降伏宣言
ルカは動かなかった。相手の動きを見て、能力を看破することを第一目標としたのである。
(奴は危険だ。能力を詳らかにしてから叩きのめす!)
ペトラは錫杖を振り上げた。
「来ないなら、こちらから行きます!」
振り下ろすと同時に、ペトラの足元から氷が波打つように広がっていく。
(この範囲!)
ルカは剣を前方に投擲した。ルカの手前約10mの距離に刺さった剣が氷結を食い止め、細長いV字型の安全地帯を形成する。
(氷を操る能力!単純だが、効果範囲が桁違いだ。なるほど、みみっちく氷の棘やら何やらを飛ばすよりも、全体を凍りつかせる方がよほど合理的だ。滑るせいで奴には近づきづらく、冷気で身体の動きも鈍る。場を支配する戦術か)
初手で全身を氷漬けにされ敗北するのは回避できたが、まったく近づく糸口が掴めない。ペトラはスイスイと滑るように氷のスケートリンクを移動し始めた。
(靴の裏から刃が飛び出しているのか。試合前によく観察していれば特殊な靴だと気づけたはず。握手に気を取られ観察を怠ったか。反省点だな)
「戻れ」
ルカは剣を指輪に戻した。
「来い」
即座に呼び出す。ペトラは接近してこない。相変わらずスイスイと意味の分からない動きをしているだけである。
(何だ?美しい舞だが、目を引くだけで意味がない。待て、目を引く?)
ルカは足元に目をやった。せっかく作った安全地帯を、少しずつ氷が侵食している。
(これが狙いか!)
急ぎ手を打たねばならない。安全地帯ギリギリから剣を振るう。狙い過たず、氷を削り取ることに成功する。転がった薄い破片を観察する。
(!?溶けない!この薄さで日光を浴びればすぐ溶けてしまうはずだが、まったく溶ける気配がない!これは……よく見れば表面が虹色に輝いている?一見ただの氷だが、実のところ凄まじく冷たい鉱石か何かか?)
正体を看破している時間はない。日中なので氷が溶ける可能性に期待していたが、溶けない物質となれば前提がひっくり返る。
地面のみならず、壁まで凍りついているためカイルの時のように壁を走る手も使えない。
このまま待っていても、残された安全地帯まで凍りついて終わりである。
まだ凍りついていない安全地帯から、勢いに任せて滑走し接近戦に持ち込む?バランスを保つことすら困難な氷上で等速直線運動するなど良い的である。そもそも滑走の訓練などしたことがない。滑って転ぶのがオチだろう。
剣を投げつけて発光させ、目眩しの隙に滑って接近する?まだ相手まで距離がある。目眩しが活きる距離まで近づくことすらできないだろう。
しかし、近づけないなら相手から近づくように仕向ければ良い。能力に対抗できないなら、相手に自ら解除させれば良い。ルカはニヤリと笑った。
(それで勝ったつもりか?所詮は騙し討ちに頼る凡夫の浅知恵よ)
「身体強化!」
全身を魔力が包む。前髪が浮き上がり、溢れ出た魔力が風となってルカに纏わりつく。裂帛の気合いと共に、ルカは足元の氷に剣を打ち込んだ。ひび割れが広がり、滑るように移動する相手の動きを阻害する。
能力を持たなかったルカは、修練の過程で何度も失敗を繰り返してきた。迷宮内で強敵から逃れるために急ぐあまり坂を勢いよく駆け下り、転んでわき腹を擦りむいたり、細かな窪みに足を取られて派手に転んだり。
傷口に入った砂を水で洗い流す痛み。張り付いた服を剥がす激痛。
その痛みが答えを導く。何度も転ぶ過程で身につけた教訓。それこそが財産なのだ。
地面に僅かな窪みがあるだけで全力疾走している人間は容易く転ぶ。地面に入ったヒビは、敵の体勢を崩す。
(それはなだらかな氷上を移動するための道具だろうが、細いブレードに頼った移動は、その繊細さ故に僅かな狂いで破綻する。この俺が、その弱点に気づかないと思うか!見た目華麗な舞を披露することで余裕を演出したつもりだろうが、俺に言わせればそれは、白鳥が水面下で必死にバタ足をしているようなもの)
ペトラは氷を生み出しヒビを埋めようとするが、ルカの攻撃の方が早い。何度も入るヒビを修正しきれなくなる。
(ハッハッハ!勝利を確信し、芸術家気取りで試合中に舞を披露するような相手に煮え湯を呑ませる!この悦び!その顔が歪む様をもっとよく見せろ!)
ルカの口元に笑みが浮かんだ。
(嗚呼……敵の策を破るこの感覚!得も言われぬ)
ルカは剣を投擲し、手の届かない範囲の氷まで破壊し始めた。
自由に移動できなくなったペトラに、ルカはあらゆる嫌がらせを試みた。足元の氷を削り飛ばす。剣を何度も投擲する。壁際の凍りついていない武器をも回収し投げつける。
(嫌がらせにおいて、この俺の右に出る者などいない!)
やがて躱しきれなくなったペトラは、自ら能力を解除した。闘技場を覆っていた氷状の結晶は、ペトラの足元に吸い込まれるようにして消滅した。ルカは遮るもののない闘技場にて、再びペトラと相対した。
「この……!」
ルカはペトラの顔に滲んだ怒りを見て笑みを浮かべた。
「ようやく年相応の素顔が見えたな。下手に取り繕うより、そっちの方が良いぞ。さて、これで振り出しに戻ったな。ここからが本番だ」
ペトラはすぐに苛立ちを取り繕い、余裕の笑みを浮かべた。ルカが警戒を強める中、ペトラは闘技場に背を向けた。
「降参します」
「はぁ?」
「審判、降参です」
ルカは額に青筋を浮かべた。
「そこまで!」
審判は手を振り下ろした。この瞬間、ルカの準決勝進出が決定した。




