖堂騎士達の頭上を通過した。聖堂騎士達も、薄気味悪い笑みを浮かべたまま通過した。
(なぜだ!?)
ルカは一瞬戸惑ったが、すぐに意図を察した。
聖堂騎士達は二人が通り過ぎた後、隊列を組んで立ち止まり、通路全体を封鎖する結界を作り出した。
(逃がす気はない、というわけか)
やがて通路を抜けると、そこには照明輝く大広間があった。待ち受けていたのは、約三十人の聖堂騎士達であった。真っ白な盾と鎧、銀色に輝く剣で武装し、整然と並んでいる。
その中央には、聖堂騎士長ガルターリがいた。全身を豪奢な鎧に包み、手には大振りのツヴァイヘンダーを持っている。
ルカの手は震えた。
(聖堂騎士長!いきなり国内最強の一角が出てくるとは、最高だな!熱烈な歓迎に涙が出そうだ)
クロードは囁いた。
「二人で突破するぞ」
「いや、隙を見て先に行け。詳しい場所が分かるのはお前だけだ。それに……」
ルカはガルターリに向けて顎をしゃくった。
「奴はどちらかが抑えなければならない。俺がやる」
ガルターリは大音声を発した。
「聞けぇええーい、侵入者達よ!大人しくお縄につけ!さすれば神の名において慈悲を与える!聖教会の教えに導かれ、天国に至ることを許す!」
全身に赤いオーラを纏った二人は、それぞれ思い思いの構えを取った。クロードは拳を突き出し、ルカは剣を正眼に構えた。
それは降伏勧告に対する、明白な拒絶であった。
ガルターリは手を振り上げた。降伏しようがしまいが、やることは変わらない。侵入者は、ただこの世から抹殺するのみ。
「全隊突撃!」
死闘の幕が、切って落とされた。




