言い訳だった
ルカがこの手の大会に出場するのは初めてのことではない。
二年前。中等部二年の春、学年混合で行われる腕試しの催しがあった。試合前、ルカは同じ学園に通っていた兄に言い放った。
「兄上、決勝で相見えるのが楽しみです」
「そういうのは、まず予選を勝ってから言うがいい」
ルカは初戦で敗退した。ただ負けたのではない。それまで剣で圧倒してきた相手が、突如試合中に能力を目覚めさせたのである。
周囲の期待を最高潮に盛り上げた上での逆転負け。当然の如く優勝した兄からかけられた言葉は、ルカの心を凍りつかせた。
「こうなると思った。お前という人間は、いつまで経っても私の予想を超えないな」
「返す言葉もありません……しかし、これからも修練を続け……」
「努力しましたが成果はありませんでした。……いったい何度同じ報告をするつもりだ。貴族として評価されるのは実績であり、成果だ。大言壮語を吐くだけのピエロが領民の生活を支えられると思うか!お前のような人間は、我が弟として相応しくない」
「そ、それでも私は!私はあなたの、ただ一人の弟なのです。あなたを目指して……」
「そう、お前は私の弟だ。そしてそれ以外の何者でもない。勝者ではない。賢者でも、人格者でもない。いつか、いつか特別な何かなれると妄想するだけで、実際には何も成し遂げない。まったく中身のない人間、それがお前だ」
「……」
「いい加減私の視界から消えろ。見苦しい」
兄からの叱責と拒絶を受けて、以降約二年間、ルカは修練を辞め、全力を出すこともしなくなった。結果を出せない自分を責め、周囲を拒絶し、一人で楽しめる博物館巡りに熱中した。
お下がりの剣を相棒と呼び、誰にも相手にされない苛立ちを迷宮に潜む怪物たちにぶつけ続けた。
――――――
ほんの一瞬、思い出したくもない過去が頭をよぎった。ルカは目を瞬いた。
「良いのか?この俺が本気を出しても」
ルカは自分に問いかけた。もしも本気で戦って敗北すれば、観衆の前で自分の弱さを露呈してしまう。
ユリウスに対し口にした言葉が、ルカ自身に突き刺さった。
『負けた時の言い訳をしているようだ。仮に自分が負けたとして、それは生まれ持った才能のせいなのですとな』
『お前が今、一番欲している言葉をくれてやる。お前はこれから惨敗を喫するが、そうなったとしてもそれはすべて才能や環境のせいだ。お前が斜に構えて相手を舐め腐る間抜けだからでも、修練を怠る意志薄弱な人間だからでもない』
(すべて、俺自身に向けた言葉……?そんなバカな。俺は努力など評価しない。そんなものは、結局圧倒的な才能や、たまたま芽生えた能力で踏み潰されるだけではないか!だが……)
大会が始まって以来の非合理的な行動の数々を説明する言葉を、ルカは持たなかった。
カイルやアイリーニ、カタリナの姿が頭をよぎる。
(なぜ……なぜお前たちは、簡単に踏み潰されてくれない。工夫も修練もせず、俺の人生におけるただの踏み台でいてくれれば良かったのに。お前たちのあり様が、逃げ出して言い訳ばかりしてる俺の醜さを照らし出すのだ)
観客席のアイリーニに目をやる。手に握る剣が反応するので、鞘の位置と、それを持つ者の居場所は分かる。
(俺はお前に約束した。午前中お前が消耗させてくれた相手に、必ず勝つと。たとえ試合の組み合わせから結果的に俺を助けることになっただけだとしても、その借りは返す。お前の力を無駄にはしない)
「本気を出すのが怖いだ何だと、言っている場合ではないな」
ルカは独りごちた。そんなことを言っている間に、本気とやらを、本当の自分とやらを見せる前に凡庸な人生を終えた人間が、これまで数多くいただろう。ルカは今、全力を尽くす機会を与えられたのだ。逃す手はない。
ユリウスは一歩踏み出した。
「そろそろ終わらせようか。君は全然隙を見せてくれないし、このまま睨み合っていても埒が明かないからさ」
「隙がない?ただ突っ立って物思いに耽っていただけだが……なるほど、俺という圧倒的強者の佇まいが、お前にはそう見えたというわけか」
ユリウスはルカの剣に目をやった。剣先が揺れている。
「急に手が震えだしたね。強者には見えないな。……僕を怖がっている、弱者の姿だ」
「なに、つい緊張してしまってな。人前で本気を出すのは照れるものだろう!」
ルカは飛び出した。同時にユリウスは天高く飛び上がった。
「またそれか!」
空中で自らの腕を引っ掻き血を流す。血の匂いを嗅いだユリウスの瞳から理性の色が消え、獰猛な捕食者のそれに変化する。
対するルカの全身から溢れ出した魔力が、烈風と化して吹き荒れた。髪が浮き上がり、パチパチと微弱な電流を身に纏う。
見守っていたアイリーニは息を呑んだ。
魔力強化を極めた者から溢れ出した濃密な魔力は、雷や風といった自然現象を起こす。聞いたことはある。しかし。
(実際に見るのは、初めてですわ)
同時に思う。
(準決勝にして底を見せてしまうとは、危うい決断ですわ。そうしなければ勝てないと判断したのでしょうけど……)
ユリウスは上空から急降下した。まるで放たれた砲弾のような速度。だが直線的。
(あの威力は受けきれない)
ルカは油断なく回避に動いた。
一切ブレーキをかけず突っ込んできたユリウスが着弾した瞬間、闘技場全体が大きく揺れた。振動で地面に深いヒビが入り、結界で守られた観客達すら、椅子の上でよろめいた。
距離を取って落下攻撃を回避したルカすらも、その衝撃に足を取られた。同時に直感する。
「来るか!」
砂埃の中から飛び出してきたユリウスの一撃を、ルカは剣で防ぎ止めた。敢えて吹っ飛ばされることで威力を殺しつつ距離を稼ぐ。威力が桁違いに上がっている。正面から受ければ粉砕されてしまうだろう。
落下のダメージはユリウス自身にもあるだろうに、接地とほぼ同時に攻撃に移行できたのは、翼を生かして瞬時に体勢を立て直したからか。
ユリウスは野生的な動きで猛攻撃を仕掛け、ルカも全力で対応した。
翼での薙ぎ払い、突如生えてきた爬虫類じみた尾での刺突、鋭い爪と鱗を備えた両手の連撃。
すべてを剣で払いのけ、吹っ飛ばされる度生まれた距離を生かして全体を観察し、次の手を読む。
「GOAHHHHHHH!」
衝撃波を発生させる咆哮も、跪くことで打撃される面積を減らし、地に突き立てた剣を盾に耐え凌ぐ。激しい戦闘で消耗したか、ユリウスの動きが徐々に鈍くなっていく。
最後の悪足掻きか、口から吐き出される無数の空気の塊を叩き斬り、レーザービームを防いで接近したルカは、力を出し尽くし倒れ伏したユリウスの首に、遂に剣を突きつけた。
「そこまで!」
激戦を制した勝者に送られる歓声の中、ルカはアイリーニに向けて剣を掲げた。




