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疲弊

闘技場に立ったユリウスは、ルカを前にして薄笑いを浮かべていた。

対峙するルカも一見余裕の笑みを浮かべた。

(クソッ!才能を言い訳にするなだと?奴の言いように腹が立つあまり、つい心にもないことを!いちいちすべてが不快な奴だ。やはり叩き伏せるより他にないらしい)


「はじめ!」

なぜか会場内ではなく観客席側にいる審判の号令で試合が開始されるのと同時に、ユリウスは高速で飛翔した。瞬く間に距離を縮めルカの顔面に右手を振るう。


ルカは失笑した。素手。それも見え見えのストレート。剣を持つ相手にむざむざ倒されるために向かってくるとは、あまりに愚か。

「ハッ、そんなもので……」

言葉の途中で全身を捻り、攻撃を回避する。辛くも回避に成功したルカの表情から、余裕の色は既に消え去っていた。

ユリウスの手に纏った力の余波で、闘技場の壁に深く巨大な爪痕が刻まれていた。


「あれ、避けられた?」

「ハエ叩きにも向かない精度だな。遅過ぎてあくびが出そうだ」


「あっそ」


ユリウスは口を大きく開けた。ルカの脳裏に浮かんだ疑問符が問いに変わる前に、その一撃は放たれた。

「GOAHHHHHHH!」

臓腑を揺さぶる衝撃。咄嗟に魔力を爆発的に高め防御するも吹き飛ばされる。同時に、闘技場に備え付けられた観客保護を目的とした結界が起動する。

すかさずユリウスは追撃に移った。

メキメキと音を立てるその背から、爬虫類じみた模様の翼がとび出す。


「じゃ、さようなら」


咆哮の衝撃で体勢を崩したルカの頭上高くに舞い上がったユリウスは、口元で魔力を練り上げた。高みより空気の塊を連続で吐き出す。

殺さぬよう加減しているとはいえ、直撃すれば骨の数本は持っていかれるであろう猛攻撃。それを、たっぷり30秒間。

しばしの間、爆撃音じみた轟音が響き渡り、ようやくユリウスが攻撃の手を緩めた時には、闘技場には無数のクレーターが刻まれていた。


「猫が!小汚い毛玉をこの俺に向けて吐き捨てるとは、身の程知らずな……」

しかし、土埃の間から姿を現したルカは無傷であった。ユリウスの目に一瞬驚愕の色が滲んだが、ルカが言い終える前に追撃に移る。


爬虫類じみた緑色の瞳から、高熱のレーザービームが放たれる。対するルカは、これを真正面から剣で受け止めた。弾かれた光線は放射状に広がり、ルカの背後に無数の瓦礫を形成していく。そのまま耐えていると、やがてユリウスの目から放たれるレーザーは萎み、火花散らす衝突は収束していく。


「この阿呆が!いきなり目からレーザーなんか撃つんじゃない!」

ルカは荒い息を吐きながら抗議した。

「君、思ったよりもやるね。昼間の彼女と違って飛べない以上、僕と対等に戦うことはできないけどね」


「まだ超越者のつもりか?確かに、どれも大道芸としては面白かったが、何ら痛痒を与えられていないではないか」

「この程度で僕の実力を見極めたつもりかな?嫌だな、才能のない人間は。ただの小手調べを、すぐ本気のそれと思い込む」

「ならさっさとそれを見せてくれ。……負けた後になって、アレは本気じゃなかったなどと言い訳されては困るからな」


ルカとユリウスは闘技場の中央にて、再び衝突した。ユリウスの両手は鱗に覆われ、並の剣を通さない硬度を有していた。猛連撃を受けるルカの全身からは、溢れ出た青白い魔力が風となって吹き出していた。闘技場に刻まれる傷はより深く、多くなっていく。


ユリウスの攻撃が激化するほどに、ルカの顔に浮かんだ笑みは深くなっていった。


「フフッ、クックック、ハーハッハッハ!そんなものか!」


力でルカを圧倒するはずのユリウスは攻めきれず、遂に攻撃の手を止めた。

(まずい、このままでは負ける)


「どうした?もっと攻めてこい。その力が残っていればな」


ユリウスは唇を噛んだ。


「お前、疲弊しているな?午前中の試合がよほど厳しかったか」

「誰が。やっぱり意味分かんないことを……」

「ではなぜ地上に降りてきた?」


「……」


「お前の最大の強みは、飛行できることだ。剣の届かない空中から一方的に地上の標的を削り倒すのが安定の勝ち筋。そうしないのはなぜだ?」

「さぁね」

「もう飛べないからだ。或いは飛ぶことによる消耗を嫌っている可能性もあるが、いずれにせよ、もう余裕はないのだろう?」


ルカは、勝算ゼロの状態で勝利を約束したわけではない。アイリーニが容易く負けるわけがないという確信があったのだ。午前中の試合、ルカは氷を割っただけで本格的な戦闘をしていない。ゆえに、体力は万全。


試合相手の体力は相当削られているはず。試合前の煽りも上手くはたらいたか、相手は序盤から負担の大きい技を連発した。

驚かされたのは初手の突撃だけ。爆撃は、土埃に紛れてユリウスが直接攻撃しにくい真下に移動しほぼやり過ごした。敵の攻撃が収まったところで移動し、姿を現して余裕を演出する。


範囲攻撃が意味をなさず、焦った相手が精度重視の高威力技を撃ってくることも予測していた。何の前触れもない目からのビームも、事前に備えていれば対処可能。


ルカの背中を、冷や汗がじっとりと濡らした。この先の展開は予測できる。


矢継ぎ早に派手な手を繰り出して勝負を急ぐのは、時間がルカの味方だと理解しているからだろう。だが、半端な攻撃は無意味であると、既にここまでの戦いが証明した。


つまり、相手は短時間で勝負を決めるために、掛け値なしの全力をぶつけてくる。それをねじ伏せなければ勝利はない。


「君は強いね。でも、予想を超えるほどじゃない。……そろそろ終わりにしようか。死なれても困るし、本気で凌ぎなよ」


「フッ、良いのか?この俺が本気を出しても」


ユリウスの全身から放たれる濃密な敵意に、ルカの全身が総毛だった。

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