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神は我が内に在りて

ルカはカタリナに向かい、散歩でもするかのように歩き出した。咆哮で威嚇する恐竜たちを前にして、ルカは周囲に目を配った。

観客席に目をやる。恐ろしい恐竜たちを目にして震える者、試合の急展開に目を輝かせる者。ルカとカタリナを交互にチラチラと見ている者。


(ふむ。観客も騙すとはやるな。だが、騙せない相手が一人だけ、たった一人だけ、この場にいるぞ)


しばし巨大な恐竜たちを前にゆったり歩いていると、突如背後に、溶け出るように矢が現れた。真後ろから飛来したそれを、ルカは振り向きざまに両断した。何の前触れもなく出現した矢を、ルカは平然と両断してみせたのである。


観客席はざわめいた。

(背中に目がついているのか?)

(矢がテレポートした?)

(あの生物と関連する能力なの?)


誰も理解していないのである。何が起きているのかを。

ルカはニヤリと笑った。


――――――


カタリナは驚愕していた。自分の能力が一切通じていない事実は受け入れがたく、しかし確かにそこにあった。

(負けたくない!戻れない、戻りたくない、絶対に!あんな場所には、もう二度と)


瞬きの間に、カタリナの思考は過去に飛んだ。かつて、貧しい辺境の村で暮らしていた頃に。


「リーナは本当に可愛いな」

「私たちの自慢の子よ」

カタリナは両親に愛されて育った。幼い弟達は可愛らしく、農家の一員として汗を流す日々は、決して豊かではなかったが、幸福であった。

カタリナは10歳になり、村にやってきた神父により洗礼を受けた。神父はカタリナの頭上で意味ありげにブツブツと何かを述べた後、彼女の腹に焼きごてを押し当てた。

「ギャァァァァ!」

凄まじい悲鳴をあげるカタリナに、両親は囁きかけた。

「これであなたも、聖教会の信徒よ。献身こそが美徳であり、他者に貢献することが神様に与えられた使命なのよ」

「君のお腹に刻まれた聖なる紋章は、君が祝福を受けた証なんだよ。痛みはいずれ喜びに変わるさ」


翌日、カタリナが目を覚ますと、両親の目に宿っていた狂気はなりをひそめていた。また日常が帰ってきたのである。

畑でカブを育て、収穫する。食卓には、頻繁にカブのスープが並んだ。植物の風味を活かし、塩で調味。農作業で疲れ切った身体を、素朴な味わいが温めてくれる。


季節は何度も過ぎ去り、カタリナは13歳になっていた。年頃になると、農村の娘達はどこからかやってくる馬車に乗せられ、二度と戻らなかった。カタリナ自身、その時が近づいていることを実感していた。だが、常に一つの疑問だけがあった。

(あの馬車は、どこに向かうんだろう)


ある日、農作業の昼休みに小屋に帰ってきた時、カタリナは両親の会話を聞いてしまった。

「よく育ってくれたわ」

「そろそろ収穫の時期だろう」

カタリナは、当初それをカブの話と思った。

「息子もよく育っている。良い嫁を貰わないと」

「カタリナはよく働いてくれているが、そろそろ頃合いだ」

ドクンと心臓が跳ねた。聞くべきではないことを聞いたと悟り、カタリナは背を向けて畑に戻ったが、一日中作業には身が入らなかった。


何日かして、村にはまた馬車が来た。カタリナは馬車に乗せられていく二人の少女を見送り、声をかけた。

「頑張ってね」

いったい何を?何を頑張るのか。彼女に生まれたのは、小さな恐怖心であった。

カタリナは農作業を放り出し、一人徒歩で轍を追った。村の門を超え、ひた走る。

夕方、たどり着いたのは、地主の屋敷であった。

周囲を警戒しながら近づき、窓を覗き込むと、まずギシギシとベッドが揺れる音が聞こえた。そこに横たわる少女の表情は虚で、時折目から涙が零れていた。少女にのしかかっている男には見覚えがあった。それは、10歳の頃に出会った神父であった。


カタリナは一目散に逃げ出した。轍は屋敷の先にも続いていたが、その先を追えば決して生きては戻れないだろう。カタリナは、何事もなかったかのように家に戻った。だが、心の中では嵐が吹き荒れていた。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!)


逃げなければ。頃合いというのは、自分が馬車に乗せられる時期が来たということだろう。カタリナは必死に考えた。だが、カタリナは井の中の蛙であった。どこに逃げれば良いのか分からない。今日、馬車を追ってこの村を出たのも、彼女にとっては初めてのことであった。


その晩、カタリナは小さな墓の前で座り込んでいた。幼い頃、病魔と呼ばれる使徒が猛威を振るい、彼女の妹も死んでいた。彼女は両親に言われるがまま土を持って墓を建て、神に冥福を祈った。

「全部嘘だったのかなぁ。天国で幸せだって言ってたのに」

その時、カタリナの耳元で何かが語りかけた。

「違うよ、お姉ちゃん。私たち、ずっと幸せだったじゃん」

能力発現の瞬間である。自分で生み出した幻影が、彼女に語りかける。やがて彼女は一つの結論に至った。

「そうだね。私たち、ずっと幸せだった」

妹が死んで泣いた気持ちも、幸せを望んだことも、すべて真実だった。

(あの気持ちは、喜びは、悲しみは!全部本当だった。教会も、神父も必要ない。そんなものがなくても、私は人の死を悼むことができる。信仰は、私の心なんだ。私が人を思って泣いたなら、人を思って笑えたなら、それが私の心に宿った神なんだ。神様は、私の中にいる。ずっとそれに気づかなくて、像を崇めたり、教典を拝んでいただけなんだ)

その夜、彼女は家を飛び出し、再び轍を追った。その先には、村から大都市に向かう街道があった。彼女はスラム街で暮らしたりと紆余曲折あって、遂にこの学園に辿り着き、入試を突破するに至ったのである。


――――――


瞬きの間に過去は過ぎ去り、カタリナは目を見開いた。ルカを見据える。

(私は、この勝負に勝って爵位を手に入れる!人間として尊厳を持って生きる道を、この心に宿る神の名の下に、切り開いてみせる!)

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