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好敵手

ルカとカイルは、一進一退の激闘を繰り広げていた。剣の腕ならルカが勝るが、カイルの尾はそのアドバンテージを覆す。人間の腕とは比較にならない速度で繰り出される連撃は、ルカの腕をもってしても容易には防ぎきれない。

斬撃の雨を掻い潜り接近しても、軽業師のように身軽な動作で攻撃を躱される。


ルカは相手の顔に生えた鼠のようなヒゲを見た。ヒクヒクと動くそれを見て気づく。

(気流か。空気の流れを捉え、俺の動きを全身で感知している。よく見れば、尻尾にも細かい毛が生えているな。バランスを取るだけでなく、背後からの攻撃をも感知するというわけか)


頭部さえ通ればどんな場所にも侵入できる柔軟な骨格としなやかな筋肉。皮膚は毛皮のように厚く、生半可な打撃を通さない。


ルカは見抜いていた。尾による斬撃も、皮膚の硬化も表面上の脅威。最大の問題は、それらを使いこなす身体能力。全身を支える尾によって、飛躍的に向上したバランス感覚であると。


(間合いの内にいると常に脅威に晒される。だが、コイツから離れるわけにはいかない!自分が巻き込まれない距離ができれば、奴は躊躇なく鼠の大群をぶつけてくるだろう。距離の選択肢を掌握されている。主導権を取り戻さなければ)


ルカは、鼠の大群に包囲された状態で、常にカイルの間合いで戦うことを強いられていた。昼過ぎ、太陽の位置が変わったので、闘技場には影が生まれていた。ルカはさりげなく影に入った。現状を打開する手が思いつかないなら、環境を変えるしかない。


影に入った時、カイルの目は赤く輝いた。

(瞳孔が拡大した?それも人間のそれより非常に大きく……なぜ?より多くの光を取り入れるためか。とすると……)

ルカは思い出した。魔力を込めると、ルカの剣は清らかな光を放つ。薄暗い場で光を浴びせれば、カイルは混乱する。たとえ体毛で気流を読んでいようと、意識の混乱は動きを鈍らせる。ルカは剣に意識を集中し、そしてやめた。

(小細工抜きで、コイツを圧倒したい!奴が俺と戦うために生み出した技を、小手先の技で突破するのは何か違う。自分の技だけで勝たねば、意味がない!)

薄暗い影に入ったことで、さらに見えにくくなった尾による怒涛の連撃を防いだ。

試合は、一貫してカイル優勢のまま進んでいた。観客席からも、ルカは常にカイルの打つ手に対処するばかりに見えていた。

しかしカイルは、ふと手を止めた。

「ルカ、君は凄いな。能力を使わない理由は分からないけど、剣技だけでここまでやるとは」

ルカは試合開始から休みなく振るい続けた腕の調子を確かめながら答えた。

「当然だ。俺は数ヶ月前まで能力を持っていなかったからな。お前、能力が発現したのはいつだ?」

「7歳の時だ」

「そうか、それは良いな。俺は、周りの人間が全員能力に目覚めた後もこれだけでやってきた。お前達にとって、剣技は能力を補う選択肢の一つに過ぎないのだろう。だが、俺には剣しかなかった。お前達とは、磨いてきた技の重みが違うのだ」

(真っ当に強い能力を幼い頃から持っているお前には分かるまい。昨日まで圧倒していた相手に、今日たまたま発現した能力で叩きのめされる屈辱が。どれだけ鍛えても、強い能力を得た相手には敵わない悔しさが)

ルカは唇を噛んだ。ルカが能力を使えない状態である以上、仮に今日勝ったとしても、いずれカイルはルカを超えるだろう。短い期間でここまで能力を成長させた男である。


ルカが持つ剣技も、身体強化も、すべて誰でも修練で身につけられるものである。カイルは平民出身故に魔力強化の技能を磨く術を知らないのだろうが、戦闘を生業とする者の多いこの学園では、教師に尋ねるだけで簡単に知識を得られる。


(たとえいつか負けるとしても、それは今日ではない。俺は知っている。努力なんぞに大した価値はない。持って生まれた圧倒的な才覚を前にして、毎日棒切れを振り回しているだけの凡人は踏み潰されるのみだと。だが、それでも。それでも、たかが一ヶ月で、俺のすべてを超えられるなど許せない!)

「今日、勝つのはこの俺だ!貴様が一ヶ月で得た力なんぞ、俺の人生には届かぬことを教えてやろう」


ルカは再び突進した。カイルは尾を振るったが、全身の力で弾き返す。

(それはもう見切った。速く、鋭く、柔軟だが、所詮短期間の付け焼き刃。技ではない)


カイルが振るうズルフィカールを剣で弾き、至近距離まで近づく。上から尾で振り下ろされる剣を躱し、懐に飛び込む。これ見よがしに魔力を込めて意識を剣に誘導し、防御しようとするカイルの腹に拳を叩き込む。


体勢が崩れたタイミングで膝蹴りを打ち込み、膝をついたカイルの顎を、コツンと拳で優しく撫でる。

「え……?」

カイルの視界が反転する。ルカは、アイリーニとの戦いの際に、身をもって学習していた。頭を揺さぶられると、人間は立ち上がれなくなると。


「そこまで!」

決着である。


(楽しかったぞ。お前は俺の……)

ルカははたと立ち止まった。

(ん?待て、楽しかっただと?俺は何を考えている。コイツの青臭いライバル宣言に毒されたか?そんなわけがない。俺は努力なぞ評価しない。結局は、結局は才能。優れた貴族であるこの俺が、当然下民に勝利した。それだけのことではないか)


ルカは気づいていなかった。母からの叱咤も、父との賭けも忘れ、自分の技で自分を証明する喜びに。学園に入るまで、誰もが優れた兄の付属品と見做していた自分を、正面から見つめられる喜びに。


(ああ、ここに来て良かった)


ルカは困惑していた。第一志望に落ちたから仕方なく来た場所だ。入学式では血が出るほど唇を噛み締めた。なのに今は、それも悪くないと思える。自分を見つめてくれる人間と出会ってこなかったルカは、他人とぶつかる中で自分の知らない自分を見つけ始めていた。


(いや、それよりも次だ。益体もないことを考えるのはよそう)


明日、三戦目に備えなければならない。背を向けたルカの耳から、観衆の喧騒が遠ざかっていった。

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