趣あるリベンジ
昼休み、ルカは準決勝に備えていた。試合の後、ペトラは急ぎ足でどこかに行ってしまい、結局降伏宣言の意図も能力の詳細も、探ることはできなかった。
食堂に向かう途中、考えを整理するため人通りの少ない寮裏手の道を歩いていると、見知った背中を発見した。
(ん?誰か泣いているのか?)
しゃがみ込んで泣いていたのは、アイリーニであった。
(気まずいな。引き返すか)
ゆっくり後退りした時、目が合った。
(しまった。耳が良い相手に対して、急に歩調を変えたのが裏目に出たか)
「あ、あー。どうした?」
(負けたんだろうな)
「負けてしまいましたわぁああ!うぐっぐすっ」
「そうか。それは……とても残念だ」
ルカはそう返したが、特に驚いてはいなかった。
(だろうな。お前の能力は殺傷力が高過ぎて、試合ではその能力を発揮できない。最大出力をぶつければ相手を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう以上、手加減に手加減を重ねなければならない。むしろ、その制約込みで準々決勝まで残った方が驚きだ)
「惜しいな。お前には、最低でも三位以内に入れる実力があると思っていた」
ルカは頭をかいた。他人を慰めたりするのは苦手である。ここで色男なら気の利いた台詞を囁くのだろうが、あいにくルカにそんな引き出しはない。
「うぐっ、悔しいですわぁ!」
しばらく抱きついて泣きじゃくるアイリーニをルカは優しく受け止めた。入試での一戦を通じて、心と心で通じ合った相手だ。入学式の後も、孤立しがちなルカに時折声をかけてくれた。
正直、アイリーニの悔しさをルカは正面から受け止めてはいなかった。だが、無言のままアイリーニの泣き声を聞くうちに、ルカの心に何かが芽生えた。
(考えたくもないが、もしも俺が負けたら、残ったライバルに何をして欲しいと望むだろうか。こいつにとって、この負けがどんな意味を持っているのかは知らん。きっと、真に分かってやることもできないだろう。だが、お前という人間に向き合うことはできる)
ルカはしばし思案した。そして決断する。
「誰にやられた?」
「ユリウス……」
「では約束しよう。準決勝、決勝いずれか分からないが、もし戦うことがあれば、俺はそのユリウスとかいう男には決して負けない。敵討ちとは少し違うが、俺がお前の借りを返してやる。少しでも気が晴れれば良いが」
(お前は、俺を初めて正面から見つめてくれた人間だ。あの一騎討ちで向かい合った瞬間から、お前には特別な……そう、敬意に似た感覚を持っていた。入試ではお前と組んだおかげで助かった。その恩を、今返そう)
「言ったからには、わたくしの分まで必ず勝ってくださいまし」
「当然、二言はない」
(正直、昨日今日と一日中試合があったから、他人の試合をのんびり眺める余裕はなかった。だが、今ならアイラの口から対戦相手の情報を聞ける)
ルカは口を開いた。だが、出てきた言葉は意図したそれとは違った。
「お前、奴の戦闘スタイルを事前に知っていたか?」
「いえ……わたくしと戦う時まで本気は出していなかったようで、全然知りませんでしたわ」
「そうか、なら聞かん。相手のことを知らなかったお前と同じ条件で戦い、粉砕してやろう」
ルカにとって、この大会は遊びではない。貴族としての領地、財産相続権を賭けた人生に関わる勝負である。権利は持っているだけで武器になる。交渉材料になるからだ。それを手放すか手放さないかという瀬戸際。それも準決勝。普通に考えれば、情報を確認しない理由はない。だが。
(それはそれ、これはこれだ。自分から勝つと誓った以上、これはアイラと俺の問題。家の問題を理由により優位な条件で戦おうなどというのは、情趣のない凡俗の考えというものだ)
魔力は無限ではない。激しく消耗すれば、休養して回復させなければ身体強化を使えなくなる。ルカは身体の調子を確かめた。午前中の戦闘での影響は、軽微。戦える。勝算はある。
準決勝ということは、同学年生徒の中で四本の指に入る猛者が相手。間違いなく激戦となるだろう。
(だが俺は勝つ。なぜかといえば頭が良い!顔も良い!腕も良い!俺を構成するすべての要素が、凡人とは一線を画しているからだ!俺が勝つと決めた時点で、既に勝利は確定している!)
ルカは、隣を歩き出したアイリーニに、剣の鞘を手渡した。かつて合戦において、一番槍を務めた戦士たちが、相棒や家族に必ず戻ると託した儀式である。
入試の場で、実力では完敗だったと認めた相手だ。今一度正面から戦い、偶然に頼らず実力で勝利したかった相手だ。リベンジの機会を失った悔しさを、ルカは感じていた。
「お前と同じくらい、俺も悔しい。どちらが先に目覚めるかなどという話ではなく、完全な実力でお前に勝ちたかった。……決意表明として、受け取ってくれるか」
「もちろんですわ」
午後の試合に向けて、ルカの全身に力が漲り始めた。




