お前だけを見ていた
カタリナは、ルカを倒すべくあらゆる手を尽くした。まず恐竜の幻を作り出して注目を集めつつ、動きを止める。博物館の骨格を参考に、文献を参考にして再現したそれは、姿も音も限りなく本物に近い質感を持っていた。
初見の怪物を前にして、誰もが混乱するはずだった。
だが、今回の相手は違った。
(まさか、出した瞬間に幻だって気づいたというの?どうやって?)
近所の肉屋で買った鶏の骨をそれらしく加工し、死体から存在を復元し使役するネクロマンサーや、物体を媒介として使い魔を呼び出す召喚術師を装った。幾つもの可能性を匂わせ、能力の特定を困難にした。にも関わらず、まったくの平静。
(あれは確信だ。自分に迫る脅威は見かけ倒しだという完全な確信。恐竜という存在も既知。私の能力も読まれている)
それでも、行動は計画通り。今さら変更はしない。幻で作り出した自身の姿を残し、急ぎ闘技場の端に向かう。置かれている武器の中からボウガンを手に取り、恐竜の幻に向けて歩き出したルカの背後に回り込み、撃つ。ルカの身に触れる直前まで矢は幻によって隠され、不可視。
(もらった!)
だが、必殺の一矢は弾かれた。矢が放たれると同時に振り向いたルカは、容易くそれを両断した。
「な、なんで!」
思わず声が漏れる。慌てて口を塞ぐ。相手には聞こえないはずだが、原因が分からない以上、位置がバレるリスクは減らしたい。何度か同じことを繰り返すが、すべて防がれる。
(接近して戦う?絶対無理!素人の私が接近戦を仕掛けて勝てる相手じゃない!見えないはず。聞こえないはず。なんで防げるの!?それが分からない限り勝てない!)
観客はざわめき始めた。爪と牙を備えた恐竜の群れに目もくれず、ルカは周囲になんの前触れもなく出現する矢を防ぎ止め、一方のカタリナは棒立ちに見えるのだから当然である。
カタリナはチラリと棒立ちの自身の幻に目をやった。
(幻の私を動かしてみる?いやでも、幻だと見抜かれてる以上無意味だよね……どうしよう、なんで。幻に歪みがある?影を再現できてない?動かし方が不自然?不可知の攻撃を、相手が防いでいる方法……)
カタリナは愕然とした。分からない。相手には、念動力という切り札を使う気配すらない。明後日の方を向いたまま、矢を防ぎ続けている。
(能力抜きで、圧倒されてる?そんなバカな)
そして、ルカは不意にカタリナの方に目を向けた。たまたま目があったとかそんな話ではない。間違いなく見つめられている。見えない自分を、見つめているのだ。
「ば、化け物!」
カタリナは叫んだが、能力で偽装した声は消えており、当然ルカの耳に届くことはない。
遂に矢は尽き、カタリナは安物の剣を構えて突進した。唐竹割りの一閃を、ルカは一歩引くだけでかわし、剣が地面に当たった瞬間、横回転した。すれ違いざま、脇腹に手刀が入る。
「ガハッ!」
口から空気が吐き出され、能力を維持する集中力が失われる。すべての幻が消え去るのと同時に、カタリナの首に剣が突きつけられた。
カタリナはへたり込んた。ルカの手刀を受けて体勢を崩したカタリナの服は捲れており、腹部の紋章が垣間見えた。教会の紋章を目にしたルカは、眉間に皺を寄せた。
一瞬の静寂の後、審判は宣言した。
「そこまで!勝負あり!」
カタリナは座り込んだまま、踵を返して去っていくルカを見ていた。最後まで、敗因は分からないままだった。
――――――
「待って!」
会場裏の控え室に向かうルカを、カタリナは呼び止めた。
「何だ」
「どうして、あの矢が見えたの?どうやって私を見つけ出したの?」
「教える必要があるか?敗者復活戦はないぞ」
「今日役に立たなくても、次に活かしたい。だから、お願いします。教えてください」
頭を下げるカタリナを見て、ルカの目元が緩んだ。
「……お前は見えなかったし、矢も見えなかった。殺気も感じ取れなかったし、完全な物理攻撃だったから、魔力を感じ取ったわけでもない」
「そんなはずない!だって、見えてないなら…」
「見える者が、あの場に一人だけいた。審判だ」
「あっ……」
「そう、これが試合である以上、対戦相手と観客を欺いても、勝敗を決める審判だけは欺けない。俺は審判の視線を追ってお前の移動と攻撃のタイミングを予測した」
「だ、だとしても、最初の段階で、どうしてすべてが幻だと気づいたの?」
「振動を感じなかったからだ」
「音は、完全に再現したはずよ」
「そう、あの咆哮はとてつもなくリアルだった。だが、足元から伝わる実体を持った衝撃ではなかった。あれほど巨大な物体が動けば地響きが発生するはずだが、それもなかった」
「最後の斬撃を避けられたのは?」
「同じ理屈だ。至近距離であれば、お前の振動を足裏から感知できる。間合いを測り、振動のリズムが変わった瞬間に一歩引いた。強い衝撃があったので剣が地面に当たったと判断し、位置を推測して反撃した」
「そう……そんなことが、できるなんてね。私の幻は絶対だって調子に乗ってたわ」
ルカはカタリナに近づいた。
「実際お前の幻は完璧だった。だが、相手が悪かったな。俺は、お前を見ていた。たとえ見えずとも、お前という人間だけを見つめていたのだ」
カタリナの頬が赤く染まった。
「フッ、それは怒りか?虚仮にしたつもりはないが、悪かったな。いつでもリベンジに来い。お前は、この俺と戦うに相応しい」
ルカはニヤリと笑うと、カタリナに背を向けた。二戦目に備えなければならない。




