不穏な影
一回戦で敗北したカタリナは、ルカとカイルの戦いを見ていた。
(すごい。かっこいい)
ルカは能力に頼らず堂々たる戦いぶりを見せていたが、カイルの引き出しも豊富であり、勝負の行方は見えない。カタリナは固唾を飲んで見守っていた。その横に、ある男がやってきた。
「へぇ。いけすかない奴だと思ったが、案外熱い戦いをするじゃねえか。アンタもそう思うだろ?」
(誰この人?)
カタリナは胡乱げに男を見やった。ルカが赤い男と呼ぶ強者、クロードである。
「そうね」
ルカは辛くも勝利し、カイルに背を向けた。カタリナはそれを見届け、クロードと共に会場を出た。
「武練……同好会?要するに勧誘ってこと?」
「まぁ、そうなるな。メンバーはまだ少ないが、見どころのある奴に声をかけてんだ」
「まず、今いるメンバーを教えてもらえる?」
「ああ。今は……」
二人は会場外で話し始めたが、同時進行で行われていた試合が終わったのか、他の会場からも観客が出てきた。
「ちょっと人が多いね」
「場所を変えるか」
二人は連れ立って歩き出した。
――――――
その日の晩、ルカは夕食に誘われ、母と学園外の高級店に来ていた。素晴らしい料理を前にしたルカの気持ちは沈んでいた。
いつものように、母が店員にクレームをつけ始めたのである。料理の提供が遅い。高い金に相応しいサービスとは言えない。貴族である自分に対して礼の角度が浅い。
「……それで、私を不快にさせた償いに何をしてくれるのかしら?」
「本日の料金は頂戴せず、提供についてはシェフに催促いたしま……」
「当然よ。客に言われる前に、タダにすると自分から言いなさいよ。遅いのよ」
「たいへん申し訳ございません」
「私だってね、本当はこんなこと言いたくないのよ。でもあなたがあまりにも鈍臭いから言ってあげてるのよ。それで、次の料理はいつ来るの?」
「提供時間につきましては、シェフに確認して参りますので、少々お待ちいただけないでしょうか」
「あなた提供時間も分からないの?ここで働いて何年目?」
「……二年になります」
「それで分からないの?」
「……申し訳ございません」
「形だけの謝罪はいいから答えなさい」
「その、私には分かりかねますので、厨房に確認を……」
「何その不満そうな物言い。面倒くさい客扱いしてんじゃないわよ。悪いのは提供が遅いそっちでしょ?拗ねてないでさっさと」
他の店員が呼んできたか、シェフが姿を現した。
「当店のスタッフがご迷惑をおかけし申し我ございません。料理につきましては、急ぎ手配いたしますので10分ほどお時間をいただきたく存じます」
「遅いわ。あなた責任者でしょう?問題に気づいていたならさっさと出てくるのが筋でしょう。そもそも、あなたが店員を教育しないからこうなって……」
ルカは静かに天を仰いだ。豪勢な料理が台無しだ。母が求めているのは解決ではない。提供時間が知りたいならさっさと確認させれば良い。
要は自分が正しく、悪いのは相手という構造を明確にし、屈服させたいのだ。
(だが母上にその自覚はない。自分が被害者だと本気で思い込み、正当な要求をしているつもりなのだ。自分が相手に嫌がらせをしたいのだという嗜虐心を自覚していない。母上は、自分が被害者になれる瞬間を絶対に見逃さない。正当な反撃を口実に相手を嬲れるからだ。目をつけたら最後、相手が泣いてもやめることはない)
そもそも、提供が遅いのはホールスタッフの責任ではなく厨房の問題……もっと言えば厨房に配置する人数を間違えた店長の判断ミスである。現場の給仕やシェフを激詰めしても意味はない。
ルカが店の外に目をやると、小さな騒ぎが起きていた。白づくめの集団が男女のカップルを追っているようである。
(何だ?これ以上の面倒はごめん被りたいが)
追われている二人には見覚えがあった。一回戦で戦ったカタリナと、赤い男だ。
(ふむ……知らぬ間柄でもない。ここには居たくないし、少し出るか)
ルカは立ち上がった。
「ふーん、何を言ってるのかよく分からないわ。私だってこんなこと言いたくないのよ?でもあなたがね……」
「母上。少々外で騒ぎが起きている様子。店内に害が及ばぬよう対処して参りますので、安心してお待ちください」
一息で言い切り、何か言われる前にさっさと店を出る。既に誰かが通報しているだろうが、念のため会計の前で店員に声をかける。
「外で乱闘騒ぎが起きている。急ぎ憲兵に通報してくれ。片付けたらすぐに戻る」
「は、はい……お客様、危険です。お待ちくださ……」
ルカは店を飛び出した。壁を伝って跳び上がり、屋根をひた走る。
――――――
しばし騒ぎを追って走ると、戦闘音が近づいてきた。ルカはひらりと屋根から舞い降りた。
「そこまでにしてもらおうか」
ルカは構えと動きから敵の実力を見てとった。全員それなりの使い手だ。それが、約30人。実力で言えばカタリナと赤い男が優位だが、逃げているのは反撃を抑制しなければならない理由があるのだろう。
「ここは人通りがないようだが、既に通報した。すぐに憲兵が駆けつけるだろう。何者か知らんが、引き際をわきまえろ」
「黙れェェ!聖なる神のご加護が、憲兵どもを退けるゥゥゥ!邪魔をするなら殺すぞォォ!」
「話にならんな」
奇声を発する白づくめの男を前にして、ルカは剣を取り出した。魔力を込め、ブブブンと高速回転させ、そして……天高く放り投げた。
場の全員の頭に疑問符が浮かんだ。唯一の武器を投げ捨てるとは、意図が読めない。
「な、何をやっているゥゥゥ!我々純人類に向かって、小細工をォォ!」
「ハッハッハ、見て分からないのか雑魚どもが。貴様らには素手の俺でも手に余る。ハンデをくれてやったのだから感謝しろ」
「貴様ァァ!」
男の胴間声を受けても、ルカは微動だにしなかった。
(紳士服の化け物に比べれば、コイツらなど小煩い蠅に過ぎん)
しばし睨み合っていると、集団の足音が近づいてきた。憲兵隊である。
(この騒ぎだ。俺の通報前に動いているとは思ったが、思いの外早かったな)
居場所を知らせるために、剣に魔力を込めて投げ上げ、空中で光らせたのである。白ずくめの男達も憲兵隊の接近を察したか、脱兎の如く逃げ出した。
ルカは首を傾げた。
(神の加護が憲兵を退けるんじゃなかったか?異常者の言うことは分からんな)
カタリナはルカに頭を下げた。
「あ、あの!ありがとう……ございます」
「礼はいい。敬語も要らん。庶民を守ってやるのは、貴族としての責務というものよ」
憲兵隊とのやり取りに、かなり時間を取られそうだ。待たせると母の機嫌が悪くなるので、そういう意味でも気が重い。
(また取り調べか)
ルカは深いため息をついた。明日の試合に備えて早く寝たかったが、どうやら叶わぬ願いだったようだ。
(奴ら、神の加護がどうのと抜かしていたな。聖教会と関係があるのか?)
試合の時、カタリナの服が捲れた瞬間。あの時、観客に紋章を見られていた可能性がある。もしも、それが襲撃の原因なら、責任の一端は誰にあるのか。
(もしかして俺のせいか?頼むから試合に集中させてくれ。母上の訪問といい、サプライズはもう懲り懲りだ)
両手を挙げて憲兵隊に危険はないことをアピールする。事情を説明する二人を見ながら、ルカは剣を指輪に収めた。




