責任感を持って決断せよ
決勝戦当日の朝は、爽やかな風が吹いていた。ルカは日課の素振りと柔軟体操を済ませ、自室に戻った。新聞を読みながら紅茶を飲む。
『王都で連続惨殺事件発生』
『人権団体、犯罪対応の不備を批判』
『東方防衛線を超えての魔王軍侵入常態化』
「西部大森林結界に異変」
『東洋の島国、聖教徒迫害か』
『ロイツ領邦軍、国境にてブラン帝国警備隊と偶発的軍事衝突』
刺激的な見出しの数々に眉を顰める。
(例の人権団体か。聖教会傘下の狂信者集団どもが、また騒ぎを起こしているのか)
他もすべて軍事衝突や緊張の高まりを示唆する内容である。
(どれも気になる内容だが、今日の試合には関係ない。少し早いが準備するか。今のうちに身体を温めておきたい)
ルカはウォーミングアップのため闘技場近くの広場に向かった。
午前中の三位決定戦では、ユリウスと金属操作の能力者が衝突するらしい。
数十分もすれば三位決定戦が始まる。ルカが会場前を歩いていると、金属製のネックレスを付けた男とすれ違った。武装しており、顔には緊張の色が窺える。
男は、ちょうど三位決定戦控え室に向かう道に入っていくところであった。
(コイツは見たことがあるな。成績優秀者の一人か。ふむ……まぁどうでも良い。三位決定戦など、所詮は決勝戦の前座に過ぎん)
男はルカを視界に捉えた時、一瞬目を見開いた。直後、目つきが鋭くなり全身が剣呑な気配を帯びた。
ルカは首を傾げた。
(何の関わりもないのに随分と嫌われたものだな。或いは警戒されているのか?面倒くさそうだから放っておこう)
男の視線を背に感じながら、ルカは歩調を変えることなく通り過ぎた。
――――――
ルカは広場に辿り着いた。校舎から街の方に向かう時必ず通る広場なので、人通りは多い。しかしながら日当たりは良く、何より決勝戦の会場に近いので、目立たない隅で体操する分にはちょうど良い場所だ。
しばしの間思索に耽る。決勝の相手は槍使い、ベルタである。
(熊狩りの時、俺の危機を離れた位置から察したことから、視覚や聴覚を強化する感覚拡張系能力者の可能性が高い。いや、制限付きの未来予知などもありうるか)
昨夜考えた対策を練り直しつつ、しばらく身体を動かしていると、三位決定戦の試合開始が近づき人通りもまばらになってきた。
(よしよし、良い具合だ。すべて予定通り。ここまで来たら、あとは自分の力を信じるだけ……ん?)
高速で移動する気配を感じたルカが振り向くと、赤い男が全力疾走で広場を突っ切っていくのが見えた。
(忙しないな。街に向かっているのか?)
厄介ごとの気配を感じたルカは目を逸らした。
だが時既に遅し。ルカに気づいた赤い男は、真っ直ぐ駆け寄ってきた。
「ちょっと手を貸せ」
「はぁ?」
「いいから来い!」
赤い男は、抗弁の暇を与えずルカの首根っこを掴んだ。そして、全力疾走で市街地に飛び出した。
――――――
「攫われた!?」
ルカは、赤い男に付いて走っていた。学園の敷地内で、突如カタリナが攫われたというのである。高速で空を飛ぶ能力者であったため、一瞬で連れ去られてしまったのだという。
「ああ。目的は分からねぇが、前回襲ってきた奴と毛色が似てたからな。たぶん聖教会の連中だ。場所は分かってる。助け出すから手を貸せ」
ルカは舌打ちした。
(走っているコイツを見た瞬間から嫌な予感はしていたが、やはり聖教会絡みか。だが時間がない!あと三時間もすれば、人生を賭けた試合の幕が上がってしまう!)
「一応訊いておくが、憲兵には通報したのか?」
「連中は聖教会の問題には滅多に介入しねぇ。確たる証拠もねぇし、チンタラ手続きを待ってる間に手遅れになっちまう」
(確かに……聖教会の権威を前にして憲兵を動かしたいなら条件は二つ。まず聖教会が隠蔽しきれないほどの大事であること、そして確たる証拠があること。今回はどちらも欠けている。しかも攫われたのが、爵位すらないただの下民では……)
ルカはしばし赤い男の後を追って走り続けた。やがて視界に豪奢な教会が現れた時、二人は足を止めた。
王都には、二つの大規模な聖教会関連施設がある。枢機卿や大司教の居城、神殿のような造りの聖教会本部と、国内最大規模を誇る大聖堂である。薄気味悪い笑みを浮かべ、胸と腰を強調した品のないポーズを取った女神像を前にして、ルカは乾いた笑い声を漏らした。
「ははっ、大聖堂か。そうか、そうか……」
ルカは人生最大のため息を吐いた。
「本当に、ここで間違いないのか?」
赤い男も絶句していた。指先から赤い結晶を出す。
「あ、ああ。奴が飛び去る前に、リーナにこれと同じ目印を付けた。ここの地下に反応してる。間違いねぇ」
ルカは赤い結晶に手を触れ、目を閉じる。足元から魔力を放出し、手応えを探る。大聖堂の地下から、確かに同じ気配を感じる。その近くに、見知った気配を感じ取る。ひどく弱っている。
赤い男が嘘をついている可能性は低い。実際、二人が襲撃を受けた現場にルカもいた。
「……」
誘拐は真実。大聖堂の地下にカタリナがいることも真実。問題は、それを知ってどうするかという一点にある。
教会の前では神官が大声で叫んでいる。
「皆さん徳札を買いましょう!教会へのお布施で、より良い来世への道が開けますよ!皆さんどうですか、徳札!今なら大特価セール二割引き!徳札を買って来世を豊かにしましょ……あっ、毎度ありー!素晴らしい信仰心です!あなたの来世に幸あれ!」
周囲の喧騒の中、しばし二人は立ち尽くした。
(助けに行く?あり得ない!よく知らん他人、それも下民を救うために、人生賭けた試合を放り出して大聖堂に侵入する?それは馬鹿のすることだ)
学園に向けて一歩踏み出す。同時に、試合の際カタリナの腹にあった紋章を思い出す。
(やはりあの試合の時か。とすると、とするとこれは俺のせいか?)
大聖堂に向けて一歩踏み出す。その時、ルカが殺した盗賊の母親の言葉を思い出す。
『あの子は、あなたの出世や名誉の踏み台じゃないわ!1人の人間だったのよ!』
(誰にもバレずに救い出すことなど不可能だ!必ず戦闘になる!ここに突入したとして、誰も殺さずに済ませられるとは思えない!俺はあの時知ったはず。他人の命は、自分の命と同等以上の重さを持っていると)
人を救うために人を殺す。人を救うために自分の命を危険に晒す。あまりにも大きなリスクを前にして、ルカの足は竦んだ。
(それに実害も大き過ぎる。警備の聖堂騎士に見つかった場合、返り討ちに遭って死ぬ可能性が高い。殺したら殺したで尋常ならざる恨みを買う!聖教会と対立すれば、家族を巻き込む。枢機卿を敵に回してどうする?俺だけの問題では済まないんだぞ)
父の言葉が頭を過ぎる。
『お前の行動は、基本的に場当たり的な思いつきに過ぎない。それで何度後悔した?』
『お前には責任を負う覚悟がない』
ルカは激しく苦悩した。
(俺にあるのか。責任を負う覚悟が。そもそもこの責任は、俺に背負えるレベルなのか?家族に与える影響を考えるなら、ここで引き返すのが責任ある決断では?分からない、時間がない!)




